第51話 魔女を継ぐ者の出現

 そのやり取りを知ってか知らずか、バルタザールは足を止めてたずねた。


「で、どうする? どの辺で食べ……」


 突然、すぐ近くで強い光がはじけた。視界が不明瞭になり、三人は戸惑う。


「何だ一体?」


 リックの疑問にクラウスが答えた。


「先生が実験の失敗でもしたんじゃないか? 前に似たようなことあっただろ?」

「念のため、確認しよう」


 バルタザールが、中庭に向かって駆ける。二人も慌ててついていった。

 集まっていた生徒たちをかき分けると、そこには。


「エミリア?!」


 バルタザールの声は大きく反響した。

 目指していた中庭のちょうど中央、二階以上の高さに、二人の人影が浮かんでいる。


 一人は学校の制服を着たエミリア。意識を失っているのか、横たわった状態で浮いておりぴくりとも動かない。

 そしてもう一人が―――青の女王の格好をしたエミリアだ。


「あいつ!」


 クラウスが大声で指をさす。


「前の実習で突然出てきた、エミリアを騙った奴か? 何でまた現れたんだ?」


 さらにバルタザールの声が響いた。


「アレンダさん、大丈夫ですか?!」


 噴水の影に隠れて、アレンダが倒れ伏していた。抱き起こすと、ひたいから血が流れている。

 集まった生徒たちから、点々と悲鳴があがった。


「一体どうしたんですか?」

「わからない。エミリアと喧嘩してたら、あいつが現れて」


 アレンダが力なく指し示したのは、青の女王。

 バルタザールは彼女を激しくにらんだ。


「お前、何が目的だ!」


 その怒号にも、青の女王は眉ひとつ動かさない。彼女は余裕を見せつけるかのように、片手で髪をかき上げ首を振った。赤みがかった茶髪がふわりと広がる。


 そんな女王の耳元に何かが光っているのを、クラウスは気づいてしまい――しかし深く詮索する前に、中庭に声がこだました。


「目的ですって? お前からあれを取り返すためよ。稀代きだいの魔女の偉業を盗み取った、浅ましい魔法使いめ!」


 王笏おうしゃくの先を向けられ、明らかな侮蔑ぶべつのこもった言葉に、バルタザールは立ち上がる。


「やめておくんだ、バルタザール」


 アレンダが足をつかんで止めようとするが、バルタザールは臆せず進んだ。


 騒ぎのわりには、中庭にいる人の数は少ない。窓からのぞく生徒や駆けつけた教師の姿もあるが、青の女王が結界を張ったらしく、一定の距離以上は近づけないようだ。


「取り返す? 何のことだ」

「あの価値を知らないのね。あわれだこと。お前が幼い頃から大事に持っている、稀代きだいの到達者アルシノエが作った魔法具のことよ!」


 稀代きだいの到達者。アルシノエ。魔法具。

 その三つの単語は、その場を動揺させるにふさわしいものだった。


「アルシノエって、あのアルシノエ?!」

「時間魔法の唯一の使用者で、女神の怒りを生涯にわたって受けなかった魔女の、魔法具?」

「そんなもの現存したのか?!」


 ようよう立ち上がったアレンダが、腕を押さえながら問う。


「訳のわからないことを言うね。この子は風の魔法を使うんだよ? アルシノエの魔法具を持っているわけがない」

「気づいていないのは当然よ。そこの間抜けな少年は、価値を知らずに所有していたんだもの」


 突如、バルタザールの服の一部が光った。ズボンのポケットからその光は飛び出し、女王の元へと向かう。

 跳び上がってつかもうとするが、光は女王の手中に収まった。


 それは白い石で作られたペンダントだ。一見するとただの簡素な装飾品だが、女王は笑んだ。


「まさにこれよ。間違いなくアルシノエの魔法具だわ」

「返せ! それは母さんの形見だ!」


 恍惚こうこつとしていた女王の目が、鋭くなる。


「価値を知らぬ者たちの中に紛れ込み、たまたま一人の女が手にした。それをお前が受け継いだだけ。元々この魔法具は、私がもらい受けるはずだったのよ」

「あのさあ、妹の顔のままでいるの止めてくれない?」


 アレンダが炎をてのひらに出現させながら言う。すでに怪我を負っているというのに、いつでも戦う気のようだ。


「あらごめんなさい。この格好が気に入ってしまったの。それに、私の正体を明かすわけにはいかないから」


 さっきまでとは打って変わって、女王は悪戯っぽく片目を閉じてみせた。


「せっかくだから披露してあげる。私がこの魔法具を持つのにふさわしいということを」


 女王は指を鳴らした。それだけだった。

 どこかに変異はおこったように思えない。

 ざわめきがおき始めた頃――


「アレンダさん? アレンダさん! どうしちゃったんですか?!」


 絶叫の先を、皆が一斉に見る。今にも炎で攻撃しようと構えたアレンダが、臨戦態勢のまま固まっていた。


 魔力でなびいた毛先は、重力に反して浮いたまま。

 険しい視線からは感情がありありと読み取れるが、生の気配自体が、体から全く伝わってこない。

 警戒しつつ彼をかこんだ教師達は、ただ困惑した。


「これは時間魔法か?」


 キールがレグルスを抱えたまま応じる。


「そうと断言するしかないのでは? 他に考えられますか?」

「全員に幻覚を見せている可能性もあるが。だとしてもこれは奇妙だ」


 女王は、半信半疑の反応が面白くなかったらしい。ふくれっ面のまま三度指を鳴らした。その度に、彼女の手にするものが増えていった。


「あ、俺の弁当! いつの間に盗りやがった!」


 叫んだのはリックだ。


「あれ、図書室の百科事典と、講堂に飾られている建国時の杖じゃない?」


 誰かが発した言葉に、全員がざわつく。


「わかってもらえたかしら? 私はこういうことも出来るのよ?」


 キールが注意深く尋ねる。


「瞬間移動の魔法というものもあるけどね?」

「そうね。じゃあその男がずっと固まっている理由は何かしら? 簡単よ。私が時間魔法で、彼だけの時間を止めてあげたの」


 女王は再び、指を鳴らした。

 とたん、氷解したようにアレンダが動き出す。


「――ん、んん? 体がヘンだな。あれ? 先生方がそろってどうかしましたか?」


 辺りを支配したのは、驚愕交じりの戦慄。

 失われた時間魔法を使う、得体のしれない青の女王への恐怖と好奇心。

 そのすべてを受け止め、彼女は高らかに言う。


「盗んだものは元の場所に戻しておいてね。私はこのへんで退散するわ。そこの可愛い少年、今まで私の大切な魔法具を持っていてくれてありがとう。じゃあね。もう二度と会うこともないでしょうけど」


 再び、強烈な光がはじけた。

 皆が視界を取り戻した頃には、地面に横たわる本物のエミリアと、女王が失敬したモノが三つあるだけ。


 時間魔法を使う謎の少女の存在は、魔法使いの間で熱く語られ、そして追い求めるべき存在となったのだった。

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