◆間接キス

「…………や、やめてくれ! ひいぃぃぃッ!」



 家の中へ全力疾走しようとすると、背後の“何か”は再び俺に声を掛けてきた。



「ちょっと。何やってるの、正時」

「へ……。あれ、姉ちゃん!?」

「なに慌ててるの」

「……あ。いや」


 なんだ、妙な気配は姉ちゃんだったのかよ。俺のただの勘違いか。

 でもなぁ、ちょっと変な空気だった気がするんだけどな。


「大丈夫? 顔、青いよ?」

「大丈夫大丈夫。俺の気のせいだった」

「そう。ならいいけど」


 今度こそ家の中へ。

 その時、スマホが鳴った。



「――ひぃッ!」



 ビビッて俺はスマホを取り出した。

 そこには意外な名前が表示されていた。



うち あす



 しまった!

 ブロックするのを忘れていた。


 しかし内容が気になるな。既読がついてしまうが、中身を見てみるか。


 気になって見てみると。



 瀬戸内さん:また会おうね、熊野くん



 えっ……また会おうね?


 どういうことだよ。


 やっぱり、あの気配は姉ちゃんではなくて……瀬戸内さんだったのか?



 ◆



 家へ戻り、いつものように過ごしていく。

 リビングにあるソファでゴロゴロしていると、スマホにメッセージが入った。

 今度は三沢さんからだ。



 三沢さん:明日も走ろうね!


 正時:もちろん。楽しみだよ



 けど、俺はちょっとビビっていた。

 瀬戸内さんからのまさかのメッセージがあったからだ。あれ以降、彼女から連絡はない。こちらからする気力もなかった。

 下手に連絡を取れば危険だからだ。



 三沢さん:あと三日後にはマラソン大会だからね


 正時:えっ! もうあと三日後だったっけ!?


 三沢さん:うん。そうだよ。一位取ってね!



 なんてこった。もうそんなに直ぐだったのか。

 今のところサボることなく鍛練を続けているし、体力もついてきた。多分、それなりの結果は残せるはずだ。

 だが、狙うは一位だ。



 三沢さんと付き合うために!!



 走ることに加え、家で腕立ても始めた。やはり、基礎体力も必要だ。

 ここ最近はずっと体を鍛えている。



 正時:がんばるよ!


 三沢さん:その調子だよ。じゃ、また明日ね~


 正時:了解



 そこでメッセージは途切れた。

 どうやら、三沢さんは早寝早起きらしい。

 それもそうか。

 あんな時間に走っているくらいだからな。


 俺もトレーニングをしたら寝よう。



 ◆



 いつの間にか寝落ちしていた。

 目を覚ますと丁度、朝を迎えていた。時間もぴったりだ。

 準備を整え、外へ。


 さて、今日も三沢さんと一緒に走るぞ~。


 きっとこっち向かっているはず。

 キョロキョロと見渡すと人影が見えてきた。



「おーい、熊野くーん! おっはよー!」

「あ、三沢さん」



 元気よく突っ走ってくる三沢さんは、あっと言う間に俺の元までやってきた。相変わらず余裕あるなあ。


「さっそく行こうか」

「分かった。アプリも起動してね」

「そうだね、ついでに稼いでいかないとね!」


 設定を終えたところで走っていく。

 ひたすら街中を走って、走りまくった。


 三沢さんのペースはずっと一定で、追い付くのも大変だ。でも、今日は俺も余裕があった。少し成長していると実感できた。



 街中を一周して家へ戻ってきた。



「……はぁ、はぁ」

「お疲れ様、熊野くん」

「ありがとう」


「はい、水」

「うん……助かるよ」



 ごくごくと水を飲んで俺は気づいた。

 これ、三沢さんの飲みかけだ……!



「ぶふぉ!?」

「ん、大丈夫?」

「み、三沢さん。この水……」


「わたしのだよ。き、気にしないで……」


 頬を赤くする三沢さん。

 そんな反応をされるとこっちも照れるというか。

 いや、前にも間接キスはあった。

 けどペットボトルは初めてだ。

 嬉しい。とても嬉しい。

 元気が出た。



「ところで、こんなことを聞いていいか分からないけど、ダイエットは成功しているの?」

「それが……減ってないの」


「え」


「ドーナツ食べ過ぎてるせいかもね」



 ああ、あれだけ購入しているしなぁ。でも、気にするほどの体型でもない気が。女子にはいろいろあるんだろうな。



「そうかぁ。でも無理はしないでね。倒れないように」

「今日は元気だよ。ドーナツのおかげかもね」



 ドーナツパワー偉大だな。


 それから少しして三沢さんとは別れた。


 俺は家へ戻り、学校へ行く準備を進めていく。



 今日はいつも通り通学する。



 シャワーで汗を流し、制服に着替えた。

 姉ちゃんは先に学校へ行ったらしい。



「正時、今日も走っていたのか」

「ああ。これから学校だ」

「ふむ。最近元気だな、お前」

「そうかな?」

「三沢さんと青春を謳歌しているのだな」

「んなッ!」


 そういえば少し前に、じいちゃんには事情を話してあったな。


「毎朝走っているのも、その彼女の為か」

「そんなとこだ。マラソン大会で一位になれば付き合ってくれるって言うから」

「ほぉ! そりゃいい。絶対勝つんだ」


「そのつもり。いつも女の子が寄ってくるけど、でも今度は俺から好きな女子を勝ち取ってみせるよ」


「カッコイイことを言うではないか。そうだな、お前は昔からモテる。だが、その先がない。手を繋いでデートをすることもなかった。家に招待することすら……」



 そうだ、俺は勝手に付き合っていると誤認していただけだ。アレは付き合っているというよりは遊んでいただけ。


 でも今回は違う。


 真剣だ。



「はじめて恋したかもしれない」

「ほう」



 じいちゃんはニヤリと笑う。



「だから見守っていてくれ」

「いいだろう。必ず紹介するのだぞ」

「一位を取ったらね」



 俺は手を振って家を出た。

 あと三日。

 三日後にマラソン大会がはじまる。


 勝つ。必ず勝つ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る