◆新しい一番目の女子と登校

 最悪な朝を迎えたが、練習を続けなければ。

 もう後がない。


 不安定な精神の中、俺は着替えていく。

 いつになったら、このトラウマを克服できるんだ……。


 家を出ると、今日はまだ三沢さんの姿はなかった。珍しいな。スマホをチェックしてみると“もう少しで到着する”と入っていた。


 少し待つと向こうからやってきた。



「おはよう、熊野くん。今日もがんばろう」

「三沢さん、おはよう。おう、あと少ししかないから、がんばるよ」


「その意気だよ。さあ、行こう。今日は全速力で行くから」

「分かった。がんばってみ――うおぉ!?」



 ぴゅーんと物凄いスピードで行ってしまう三沢さん。な、なんちゅう足の速さだ。いや、知っていたけど……これは人類史上最速のスプリンターと評されたウサイン・ボルトを超えているぞ。


 つ、ついていけない!

 あまりに人間離れしている!


 け、けれど……俺はそれでも!




 うん――ムリ。




「ちょっと本気出し過ぎちゃった……ごめんね、熊野くん」

「今のでちょっとかよ。どんだけ早いんだよ、三沢さん」

「走るの好きだからねー!」

「ホント凄いよ」



 結局いつもより、ちょっと早いペースで走った。


 早朝の鍛錬も終わり帰宅。


 これまたいつも通りに汗を流してから登校へ……。


 そう思ったのだが、玄関を出るとそこには人影があった。え……なんでこの人が。



「おはよ、熊野くん」

「く、黒部さん。なんで……」

「君の家を特定――じゃなくて、待っていたんだよ」


「え」



 今一瞬とんでもないことを言ったような。いや、気のせいだよな?



「一緒に登校しよ。朝はひとりでしょ?」

「あ、ああ……。ていうか、黒部さんってこの辺りに住んでいたの?」

「そうだよ。だからね、たまたま見かけてさ」

「へ、へえ。そりゃ奇遇だね」



 いつ見かけたんだ?

 けどいいか。今や同級生からの人気うなぎ登りの黒部さんと一緒に登校だなんて夢のようだ。

 登校くらいならいいか。

 どのみち、三沢さんとは登校中には会えないのだから。



「ねえ、熊野くん」

「なんだい?」


「三沢さんのこと好きなんだ?」


「え……突然だね」

「だって気になるし」


「そ、そりゃ……ねえ?」

「なるほどね」



 なんか勝手に納得する黒部さん。実際、間違ってはいない。でも、自分の口から言うのは恥ずかしかった。



「なんか関係ある?」

「うん、結構ある」



 どういう意味だ?


 話しながら歩いて駅へ。それから電車で次の駅まで。

 駅を出てそのまま学校を目指した。その間にも黒部さんは俺に質問攻め。なんでこんな俺のことを聞いてくるんだ?


 なんだかんだ学校に到着。


 教室まで黒部さんと共に入ると、いきなり注目を浴びた。


 ま、まずい。視線が多いぞ。


 しかも、三沢さんにも見られた。

 誤解を解かないとな。


 黒部さんから離れ、俺は席へ向かった。



「…………」



 当然の反応だよな。



「特に意味はないぞ、三沢さん。黒部さんとはたまたま会った」

「ほんと?」

「ああ、近所に住んでいるらしい」

「ふぅん」

「なにもないって」

「ならいいけど」

「怒ってる?」

「怒ってないよ。熊野くんのこと信じてるからね」



 優しい口調でそう言ってくれる三沢さん。よかった……。てっきり嫉妬しているのかと思ったが、冗談だったようだ。

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