◆二人だけの秘密

「わたしはずっと一番だった三沢さんが嫌いだった」


 古賀さんは怒りに満ちた表情と口調で、三沢さんに詰め寄ってくる。


「……え」

「一番の座はわたしに相応しいの。あんたは永久に三番目……いえ、それ以下にならなきゃいけないの……!」


 そうだったんだ。古賀さんは昔から三沢さんの存在を疎ましく思っていたんだ。

 嫉妬や憎悪が膨れ上がり、エスカレート。古賀さんは三沢さんを陥れるようになっていたというわけか。

 なんてことしやがる。

 こんな女だとは思いもしなかった。


「身勝手な!」

「熊野くん、あんたは黙りなさい」

「いや、黙らないね。三沢さんに危害を加えるというのなら……俺は容赦しないぞ」

「そう……残念ね。じゃあ、三沢さんを奪って青井先輩に楽しいことしてもらうしかないわ」


 ……なんて人だ。悪魔か。

 青井先輩もこちらに向かってくる。

 くそっ、これでは逃げられない。万事休す……。


 いや、せめて青井先輩でもブン殴って止める。それが無理でも三沢さんの盾になるくらいはできるはずだ。



「やる気か、熊野……!」



 拳を構える青井先輩。くそっ、コイツ……殺気が物凄い。まるでプロのボクサーみたな威圧感さえ感じる。

 けど、それでも俺は。



「くっ……」

「ボコボコにしてやるよ、熊野ォ!」



 襲い掛かってくる青井先輩。気づけば俺は頬を殴られていた。



「――がはッ!?」



 な、なにが起きた……!

 なにも見えなかったぞ。


 けど俺はそれでも気合で三沢さんを守った。盾になった。


 痛い、痛すぎる。

 頬が直ぐに腫れて死にそうなほど激痛が走っている。でも、そんなのはどうでもいい。


「ほう、多少はやるようだな」

「先輩、次は気絶させるくらいやって」

「分かったよ、忍」



 この二人……結局は共犯関係かよ。

 古賀さんは三沢さんを陥れる為に。青井先輩は俺から三沢さんを奪うために……だろうな。


 なんてヤツ等だ。

 自分勝手な連中だ。



「熊野くん、どうしよう……」



 俺の背後で小さくなる三沢さんは、酷く怯えていた。



「俺が守るさ。いざとなったら俺を置いて逃げてくれ」

「そんな……!」


「いいんだ。君を守る為ならなんだって出来る」



 それが俺の覚悟だ。

 決めた以上はやり通す。死んでもな……!



「ははッ! 強がっているな、熊野。だがな、これでオシマイだ」



 青井先輩は、懐からなにか取り出した。

 ……って、まて。


 なんだよ、その凶器!


 彼が手にしていたのはスタンガンだった。

 まてまて、学校になんてものを持ってきているんだよ。違法だろう……!



「おいおい!」

「護身用のスタンガンだったが、こんなところで役に立つとは」



 いや、普通は持っていないし、持ち歩かないって。

 なんなんだこの男は。

 あんなバチバチ電流を放っているものを食らったら、俺……死ぬぞ。



「くそおおお! 三沢さん、俺が倒れたら逃げるんだ……!」

「でも――」


「気にするな! 君の盾になれるのなら本望だ!」


「…………っ!」



 その直後、青井がスタンガンを俺の胸元に向けてきた。


 ……やべ、やられる……!


 くそ、くそ、くそおおおおおおおぉぉぉ……!!




『――バチバチバチバチバチバチバチバチ……!』




 物凄い電流の弾ける音がした。

 ……あぁ、終わった。


 そう思った。




「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ……!!!!」



 しかし、叫んだのは俺ではなく……。え……青井が!? なぜ!?



 よく見ると、三沢さんがスタンガンを捻って青井に浴びせていた。


 え……。



 ええッ!?



 い、いつの間に!?



「こうするしかなかった」

「三沢さん……なにをしたんだ?」


「……くっ。熊野くんに見せたくはなかった」


「へ」



 混乱していると、古賀さんが慌てていた。



「こ、この! 三沢……やっぱり、あんたは嫌いだわ! この、なんでも一番女!」



 古賀さんは何を言っているんだ?

 三沢さんはずっと地味で影が薄くて……三番評価だった、はず。いや、もちろん俺の中では一番だけど。


 ん?


 なんかコンマ秒で古賀さんの背後に回っていた三沢さん。



『ドスッ……』



 そんな鈍い音がして、古賀さんが意識を失った。



「……倒した」

「は……? はああああああああ!? 三沢さん!?」


「くっ、できれば戦いたくはなかった。熊野くんに暴力女だなんて思われなくもなかった……ごめんね」


「意味分からん! 三沢さん、格闘技の経験が?」


「空手に柔道、剣道、総合格闘技、ボクシング、キックボクシング、ムエタイ、テコンドー、ブラジリアン柔術、レスリングやMMAなど様々な格闘スポーツを齧っていたの。最近はブレイキングタウンにも出場していて……」



 な、なんだそりゃあ……!

 意外な経歴に俺はぶったまげた。そりゃ足も早いわけだよ。あの異常なスタミナ力に納得がいった。


 俺が守る必要もなかったのかよっ!



「ちなみに、古賀さんには何をしたんだ?」

「手刀を三発入れた。大丈夫、ちゃんと手加減したから」


 手元がなにも見えなかったよ。あと動きもね!



「驚いたよ。まさか三沢さんがこんな強いなんて」

「か弱い女の子でいたかったのに……」



 両手で顔を覆い、恥ずかしがる三沢さん。いや、けれど助かった。それに俺は嬉しかった。三沢さんの秘密が知れて。


 こんな秘密はクラスメイトでも知らないはずだ。


「カッコ良かったよ。ありがとう」

「……クラスのみんなにはナイショだからね」

「言わないよ。二人だけの秘密だな」

「うん」


「てか、青井先輩もなんとかできたわけか」

「いざとなったら、ブっとばそうかなって思ってた。でも、熊野くんの気配を感じたから……」


 秘密のままにしたかったわけだ。

 でも、知れて良かった。

 俺はもっと三沢さんのことが知りたいからな。


 その後、俺は姉ちゃんを呼んで古賀さんと青井をなんとか処理してもらった。

 おそらく停学処分になるのではないかと、姉ちゃんは言った。

 そうなるといいが。


 とにかく、これで狙われる心配もなくなったわけだ。

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