◆悪に落ちた男

 じりじりとこちらに向かってくる前島くんは、俺をにらむ。



「や、やめるんだ!」

「もう遅い。俺は三沢さんを手に入れる……! 身も心もな!」



 ブンブンとバールのようなものを振り回してくる。あ、あぶねえ……! あんな凶器モンで殴られたら、頭カチ割られて死ぬぞ。


 こっちに武器はない。

 素手で立ち向かうしかない!



「前島くん。悪いが正当防衛だ」

「そうか、なら死ね!!」



 素早い身のこなしで走って向かってくる。バールを振りかぶってきやがった。相手の動きを良く見て俺は回避。



『ブンッ……!』



 風を切る音が耳元をかすめた。……っぶね!


 なんとかギリギリセーフ。

 灯に鍛えられたおかげもあって体が柔軟に動く。


 前島くんは、その後も何度もバールを向けてくるが、俺は全部避けた。……なんだ、楽勝じゃないか!



「当たらなければどうということはないな!」

「チッ……! ちょこまかと!」


 そうか。俺は以前に比べてかなりパワーアップしてしまったらしい。もう雑魚だった頃の俺ではない。


 バール攻撃を避けながら、俺は前島くんの右腕にチョップを入れた。



「てやッ!!」

「…………ぐッ!!」



 手刀が入り、前島くんは痛みで顔を歪めた。と、同時にバールを地面に落とした。俺はそのまま凶器を蹴って弾き飛ばした。……よし!


 これで武器はなくなった。



「バールはなくなった。諦めろ」

「……チクショウ!! チクショウ!!」



 悔しがる前島くん。

 このまま捕まえて警察に突き出す。それしかないと思ったが、彼は後退していく。まさか逃げる気か……!


 そうはさせないと俺は手を掴もうとするものの、前島くんは逃げた。



「逃げるな卑怯者!!」

「黙れ、熊野!! もうお前なんかに構っていられるか! 三沢さんの家に入ってやる!!」


「んだとぉ!! この変態野郎が!!」

「違う違う違う、俺は悪魔だッ!!」


 そう叫び、どこかへ走っていく。どこへ行く気だ!?

 門は閉ざされているから入れない。だから、他の場所から侵入するつもりなのだ。でも、どこから?


 この家は、高い壁で囲まれていているから、とてもじゃないがジャンプで届く高さではない。


 それとも入る方法があるとでも言うのか?


 ともかく前島くんを止めねば!!



「待て!!」

「待てと言われて待つか、ば~か!!」



 野郎!

 俺はヤツを追いかけた。どこへ行く気だ!


 背中を追っていくと、ある場所で止まった。……こ、ここは。


 灯の邸宅いえの横に木が生えている。しかも、壁の高さを超えた木だ。


 ま、まさか!



「それを登るというのか!」

「そうだ、熊野! 俺はこの木に登って三沢さんの家に入るのさ!!」



 ゴキブリのような動きでカサカサと木に登っていく前島くん。な、なんちゅー動きをしやがる。

 なるほど、事前に調べていたのか。

 ていうか、コイツはもう完全に悪に落ちてやがる!

 やりたい放題じゃねーか!


 入らせてなるものか!!


 俺も木を登っていく――!!

 前島という悪魔を止める為に!!

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