◆負けない心

 夜が明け、早朝。

 俺は準備を整え、玄関前へ。

 いつもの時間に三沢さんがやってきた。


「おはよう、三沢さん」

「おっはよー。今日も早起き凄いね」

「あと二日しかないからね。がんばらなきゃ」


 そう、マラソン大会まであとわずか。

 必死にならなければ勝利はない。

 それに三沢さんと会える時間も貴重だ。こうして朝一緒に走れるなんて夢のようだ。だから俺のモチベーションは常に保たれている。


「それじゃ、熊野くん。今日はペースを上げて限界まで走ろっか!」

「分かった!」


 いきなりハイペースで走る三沢さん。

 かなり早くて追い付くのが大変だ。


 こ、これが三沢さんの本気……なのか!?


 す、すげぇ……早い!


 自転車――いや、バイク以上かもしれない。



 って、早すぎて追いつけねえええッ!!



 ・

 ・

 ・



 今日の三沢さんはガチだった。

 俺は可能な限り追い付いていたが、途中で脱落。公園でぶっ倒れていた。


 な、なんて早いんだ。


 本気でついていったはずだったが、やはり彼女のパワーは桁違いだった。



「……熊野くん、大丈夫?」



 大の字で倒れていると三沢さんが顔を覗き込んでいた。

 戻ってきてくれたんだ。



「は……はぁ……。だ、だいじょうぶ……だよ」



 倒れてから結構経ったけど、まだ息が乱れていた。



「ごめんね。無理させちゃったよね」

「いや、いいんだ。これくらいやらないと一位が取れないからね」


「そっか。そんなにわたしを彼女にしたいんだね」


「そ、それは……当然だ。絶対に彼女にしてみせるよ」

「……そ、そう」



 頬を赤くする三沢さんは、妙に困っていた。

 けれど照れ隠しするように水の入ったペットボトルをくれた。こ、これはまた間接キス……。俺は感謝しつつ受け取って水分補給をした。


「――んめぇっ。生き返るようだ……」

「ちょっと休憩したら戻ろうか」

「そうだね。もう時間だ」


 少し休み、解散となった。



 ◆



 ギラギラと照り付ける太陽。

 今日は恐ろしく暑い。汗が垂れてくる。

 そういえば、もう夏になるな。


 半袖でなければ、とてもじゃないが厳しい気候だ。


 あと少しで学校に辿り着く。

 そしたら、三沢さんと一緒に今日も一日過ごすんだ……そう思った。


 だが、それを良しとしない者がいた。


 ……そろそろ現れるとは思っていた。



「おはよう、熊野くん」

「せ、瀬戸内さん……!」



 通せんぼするように俺の目の前に現れる瀬戸内さん。なんだか様子もおかしい。目が血走っているというか……怖いぞ。



「もうすぐマラソン大会よね……」

「そ、そうだな。それが何か関係あるのか?」


「もちろん。熊野くん、あんたに一位は取らせないわ」

「なに……?」


「言ったでしょ。もう絶対に許さないって……だからね、妨害してやる」


「なッ!」



 まさかの妨害宣言。

 なんて人だ。そこまで腐ったか……!


 かつてあった優しさや人柄の良さはどこへいった。瀬戸内さんは、こんな人ではなかったはずだ。


 希望を失っていた俺をあんなに励ましてくれたし、生きる意味を教えてくれた。……でも、今の前にいる瀬戸内さんはまるで別人かのように荒れていた。


 どうしてそんなに俺を恨む!



「しばらく学校には行かないけど、二日後……覚えておきなさい!」

「やめろ! そんなことをすれば下手すりゃ退学だぞ!」


「構わないわ。熊野くん、あんたを不幸のどん底に落とせるのならね!」



 そんな捨て台詞を吐いて、瀬戸内さんは去っていく。

 ウソだろ……。


 追いかけようと悩んだが、すでに瀬戸内さんは走って逃げていた。



 二日後、俺に妨害を仕掛けてくる気か。

 いいだろう。

 むしろ望むところだ。


 俺は嫌がらせに屈しない。


 必ず一位を取り、三沢さんと付き合うんだ……!


 身も心ももっと鍛えねば!

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