◆愛の告白

 昼食を食べ終え、まずは担任の溝口を探すことにした。

 やはり、瀬戸内さんのことが気掛かりだ。恐らく付き合っているであろう、後輩の存在も。


「三沢さん、まずは情報収集でいいよね?」

「うん。また昨日みたいなことがあったら嫌だからね」

「決まりだな」


 昨日の情報が漏れている以上、瀬戸内さんは“容疑者”だ。

 これから俺や三沢さんを狙ってくるかもしれない。備えあれば何とやら。可能性がゼロではない以上、調査して優位に立っておく。


 まずは職員室へ向かった。


 丁度食堂も一階。

 歩いて三分も掛からない場所にある。



 三沢さんと共に向かい、職員室に到着した。



「わたしは廊下で待ってるね」



 さすがに二人で向かうのもね。何事かと思われるだろうし。

 俺は「失礼します」と恐る恐る職員室の中へ。慣れない空間に入るというのは、それだけで緊張感が増す。


 しかし、先生たちは俺の存在なんて気にも留めない。……そんなものか。


 溝口は……っと。


 アレ、いない。


 確か窓際の席だったはず。でも姿がないな。昼飯かな。

 先生が食堂を使うこともあるし、どこかへ出掛けている場合もある。この場合は不在か。


 仕方なく戻ろうとすると同じ学年の『谷垣』という若い女の先生が声を掛けてきた。いつも数学を担当しているから当然顔を覚えている。



「あれ、もしかして熊野くんかな」

「はい。谷垣先生」

「もしかして溝口先生を探しているのかな?」

「そうなんです。ちょっと急な用がありまして」

「あ~、そっか。溝口先生はしばらく帰ってこないかもね」


「え? なにかあったんです?」


「さっき急にお腹を下したみたいでね。ずっとトイレにこもってる」

「な、なんでそんなことに……」


「うーん。そういえば昨日の放課後、瀬戸内さんからお土産のおまんじゅうを受け取っていたね。あれを食べてから異変が起きた気がする」



 ちょ……え。まさか瀬戸内さん、そのお饅頭に何か仕込んだのでは。

 疑いたくはないけど、もしそうなら酷過ぎるぞ。


 俺は気になって溝口の席へ向かい、そのお土産を確認。


 賞味期限を確認すると『二年前』のものだった。



 うぉい!!



 仕込まれているじゃねえか…………!!



 きっと俺と三沢さんが先に動くと考え、溝口にこんな仕掛けを……クソッ、やられた! ていうか、溝口も賞味期限くらい確認しろよな!


 よりによって六つも食べてやがって、そりゃあ、お腹を壊す。


 しかも、湯飲みに入っているお茶もなんだか怪しい色を放っている。これ、超強力な便秘薬とか混ぜられているのでは。


 クソ、こうなっては溝口は帰ってこない。


 俺は職員室を立ち去った。



「熊野くん、どうだった?」

「溝口がやられた……」


「……え? やられた?」


「瀬戸内さんは、昨日から溝口の食べ物と飲み物に劇薬を仕込んでいた。今はトイレで地獄を見ているはずだ」

「うそ……そんな」



 困惑していると、職員室から先生たちが慌しく出てきた。谷垣先生もこちらに気づいて駆け寄ってきた。



「熊野くん、大変!」

「ど、どうしたんです?」


「溝口先生が腹痛で倒れちゃったの。……そ、その、職員トイレも凄いことになっているらしくて……。だから救急車で病院に行くことになったから……」



「「なッ!?」」



 俺も三沢さんも驚く事しかできなかった。

 そういえば、妙に悪臭も漂っているような。気のせいじゃなかった……!


 谷垣先生もハンカチで鼻を押さえている。

 こりゃ、もうここにいられないな。


 てか、溝口……可哀想に。

 これ普通に傷害事件じゃないのか?



「そういうことだから、教室へ戻ってね」

「分かりました、谷垣先生」



 俺は素直に返事を返し、三沢さんと共に教室へ。



 ◆



 午後の授業がなかなか始まらない。


 一時間経過して、ようやく谷垣先生が現れた。……やっぱり、そうなったか。


 クラスメイトたちは騒然となった。



「あれー、溝口先生は?」「どうしたんですか?」「なんで谷垣先生?」「今、数学じゃないよね」「一時間も待たされたし」「どうなってんだよ」「溝口のヤツ、死んだか?」「まさかクビになった!?」「もう谷垣先生が担任でよくね~? 美人だし」「賛成ー!」



 そんな喧噪の中、谷垣先生が鶴の一声。



「みんな落ち着いて!」



 し~んとなる教室内。

 谷垣先生、そんな大きな声が出るんだな。



「……で、どうなったんですか?」



 ある女生徒が恐る恐る訊ねた。



「……溝口先生は腹痛で倒れたの。今は救急車で運ばれて入院中だから。でも心配しないで、すぐに回復するって」



「ええ!? 入院!?」「嘘だろ!」「あんな元気だったのに?」「なにがあった……」「腹痛で倒れたって、どういうコト?」「持病があったんじゃね」「そうかなぁ、健康そうだったけど」「独身だったみたいだし、不健康だったのかもね」「あー、それで一階が臭かったのか」「そういえばヒドイ臭いだったな」



 まさか担任が倒れるとは、誰も思っていなかった。俺もだ。

 そして、三沢さんさえもこれは想定外だったと感じたようだ。



「困ったね、熊野くん」

「ああ……。瀬戸内さんの方が先回りしているってことだ。これから、なにされるか分からん」


「油断できないね」


「うん。特に三沢さん……気を付けてくれ。いくら強いと言っても心配だ」

「心配……してくれるんだ」


「と、当然だよ。三沢さんに何かあったら俺が困る」

「……すっごく嬉しいな」



 本当に嬉しそうに微笑む三沢さん。

 そんなに照れられると、俺も照れるって……。



 その後、混乱もおさまり授業が進んでいく。



 放課後になって久しぶりに他の女子に声を掛けられた。



「熊野くん、話せる~?」

「ん……? 確か、黒部さん」

「あ、覚えてくれていたんだ。そ、くろ だよ~」


 黒部 望愛は、男子人気が高い美少女。

 微かに見える青色のインナーカラーの髪。ネイルもツヤツヤ。明らかに校則違反っぽいけど、不思議とお咎めはないようだ。


 悪い噂の流れている古賀さんが美少女ランキング(クラスの男子が勝手に決めている)から下落したものだから、今や『一番』の座に君臨しつつある女子だった。


 まさか話しかけられるとはな。



「なんの用だい?」

「愛の告白、かな~」


「……な、なんだって?」



 目を、耳を疑った。

 どういうこと……?

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