◆寝取られちゃうかもね……

 衝撃的な事実を知った。


 三沢さん――軽ッ!


 まるでスポンジのような軽さ。女の子というものは、こんなにも重さを感じないのか……!


 これでダイエットをしているとか不思議すぎる。



「……重いよね」

「いや? 物凄く軽いです……」


「え」

「え?」



 おかしいな。これは“軽い”と言うはずだ。俺が間違っているのだろうか?

 しかし、これは……中々。

 三沢さんが華奢なことにも驚いたし、フローラルの香りががする。

 何もかもが刺激的すぎる。

 いやいや、煩悩退散。

 今は保健室へ行くことだけを考えろ、俺。



 前進だけを考え、俺は保健室へ。



 保健室の扉は開いていたので、そのまま中へ突入。姉ちゃん――いや、熊野先生がいた。椅子に座り、足を組んでいる。

 スカートが短いせいか、なんだかギリギリな感じ。


「ん、なんだ。また正時か」

「悪いね、先生。三沢さんが貧血なんだ」


「診るからベッドに寝かせてあげて」


 おんぶしていることは突っ込まないのだろうか。まあいいか。

 三沢さんをベッドへ降ろした。



「ありがとう、熊野くん」

「これくらいお安い御用さ」



 あとは熊野先生に任せた。

 午後の授業もあるし、教室へ――そう思ったが。



「まて、正時」

「ん?」

「三沢さんがなにか言いたげだぞ」


「そ、そうなの?」



 改めてベッドへ向かうと、三沢さんは頬を赤くして照れていた。

 な、なんだろう、この妙な緊張感。こっちまでドキドキしてきた。


「熊野くん、放課後……迎えに来てくれると嬉しいな」


 ……っ!

 ねだるような視線を向けられるとは思わなかった。

 俺は思わず胸がキュンキュンした。

 これを無視など出来るはずがない。


 どうせ部活とかもやっていないし、特に用事もない。

 三沢さんと二人きりで帰る方が有意義なのである。


 ならば断わる理由なんてない。


「分かった。授業が終わったらまた来るよ」

「良かった~。じゃ、約束だからね」


 指切りげんまんをして約束を交わした。ミサイルが降ってこようが天変地異が起きようが、俺は必ず保健室に来る。


 そう心に誓い、教室へ戻った。



 それから午後の授業を受け続け……放課後。



 荷物をぱぱっとまとめて俺は保健室へ向かおうとした。――のだが。


 またもや瀬戸内が俺に接触してきた。



「熊野くん」

「……」


「最近、三沢さんと仲いいよね」

「……関係ないだろ」


「じゃあ、気を付けた方がいいね」

「なにを?」


「彼女きっと狙われてるからさ。寝取られちゃうかもね……」



 それだけ言い残し、瀬戸内さんは教室を去った。

 ま……まて。

 三沢さんが狙われている? 寝取られちゃう?


 なにを言っているんだ。

 いや――今のは忠告だったのか。


 そう言われると不安になってきた。

 俺は、古賀さんも瀬戸内さんも寝取られている。過去の記憶がフラッシュバックして、胃の中が逆流しかけた。



 ……ッ!



 そんな、三沢さんに限ってそんなことないだろ……!


 ありえない!



 でも、漠然とした不安が襲ってきやがった。チクショウ、なんてことを言いやがるんだ。瀬戸内さんのヤツ。


 急いで教室を飛び出し、保健室へ向かう。


 廊下を走るな? もうそんなの関係ねぇ!


 いや、体育会系の山渕やまぶちが現れたので俺は速度を落とした。すれ違ったところでダッシュ!



 ――保健室に到着っと。



 慌てて扉を開くと、ちょうどスカートを履く三沢さんの姿があった。……って、なんかデジャヴっぽいシーン!



「……く、熊野くん」

「ご、ごめんよ!」


「も~! ちゃんとノックしてよ~」


「悪かった……!」



 そうだ。今のは俺が悪い。そして以前も。

 千年に一度の眼福だったとはいえ、嫌われたら意味がない。次回からはノックを心掛けよう。


 猛省しながらも、三沢さんの着替えを待った。


 てか……瀬戸内さんの言っていたことはデタラメじゃないか。なにが狙われているだよ。もしかしたら、単なる嫌がらせか……?



 数分後。



「お待たせー」

「さっきは本当にごめん」

「反省しているならいいよ」

「死ぬほど反省しています」

「駅前のドーナツ屋さんで奢ってくれるなら許す」



 駅前の『ミクスドーナツ』か。

 一個百円~二百円とかだし、財布も痛まない良心的価格だ。それに、三沢さんの機嫌を取り戻せるなら安いものさ。

 ていうか、俺自身も糖分を欲していた。

 今日は授業で頭を使い過ぎた。


「分かった。任せくれ!」

「やったー!」


 準備を終え、いよいよ下校。

 どうやら、三沢さんの貧血は回復したようで足取りも軽い。無理なダイエットは止めて欲しいものだが……。いや、今からドーナツを食べるのだから問題ないか。


 徒歩で駅前まで向かい、到着。


 夕暮れの時間帯のせいか、それなりに混雑している。


 順番を待ち、ドーナツを購入。

 もちろん俺の奢りで。



「結構買ったね」

「ありがとうね、熊野くん」



 エンゼルフレンチやチョコドーナツ、カスタードドーナツ、モン・デ・リング、ゴールドファッションなどなど、思ったよりも爆買いしてしまった。


 だが、後悔はない。


 なぜなら、三沢さんがとても幸せそうだからだ。

 まだ食べてもいないのに既に顔がとろけている。


 まず、機嫌を取り戻すことには成功した。ミッションコンプリートまであと少し。だが、もうイージーゲームだ。


 駅前にあるフリーベンチに座り、開封の儀。


 三沢さんに開けてもらった。



「お~、甘い匂い」

「だね! 熊野くん。えっと……」

「三沢さんの好きなのを取って」

「いいの!?」

「レディファーストだからね」

「ありがとー!」



 予想通り、三沢さんはエンゼルフレンチを手にした。やっぱりそれだ! 美味いんだよねえ。

 俺はモン・デ・リングにした。

 これも死ぬほど美味い。

 しかも黒糖。まずいわけがない!!


 さっそくモン・デ・リングを食す。


「うまっ……! もちもちで最高!」

「う~~~~ん、幸せぇ~」


 もぐもぐと頬張る三沢さん。

 エンゼルフレンチを噛みしめていた。



「今日一番の笑顔だね」

「この為に生きているからね!」

「そんなに!?」



 でも良かった。元気になってくれたし、これなら貧血で倒れる心配も少しは減りそうだ。……ああ、そうだ! これからドーナツを手土産にしてみよう。

 これで貧血問題を解決できるかも。



「ねえ、熊野くん」

「どーした?」


「わたしのエンゼルフレンチ……食べる?」



 そ、それは三沢さんの食べかけ。口をつけていたドーナツじゃないか。もちろん、男としては嬉しすぎる提案だ。



「い、いいの?」

「食べあいっこしよ……」


 恥ずかしそうに言う三沢さん。

 だから、こっちまで恥ずかしくなるって。周りの目もちょっと気になるが……それ以上に俺はエンゼルフレンチを食べたいと思った。



「分かった。俺のモン・デ・リングもどうぞ」



 ドーナツを交換した。

 というか、シェア……?

 一粒で二度美味しい的な?

 一石二鳥的な?


 ……なにを言っているんだ俺は。

 嬉しすぎて頭がカオスになっとる……!



 ええい、前置きはもういい。俺はエンゼルフレンチを……!



 うまあああああああ~~~~いッ!!



 これが幸せの味かっ……!

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