◆三番目に可愛いクラスメイトが天使すぎて人生がはじまった

 三沢さんと共に下校。

 ゾンビのような足取りで自宅を目指していた。……さすがに疲れた。


 あの後、パトカーも駆けつけて来て俺たちは事情を説明することになった。

 姉ちゃんのサポートもあり、話しはスムーズに進んだけど。

 古賀さんはともかく、青井先輩は捕まった。スタンガンが“正当な理由ではない”と見なされたようだ。

 この場合、軽犯罪法に引っ掛かるんだとか。

 そりゃ、そうだよな。

 身を守る為でなく、俺たちを脅すつもりで使用したわけだから。



「……もうこんな時間か」

「遅くなっちゃったね」



 時刻は二十時半。

 辺りはすっかり闇に包まれていた。

 ずいぶんと時間が経っていたんだな。


 駅まで一緒に歩いて、そこで三沢さんとは別れた。


「じゃあ、また明日」

「今日は助けてくれてありがとう」

「いや、俺は……なにも出来なかった……気が」

「そんなことはないよ。駆けつけてくれたことが何よりも嬉しいから」


 そんな天使の微笑みを向けてくれる三沢さん。やっぱり優しいなぁ。

 俺も強くならないと。

 今は走って足腰を鍛えよう。マラソン大会の為にも。


「じゃ、行くね」

「うん。あとで連絡するからね。既読スルーしたらダメだからね」

「もちろん、死んでもスマホから目を離さないよ」


 手を振って別れた。

 うむむ……いざ離れると名残惜しいものだな。

 あんな事件があったけど、こんな時間まで三沢さんと一緒にいれて俺は嬉しかったのだ。

 もっと話したいこともあるけれど、スマホのメッセージアプリで我慢しよう。



 ◆



 ガタコトと揺れる列車。

 時間帯のせいか、人はまばら。疲れ切って眠るサラリーマンばかり。学生なんてほとんどいない。

 外は宵闇でどこか不気味。

 ふと、ある都市伝説が脳裏を過ぎる。

 知らぬ間に謎の無人駅に到着し、その先で奇怪な現象に巻き込まれるのだという。最終的には行方不明になってしまうのだ。

 それを神隠しだとか言う人もいる。


 休み時間に、三沢さんが教えてくれたホラー映画『異界駅きさらぎ』を思い出していた。


 帰ったら見てみようかな――っと。



 帰宅すると、じいちゃんが仁王立ちしていた。……こ、これは怒られるヤツだ。



「正時、こんな時間まで何をしていたのだ……!」

「すまん、じいちゃん。事件に巻き込まれた」

「なにィ!? 学校でイジめられたか!? そうなんだな!? もし事実なら、校長をこの手でブチのめしてくれるわッ!」


 勝手に妄想を膨らませ、暴走するじいちゃん。いつも元気だな~。

 もう七十なのに、ピンピンしているし……筋肉モリモリで困る。高齢なのに家事洗濯を毎日こなす。おかげで何不自由なく暮らせている。


 俺には両親がいない。

 じいちゃんが親代わりというか――親だ。


 なぜいないのか。いや、気づいたらいなかったというか。

 じいちゃんによれば、死んではいないらしいが……行方不明らしい。どこへ行ったんだかね。

 今更会おうとも思わないけど。


 三沢さんの教えてくれた『異界駅きさらぎ』にでも連れていかれたのかな。だとしたら、神隠しだ。



「安心してくれ、じいちゃん。少しトラぶっただけ」

「なにがあった?」

「かくかくしかじか」


「ぬわぁにィ!? 彼女を二度寝取られ、それが原因で女友達もまた寝取られそうに!?」


「ちょ、大声で言うな! 近所迷惑だろうが!」



 俺は、基本的にじいちゃんに隠し事はしない。

 だから、彼女のことも話していた。今まで女性のこともいろいろ教えてもらった。……あんまり役に立たなかったけど。



「まあ無事でなによりだ。その女友達……三沢さんを守れたのなら良かったな」

「守れたというか、勝手に助かったというか」


「状況はどうあれ、三沢さんは喜んでくれたのだろう。なら、誇ってよい」

「じいちゃん……」


「――で、その三沢さん。胸は大きいのか……?」


「…………うぉい」



 今のでぜんぶ台無しだ――――!!



 ◆



『……だめっ、そこは……』


 三沢さんの喘ぎ声が――違う。

 青井先輩が……違う。


 これは、違う。


 ゆ、夢……なんだ。



 ――ぱんぱんぱん。



「うああああああああああああああああああああ……!!!」



 飛び起きて俺は頭を抱えた。


 ダメダ。


 トラウマなんて簡単に治るわけがない。

 よりによって三沢さんが出てきてしまうとは……くそっ。それに、相手があの青井先輩とはな……。事件のせいだ。



「しょ、正時……また?」



 いつの間にか姉ちゃんが扉を開けていた。心配そうな顔で俺のベッドへ腰掛け、頭を撫でてくれた。おかげで乱れていた脈が正常になっていく。



「……すまん、姉ちゃん。事件のせいだ」

「そっか。ごめんね……」

「なんで、姉ちゃんが謝るんだよ」

「私がしっかりしていれば……そう思ってね」

「とても助かってるよ。これからもカウンセリングをお願いしたい」


「分かった。トラウマを克服できるよう、最大限努力するよ」



 そう言って姉ちゃんは、俺を抱きしめてくれた。……あたたかい。心が落ち着く。


 今度こそ安心して眠れそうだ。




 朝を迎えた。

 アラームを朝四時にセットしていたのを忘れていた。

 そうだった。

 三沢さんと走るのだった。


 急いで仕度して、俺は家を飛び出た。


 すると、超特急でこちらに走ってくる三沢さんの姿があった。え、こっちに来る……!?


 ああ、そういえば昨晩、俺の家の“位置情報”をアプリで送っておいたんだっけ。


「おはよー! 熊野くーん!」

「お、おはよう。来てくれたんだ」

「うん、走ってきた」

「凄いな。三沢さんの家から遠いでしょ」

「うん。五キロはあるかな~。もっとかな?」


 な、なかなかに遠いぞ。それを走ってきてしまうとか、体力お化けかな。

 様々な格闘術に精通しているようだし、本当に鍛えているんだなぁ。


「凄いなぁ。俺もそれくらい走れるようにがんばらなきゃ」

「そうだね。もうすぐマラソンもあるよね」

「一位を取ってみせるよ」

「うん。一位を取れたらキスしてあげる。てか、彼女になってあげる」

「え……」


「さあ、走って鍛えよう」


 手を差し伸べてくれる三沢さん。こんな朝で頭の回転が鈍かったはずが、今はフル回転だ。


 マジかよ!!


 そんなの、がんばるしかないじゃん!


 三番目に可愛いクラスメイトが天使すぎて人生がはじまった……!

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