◆寝取られ悪夢
これほど美味しいドーナツを食べたことがない。
頭の中が幸せで満たされている。
感動しすぎて涙が出た。
「ど、どうしたの……熊野くん!?」
「いやぁ、ドーナツが美味すぎてさ」
「分かるー! 千個くらいイケちゃうよね~」
いや、千個は物理的に無理だ。
そんなに食べたらお腹が破裂しちゃうって。
残りは家でいただくことにした――というか、三沢さんの手土産になった。あんなに嬉しそうな表情をされたら、いくつでもプレゼントしたくなる。
また、おこづかいを貯めて買ってあげよっと。
駅で別れ、俺は雑踏と共に電車へ。
外の世界はすっかり闇が支配している。
流れるネオンの風景。
たまに感じるノスタルジックな気分。
けど、そんなしんみりした感情も、三沢さんの天使の笑顔で吹き飛ぶ。あの笑みが忘れられない。
◆
家に帰ってから、スマホが通知を知らせる音を響かせた。
お気に入りの潜水艦のソナー音だ。この神秘的な音が好きなのだ。
画面を覗くと、そこには【三沢さん】の文字が。
三沢さん:ドーナツありがとねー!
正時:また行こう~
三沢さん:うん、今度はわたしが奢ってあげるねっ
マジか。それはありがたいというか! ちょっと申し訳ない。けど、三沢さんの好意ならもらっておくけどね。
正時:嬉しいよ
三沢さん:ダイエットもがんばるね
正時:無理はダメだ。倒れたら次はお姫様抱っこで運ぶ
三沢さん:えっ! ……それは恥ずかしいな
正時:なら、なるべく倒れないように努力して
三沢さん:分かった。でも、明日は朝付き合ってよね
この前は参加できなかったからな。
明日こそはがんばって起床しよう。
そして、三沢さんと二人きりで走る。うん、最高の朝じゃないか。
正時:了解!
三沢さん:……あ、それと
正時:ん?
三沢さん:古賀さんの件だけど
正時:なにか分かったの?
三沢さん:うん。なんかね、また別の人と付き合っているみたい
正時:なんだって……!?
あのイケメン先輩と別れたのか?
俺なんてただのキープに過ぎなかった……というわけか。遊ばれていたんだな。
クラスで一番可愛い女子とはいえ、そんなものだったんだな。非常に残念だが、もう別れたから……未練はない。
今は三沢さんと一緒にいる時間が最高なのだから。
スマホでゲームをしていれば、深夜を回っていた。そろそろ寝ないと起きれなくなる。明日の朝は早いのだ。
アラームを朝四時頃にセット。
ベッドに身を預け、俺は夢の中へ落ちていく……。
◆
――ぱんぱんぱん。
「うあああああああああああああああああああああああ!!!」
また悪夢で目を覚ました。
飛び起きると、全身が汗まみれだった。
叫んだせいか、姉ちゃんが慌てて突撃してきた。
「ど、どうしたの……正時!」
「……す、すまない。ちょっと悪夢を見て」
「あ~、正時ってば最近、よく
そういえば、姉ちゃんは保健室の先生をやっていると同時に、心理カウンセラーのスキルも持っているようで、生徒だけでなく、教職員も診ているようだった。
優秀な姉に鼻が高い。
「実は……最近、二度もフラれた」
「は…………?」
「ほら、古賀さんっていたろ。あと瀬戸内さん」
「あー。そういえば、前に自慢してたね。クラスで一番可愛い女子と付き合ってるって」
「その古賀さんも、瀬戸内さんも寝取られてしまった」
「…………スゥ」
姉ちゃんは明らかに悟ったような
それと同時に俺を憐れな子犬でも見るかのような目で見つめてくる。……オイ、ヤメロ。それは逆にグサグサくるヤツだ。
「なんだよ。悪いかよ……!」
「別に悪いとは言っていない。てか、あんた……顔も悪くないし、性格も良いのになんで」
「俺が知りたいよ。なんで?」
「……さ、さあ?」
ダメダ。姉ちゃんすら分からないらしい。
俺のなにが問題なんだ!?
このままでは三沢さんもいずれ……。いや、悪い方向に考えてはダメだよな。マイナス思考は更なるマイナスを呼ぶだけだ。
「なあ、姉ちゃん。カウンセリングしてくれよ。俺のトラウマを治療してくれ」
「無理ね」
「え」
「あんたは闇深そうだもん」
「酷っ!」
「だって、二回も寝取られたとか普通じゃないし。いったい、なにをしたのか逆に興味あるわ」
「俺のせいじゃないって……。たぶん」
「……はぁ。仕方ないな。助けてあげるから、学校で診てあげる。今日、適当な時間に来なさい」
「ありがとう、姉ちゃん!」
なんだかんだ姉ちゃんは優しい。
無料で俺を診てくれるようだし、これで少しは原因を探れるといいのだが。
丁度いい時間に起床した。
俺はジャージに着替え、軽く食べてから外へ。
メッセージアプリには、すでに三沢さんから連絡が入っていた。
三沢さん:おっはよー! 起きてる? 来れる~? 来ないとドーナツ奢りねー! 一応、位置情報を送るね
朝からテンション高いな!
もちろん、起きている。
俺はそう返信した。
正時:
位置情報によれば、三沢さんは俺の自宅から約二キロ地点にいるようだった。どんだけ走っているんだ?
てか、俺と三沢さんの家って結構離れていると思うんだけどなぁ。正確な場所は知らないけど。
今度それとなく聞いてみようっと。
とにかく、俺は走って向かった。
中間にある公園で合流を果たす。
「おはよー、三沢さん!」
「おー! 来てくれたんだ。嬉しいっ!」
「もちろんだよ。にしても、まだ暗いね」
「五時前だからねー。でも、快適だし、静かで楽しいよ。あ、でも今日は二人でもっと楽しい」
さわやかな笑顔を浮かべる三沢さん。なんて素敵な表情なんだ。写真におさめたい。
いやしかし、こんな朝なのに元気だなぁ。
俺は朝は弱いので尊敬しちゃう。
「それじゃ、さっそく」
「一時間程度かな」
「な、ながっ!」
「昨日食べたドーナツ分を消化しないとね。体重増えちゃうから」
「大丈夫だと思うけどなー」
「油断大敵だよ」
走り出す三沢さん。横についていくが、な、なんか妙に速いぞ。
さすがに走り慣れているのかスピード感があるな。
がんばって、ついていかなきゃ。
そうして、俺は三沢さんと共にひたすら走り続けた。
気づけばもう一時間経っていた。
「…………はぁ、はぁ……」
「ふぅ~。たくさん走ったね」
「み、三沢さん……体力お化けだね」
「うん、まだいける」
ウソでしょ。疲れた顔をしていないし、息切れもしていない。バケモノかな?
なるほど、相当前からこの早朝ランニングをしているらしい。
このままではマラソン大会で恥を掻いてしまう。
まだ遅くはない。
毎朝付き合って体力をつけまくろう。
「そろそろ帰らないとな」
「また学校だね。あ、でもまずは水分補給してね」
三沢さんは、俺の目の前にペットボトルを差し出してきた。ありがたい。水を飲んで喉を潤そ……ん?
よ~く見ると、三沢さんの体操着が薄っすらしていた。
もしかして……汗で透過されてる?
本人、まったく気づいていない。
なんか下着らしきものが色濃く主張している。
あれは……間違いないよな。
「…………」
「え? 熊野くん? わたしのことをジロジロ見てどうしたの?」
「いやー…」
「……?」
「毎朝走りたくなった」
「えー! 意外。もう付き合ってくれないと思った」
「そんなことはない」
毎度、三沢さんの
そしてやっぱり、三沢さんと過ごす時間が充実していた。ただ走っているだけなのに、なぜこんなにも楽しいのだろう……!
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