◆好きな人との甘々な時間

 教室には三沢さんの姿があった。

 珍しいというわけでもないが、女子と話していた。友達らしい。


 俺は自分の席へ座った。


 すると三沢さんは気づいて俺に挨拶をしてきてくれた。


「おはよ、熊野くん」

「おはよう、三沢さん」


 会話はそれだけだったけど、今朝充分すぎるほど二人の時間を作ったし今は仕方ない。


 少しして授業が始まった。


 担任の溝口もようやく復帰。

 腹痛地獄から帰ってきたようだ。


 それでもちょっとだけ体調が悪そうだが、授業を進める分には問題ないらしい。



「――では授業をはじめる」



 退屈で面倒な授業がはじまった。

 俺はマラソンことで頭がいっぱいで、ほとんど身が入らなかった。


 数時間後、昼休みになった。



「熊野くん、一緒にお昼行こ」

「……ん。ああ、三沢さん、そうだな」

「どうしたの? なんか顔が疲れてない?」

「そうかも。最近、無茶してるからなあ……」

「今日も無理して走ったもんね。ごめんね」


「んや、三沢さんのせいじゃないさ。俺の体力のなさのせいさ」


「でも……分かった! じゃあ、わたしが癒してあげるね」



 いきなり俺の手を引っ張る三沢さん。その勢いに驚いた。ていうか、教室のみんなもビックリしていた。


 な、なんだぁ!?


 廊下まで連れ出され、更にそこから加速。

 どんどん速度が上がって、俺はすでに体が宙に浮いていた。


 ま、まてまて!


 廊下を走ってはいけません!



 しかし、三沢さんの勢いは止まらない。

 階段を駆け上がり、やがて屋上へ到着。


 な……なぜ屋上?


 バンっと扉が開かれ、そして誰もいないことを確認していた。


 それから柵の方へ向かって三沢さんはようやく足を止めたんだ。



「えっと……うぉッ!?」



 強制的に座らされる俺。

 頭がいつの間にか三沢さんの上に落ちていた。


 このふわふわと柔らかい感触……。


 あぁ、間違いない。

 彼女のフトモモの上だ。


 これはいわゆる“ひざまくら”である――!



 マジか。

 マジか。


 マジかあああああああッ!!



 ウソだろ、夢じゃないよな!?


 けど、この匂いも感触も全てホンモノだ。夢でも幻でもない。俺は本当に今、三沢さんにひざまくらしてもらっているんだ。



「熊野くんの疲れを取ってあげる」

「あ…………お、おう。てか、もうすでに取れたかも」


「ダ~メ! こんなこともあろうかと、耳かきも常備していてよかった」


「なんで常備してるの!?」

「いつか熊野くんにしてあげようと思ってね……」


 照れながらも耳かきを向けてくる三沢さん。本気でやる気か……!


 けど、それが……。


 それこそが……。


 希望に進むのが気持ちのいい人生ってもんだろうッ。


「分かった。腹を括るよ」

「大袈裟だね。でも、絶対に損はさせないよ」


 三沢さんの言葉は確かだった。

 見事な手さばきで俺の耳を癒してくれた。


 ガサ、ゴソッ……と、丁寧な耳かきの動き。耳の中を傷つけまいと絶妙な力加減。あまりに気持ち良くてそのまま寝落ちしそうになった。


「……す、すごい。なんて気持ちいんだ……」

「すごいでしょ。おばあちゃん直伝だからね!」


 しかも、三沢さんの癒し系甘トロボイスも相まって心地よすぎる。彼女、声優になれる素質があると思うけどね。

 そうだ。最近そういう仕事もあるというし、向いているかも。


 あぁ、それにしても、これはヤバい。


 天国だ。


 本当に天国は存在したんだ……!



 俺はなんて幸せな男なんだ。

 もしかしたら世界一幸せな男かもしれない。

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