◆授業サボって屋上で幸せタイム
いつの間にか昼休みが過ぎていた。
予鈴が鳴っているし、これは間違いなく昼が終わっている。だが、三沢さんが動き出す気配はまるでない。
アレ……もしかして寝てる?
耳かきはいつの間にか地面に落ちていた。
見上げると三沢さんは、俺をひざまくらしながらも眠ってしまっていた。
えー…。
もしかして疲れていたのかな。
起こすのも、このままなのも悪い気がする。
授業はサボることになるけど、今は時間の流れるままにしておくのが一番かな。
三十分ほどして三沢さんは目を覚ました。
「おはよ。三沢さん」
「……う、ん。……ん? って、熊野くん!?」
「いやー、ここまで誘導したのは三沢さんだよ? 勘違いしないでくれよ?」
「……ああ、そうだった。わたしってば、熊野くんをひざまくらして……それから、寝落ちしちゃったんだった……」
状況を把握したのか、三沢さんは赤面していた。……ふぅ、とりあえず殴られる心配はなさそうだ。
「ちなみに授業はじまっちゃったよ」
「うそー…。そんなに寝てた?」
「うん、そんなに寝てたよ。あ、そろそろ起きるね」
「ごめんね、足がしびれてきた」
俺は起き上がり、改めて三沢さんに感謝した。
「ありがとう。おかげで疲労が全て吹き飛んだよ」
「疲れが取れたのなら良かったよ。熊野くん、かなりやつれていたから……」
そうかもしれない。
やっぱり、無茶はいけないな。
……って、思えば貧血で倒れていた三沢さんを助けたっけな。今回は反対になってしまった。人のことは言えないな。
「さて、どうしようか。お腹空いたね」
「そうだね。ちょっと遅くなっちゃったけどお昼にしよっか」
「うーん。でも食堂は開いてないよなー」
「大丈夫。お弁当作ってきたから」
「え!?」
「意外だったでしょー」
そういえば、ランチバッグらしきものを持ってきているなぁとは思っていたんだ。まさか、本当にお弁当だったとは……!
ま、まさか!
「三沢さんの手作り!?」
「そそ。わたしの手料理だよ」
「そうなのか。三沢さんって料理するんだね……!」
「えっへん。趣味で料理するし、バイトも短期で飲食店をやっていたんだよね」
「それは知らなかったな」
「バイトはもう辞めちゃったけど、そこそこの時給で稼げたし、スキルは身についたよ」
どうやら、知り合いの和食店を手伝っていたらしい。三沢さんは格闘経験だけでなく、料理もできるのか。スキルあるなぁ。
バッグの中からお弁当を取り出す三沢さん。
手際よく蓋をあけ、中身を見せてくれた。
「おぉ! タマゴとかから揚げとか定番で美味そうだね」
「ごはんには、のりたまをたっぷり。最高だよね」
「パラダイスだよ。素晴らしい!」
のりたまがあれば、ごはんなんて一杯どころは二杯はイケるぞ。
三沢さんのお弁当は普通に見えるけど、その普通がいい。
「お箸ひとつしかないから……はい、あ~ん」
「えッ」
「仕方ないでしょ」
「け、けど…………恥ずかしいよ」
「今授業中で誰もいないし、誰も見てないよ」
「そうだけど……いいの? 口つけちゃって」
「いいよ。別に嫌じゃないし」
「そ、そうか」
俺は勇気を振り絞って、三沢さんの“あ~ん”を甘んじて受け取ることに。
黄金色に輝くタマゴをぱくっといただく。
うまああああああああああああああああああああああああああ!!!
思わず叫びたくなるほど美味かった。
なんだこの絶妙な塩梅。
ダシがすごく効いていて、口の中でとろけてしまった。
「どお?」
「さすが和食店で働いていただけあって、めちゃくちゃ美味いな。確かに和風だ」
「ふふーん。味だけは自信があるんだ」
そうだな。見た目は凄く普通に見えるだけに、この味は驚いた。
高級なお店レベルだぞ、これは。
その他、から揚げやタコさんウィンナーと食していく。
口にした瞬間、俺の脳内は“幸”で満たされた。
な、なんだこりゃあ…………!!
三沢さんの作ったお弁当がここまで美味いとは。いや、ただ美味いだけではない。愛情たっぷりで、真心が込められていると手に取るように分かった。
食材のひとつひとつを丁寧に、男好みな濃い味付けにしている。これは男子ならイチコロだ。
「もしかして、三沢さんは濃い味が好きなのか?」
「うん、よく走るからね」
納得だ。彼女は格闘技を嗜むから、おかずも必然的に肉系が多くなり、味付けも濃くなる傾向なんだろうな。
いやしかし、これは売れるレベル。
お弁当屋さんで爆売れ間違いなし。
いや、高級和食店を開いてもいい。
「ありがとう、もう満足だ」
「口にあってよかったぁ~」
「とても美味かった。また作って欲しいくらいだよ」
「いいよ。毎日作るね」
「マジで!」
「だって料理も格闘技も趣味だからね」
やったぜ!
こんな幸せなことは生まれて初めてだ。
やっぱり三沢さんは天使だ……!
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