第35話 本当の持ち主
◆◆
何かが弾かれる音と共に、
先ほどの地下空間とは、また違うところのようだ。
所々に灯りがともっている。川が
さっき閉じ込められていた場所は人の手がかなり入っており、床は
辺り一帯はゆるやかな傾斜のある、大きな階段のようになっている。そこに曲がりくねった道を人がこしらえたのだろう。灰色の岩肌には、青や紫といった色が所々にちりばめられていた。上からつららのように岩が垂れているので、どうやら洞窟らしい。古びたツルハシが転がっていることから、かつて何かを採掘していたということがわかる。
注意深く観察する摩李沙から数メートル離れた先に、トアンが倒れていた。先ほどの音の原因は彼だろうか。
アレンダとの対決でボロボロになった彼が、なぜまたダメージを負ったのか。混乱する摩李沙へ、トアンは忌々しげに言う。
「いい加減にしてほしいですね。魔力を持たないあなたがなぜそれに守られているのか、全く理解できない!」
「?」
動こうとした摩李沙は、ようやく気づいた。冷たい岩肌に、両の手首が固定されているのだ。顔のすぐ横で固定された左右の手には、岩から生えた黒い何かが巻きついている。トアンの魔法に違いない。
トアンは怒りと焦りのにじむすさまじい形相で、摩李沙の胸元へと手を伸ばす。
魔理沙は悲鳴をあげかけたが、服の下のペンダントがすかさず白い光を弓のように放ち、トアンをまた飛ばした。
彼が地面に叩きつけられる様に、目をむく。
(な、何これ)
日本でただ持ち歩いていた時には、勿論こんな現象は起きたことはない。
ペンダントの石はこの世界に来た後、魔力を勝手に吸収していた。アレンダの出した薔薇も、実習の石つぶても。
そうやって摩李沙の見ている時も見ていない時も、他の人の魔力を吸い込んでいたのだろう。そうして溜めたものを今、摩李沙のために使っているのだ。それが本当の持ち主に辿りつく近道だと、自力で判断でもしたかのように。
これは、アルシノエが息子へ残した願いがなせる
トアンは起き上がるものの、立ち上がる気力はないようだ。
その瞳には、長年の敵にまみえたような強い殺意が宿っていた。
摩李沙は、からからに乾いた口を開く。
「私がレアルデス家の人たちと出会ったのは偶然よ。ちょうどエミリアが行方不明になった後だったから、どうしてもってお願いをされて、彼女のふりをすることになったの」
トアンは、片方の眉をはね上げる。
「つまりはあなたが魔法具を持っていることを、レアルデス家もバルタザールも知らなかったと?」
「当然よ。私だって知らなかった。これは家族の形見だと思い込んでいたから。まさか本当の持ち主がバルタザールだなんて、夢にも思わなかった」
「本当の、持ち主」
摩李沙は、先ほど見たものを思い起こした。
アルシノエに心酔し、敬愛を超えて
師匠の息子を探すと誓った青年に、三百年の歳月はどれほどの絶望と苦痛をもたらしたのだろう。
摩李沙はたまらず聞いてしまった。
「アルシノエのこと、そんなに嫌いだった?」
彼はこちらを
即答できないということは、複雑な思いがあると言外に言っているようなものだ。
やがて顔をそらし、つまらなそうに息を吐く。
「あなたに言う義務などありません」
「彼女を憎んでる? だからバルタザールを酷い目にあわせたの? だとしたらどうして、
「黙れっ!」
怒りの
「あの女に誰もかれもが求めていたのはただひとつだ。〈女神に嫌われた血族〉を、忌まわしいさだめから永久に解放すること。それが唯一出来るかもしれなかった者が、時間魔法を使うアルシノエだ。だがあの女は、余計なことをしただけだった!」
叫んだトアンは、片足を引きずり摩李沙の元へ向かってくる。再びペンダントが、白く光った。
「あなたのような若い人が、理解するのは難しいでしょう。希望が絶望へと反転した時の苦しみを。苦痛の
また光の矢が放たれ、お約束のようにトアンは吹っ飛び地面に叩きつけられた。
しかし彼は、小さく笑った。
「攻撃の威力が弱まってますね。となると、それを奪うために私がするべきことはひとつ」
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