◆一番目に可愛い元カノの真相

 中へ踏み込もうとするが、話し声が聞こえた。



『君が“三沢 灯”さんだったとはね……!』

『ど、どういうことですか』


『俺は騙されたんだよ。君のクラスで一番に可愛いという女子が三沢さんとね』

『え……?』


 なに……? なんの話だ?

 耳を澄ましていると意外な事実が明らかとなった。



『古賀さん。古賀こが しのぶさんは、自らを“三沢”と名乗った。俺は彼女を信じて付き合った。だって、可愛かったからね。でも、そうではなかった」



 ……ま、まさか。古賀さんが三沢さんの名を偽って……先輩と付き合っていた?

 じゃあ、古賀さんは自ら先輩のもとへ……?



『そんなの知りません。わたしには好きな人がいるんです。やめてください!』

『な、なんだって……。そんな、俺は君のことが……!』



 今にも襲いかねない距離だ。もう我慢の限界だ。

 俺は扉を開け、教室へ突撃。


 三沢さんと先輩がこちらを向く。



「熊野くん……!」

「三沢さん、今助けるよ」

「ありがとう、嬉しい」



 先輩から逃げる三沢さんは、俺の背後へ隠れるようにして身を隠す。

 よし、これで遠ざけることには成功した。

 しかし、なんなんだこの先輩は。


 古賀さんを三沢さんと誤認……勘違いしていたというのか。古賀さんがそう偽ったのだから……無理もないのか。


 それにしてもな。



「なんだお前は」

「俺は熊野。三沢さんと同じクラスだ。あんたこそ、なんだよ。古賀さんとヨロシクやっていたんじゃないのかよ」


「違う。俺は本当は三沢さんのことが好きだった。だけど、あの女がそう名乗るから! 古賀が三沢さんと思ったんだ!」


「普通顔くらい分かるだろ」


「小学校の頃の記憶だ。そんなの曖昧だろ」

「なに!?」


 小学校でそんな頃に三沢さんと関係があったのか?

 俺は振り向いて確認するが、三沢さんは首を横に振った。



「お、覚えてないよ。知らない」



 三沢さんはそう断言した。

 すると、先輩は叫んだ。


「そ、そんな! 小学生の頃、君は手紙をくれたじゃないか!」

「な、なんのことですか……?」


 まるで噛みあっていないな。

 どういうことだ。

 三沢さんに覚えがないようだし……まあ、小学生の頃の記憶なんて曖昧だけどさ。

 それにしても、なにかおかしい。


「俺を好きだって……そう書いてあった」

「知りません」


 ここまで覚えがないと言っているんだ。本当なのだろう。

 だが、この先輩は三沢さんから手紙を貰ったと言っている。……嘘とは思えない。そもそも、彼は三沢さんと思って古賀さんと付き合っていたくらいだから。


 真相は分からないが、とにかく逃げないと危険だ。

 俺は話に割って入った。


「悪いが話はここまでだ。先輩さん、三沢さんは知らないと言っているんだ。身を引いてくれ」

「そうはいかない。三沢さんは俺の憧れなんだ……顔は別のクラスで知らなかったけど。名前はずっと覚えていた。この歳までな!」


「だからなんだ」


「まさかこの高校にいるとは思わなかった。これは運命だと思ったよ。そして、自ら名乗り出てきてれくた。……ニセモノがね。でもおかげでホンモノとも出会えた」


 だからって、いきなり三沢さんに言い寄るのはどうなんだ。

 面識ない男が突然向かってきたら怖すぎるだろう。ホラー映画並みの恐怖でしかない。


「三沢さん……」

「熊野くん。助けてくれる……かな」

「当たり前だ」


 三沢さんのおかげで今の俺は最高の気分なんだ。

 鬱に塗れた心が浄化されていく毎日。破壊されていた脳が回復していっている。このままら、きっとトラウマだって解消できる。


 そうだ、俺は三沢さんといる時間が好きなんだ。


 彼女を守りたい。



「……仕方ない」



 先輩は突然口調を変え、俺をにらむ。


「!?」

「後輩イジメはしたくなかったが、熊野といったか……お前をボコるしかない」

「おい、そんなの余計に三沢さんに嫌われるだけだぞ」

「知ったことか。俺はすでに穢れてしまった……」


「なに?」


「あの古賀という女のせいで、はじめてを奪われてしまった。身も心もな」


 男の言うセリフか! 

 気持ち悪いな!


 嫌悪感を感じながらも、先輩から距離を取っていく。しかし、当然ながら向こうも詰めてくる。今にも襲い掛かってきそうな気配だ。


 いざとなったらケンカするしかないのか……。

 俺、人生で一度もケンカなんてしたことないぞ……。


 いや、そんな情けないことを考えている場合ではないな。三沢さんの為にも俺はこの身を、心臓を捧げる覚悟だ。



 後退して、廊下に出ると背後の三沢さんが誰かとぶつかっていた。



「きゃ……」

「…………」



 振り向くと、そこには古賀さんの姿が。


 なッ……!


 なぜここに……!



「えっ……古賀さん……」


「こんにちはあるいはこんばんは……もう夕暮れだし、こんばんはかな。まあどうでもいいか。ねえ、三沢さん」


「どうして……」


「そこの先輩……青井先輩に手紙を送ったのは、私」



「「「え……」」」



 俺も、三沢さんも、そして先輩すらも驚いていた。



 古賀さんは……なにを言っているんだ……?



「ちょ、ちょっと待ってくれ。忍! どういう意味だ!!」



 焦って叫ぶ先輩。

 だが、古賀さんは至って冷静に言葉を返していた。



「そのままの意味よ。小学生の頃、三沢さんを陥れるつもりで手紙を送った。でも、青井先輩ってばヘタれで近づこうとしなかった」


「……そ、それは……そうだが。いやまて、やっぱり君が三沢さんのフリをして……」

「そうよ。最初はただ三沢さんをイジメるためだった。だから熊野くんとも付き合ったし、いろんな男と付き合った」


「……は?」



 俺も首を傾げた。

 古賀さんは……なにを言っているんだ。

 この人は……なんの為に、そんなことを……?

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