◆三番目に可愛い女子との約束

 三沢さんは、中学時代にも同じクラスだった。

 電車通学の俺は、ある日……財布を落とした。


 その時、困っている俺を救ってくれたのが三沢さんだった。


 お金を貸してくれたのを今でも鮮明に覚えている。後日、きちんとお金も返した。


 けれど直ぐに高校卒業となって、たいした進展もなく……終わった。もうきっと話すこともないだろう。そう思っていたが、まさか高校も同じになるとは思わなかった。


 でも、ずっと話す機会もなく今に至っていたのだ。

 そんなことを思い出していると、三沢さんは微笑んだ。



「そっか。なら、自信を持ってもいいのかな」

「ああ」


「優しいね、熊野くん」



 気づけば、俺は三沢さんと長いこと談笑していた。

 授業なんて忘れてずっと。


 そして、保健室の先生がやってきて、ようやく俺はサボってしまっていることに気づいた。



「ん、正時か」



 保健室に戻ってきた白衣姿の若い女性。

 派手な金髪を腰まで伸ばす。

 これで保健室の先生なのだから驚きだ。


 名札には『熊野』の文字が刻まれている。

 奇跡か偶然か、保健の先生は……俺の姉ちゃんだった。ありえねぇだろ。だが、事実は小説より奇なり。本当なのだから仕方ない。



「姉ちゃ……いや、先生。貧血で倒れた女子を運んできた」

「ふむ。また新しい彼女か?」


「「……ッ!!」


 俺も三沢さんもドキッとした。

 そんなわけが……あ、いや。

 そう思われても仕方ないか。


 姉ちゃんの耳にも、俺が何人も付き合っているだとか情報が入っているだろうしな。



「違うよ。同じクラスだけど、廊下で倒れていたんだ」

「そういうことにしておいてやろう。しかし、古賀さんと別れて……瀬戸内さんだっけ? あんな美人たちを振って今度は、こんなアイドルのような女子と付き合っているのか」

「おいおい、姉ちゃん。俺はそんなクズ男じゃねぇって。振られたんだよ」


「そうだったか」



 関心がなさそうに姉ちゃん――いや、熊野先生は三沢さんの容体を確認。ただの貧血だと判断して安静させた。



「じゃ、俺は教室へ戻る。気づいたらもう十五時前だ。担任の溝口に怒られる」

「あとは任せて」



 三沢さんのことは、熊野先生に任せた。

 俺は保健室を去り教室へ戻った。



 ◆



 ――放課後になった。


 三沢さんを放ってはおけない。

 教室を出ようとすると、珍しく瀬戸内さんが話しかけてきた。



「あ、あのさ……」



 とても気まずいけど、まさか向こうから話けてくるとは。今更なんだろう。



「なんだい?」

「や……やり直せないかな……」


「無理だって言ったろ」

「でもさ、突然すぎない? なんで急に別れようだなんて」


 なるべく傷つけないよう別れるつもりだったんだけどな。もう本当のことを言うしかない。


「分かった。きちんと理由を話す。廊下で」

「うん」


 瀬戸内さんを連れ、誰もいない廊下の隅へ。

 改めて俺は理由を明かした。


「君……後輩の男とイチャついていただろ」

「え……」

「俺は見ちゃったんだよ。この前、教室でシているところをね……!」


「…………そ、そんな」



 ショックを受け、同時に顔を赤くする瀬戸内さん。

 涙目になって震えていた。

 馬鹿野郎。

 泣きたいのはこっちだ。


 こっちは真剣だったんだぞ。それがまさか、こんな形で裏切られるとは思わなかった。それも、二回もな。



「あの男は誰だよ」

「そ、それは……言えない」

「言えないってなんだよ。もういいよ、これからは他人だ。話しかけないでくれ」



 いい加減、ウソつきにはウザンリだ。

 古賀さんも瀬戸内さんも、そりゃ容姿は可愛いさ。性格も良いと思っていた。でも、それは所詮みんなの総合的な評価に過ぎなかった。


 コインに表と裏があるように……彼女達にも裏があった。

 まあ人間、誰しもがあるだろうけどな。


 でも、これはあまりに酷過ぎる。


 俺は瀬戸内さんの元から去って、保健室へ向かった。



 少し歩くと見えてきた。

 扉をノックして開けると、ベッドには三沢さんの姿が――って、なぜか下着ィ!?



「――あ」

「す、すまん……三沢さん!」



 直ぐに扉を閉め、俺は激しく後退。頭を抱えた。


 な、な、なんで下着姿にぃ!?



 しばらくして中から三沢さんが出てきた。顔を真っ赤にして。



「ひ、ひどいよー。熊野くん」

「ごめんなさい。まさか着替えているなんて」

「そりゃそうだよ。ずっと寝ていて汗とかね」


 それでジャージに着替えていたのか。

 ジトっとした目で見られ、俺は慌てた。


「本当にごめん! そんなつもりはなかった!」

「いいよ。さっきの“お礼”ね」


「え……?」


「助けてくれたお礼ということで」

「いいの?」

「うん。セクハラで訴えるとかしないよー。それより、一緒に帰ろ」


 気にしていないようで、三沢さんは顔を赤くしながらも俺の元へ。

 そうか、お礼ということにしてくれたか。それは助かった……!

 それなら問題ないよな。うん、三沢さんが良いというのだから大丈夫だ。


「ありがとう。じゃ、一緒に」

「てか、熊野くん。ちょっと暗いね。どうした?」

「……ああ。さっき瀬戸内さんと話してね」

「そうだったんだ」


「やり直そうって言われた」

「まじ?」


「でも断ったよ。だって男がいるんだよ。おかしいだろ」

「二股とかありえないね。瀬戸内さんって真面目かと思ったけど、男にだらしないのかな~。わたしなんて付き合ったことすらないから、分かんないけど」


 砕けた笑顔で恋愛遍歴を語る三沢さん。

 って、マジかよ。

 この人、こんなに可愛いのに色恋沙汰のひとつもないの……! ウソだろ!?


「へえ、そっちの方が興味あるな。三沢さん、誰かに告白とか」

「ナイナイ。ずっとないよ。だってずっと三番目の評価だもん~」


 どうやら、長いこと日の目を浴びていなかったようだな。一番と二番が強かったってことかね。いや、だけどモッタイナイ。

 ならば俺が貰ってしまおうかと思うほどに。


「そっか。じゃあ、三沢さんを知ろうかな」

「え~、わたし? 地味で面白くないよ」

「そうかな。すでに貧血で倒れている時点で面白いけど」

「ダイエット中でね。たまーに倒れちゃうんだ」


 ダイエット!?

 まてまて。三沢さんはかなり腕も足も細いぞ。

 それなのにダイエットとは……なぜ。


「しなくていいでしょ。スタイルいいのに」

「一か月前、エンゼルフレンチを爆食いしすぎちゃってね……」


「え?」


「だってドーナツ美味しいじゃん! 大好物なんだ」



 ま、まさかのドーナツだって!?

 ああ、ドーナツ屋さんの『ミクスドーナツ』ね。そうか、三沢さんの大好物はドーナツなんだな。へえ、良い事を知った。



「それでダイエットを」

「また食べる為にね!」

「どんなダイエットを?」


「夜は危ないから、毎朝走ってる。早朝五時から」


 す、すげぇ……。

 そんな朝早くから走っているとかバケモノかよ。俺はぐっすり寝てるぞ。


 実はとんでもなく凄い人なんじゃないか、三沢さん。


「そ、そか。参加できそうないな」

「え? 熊野くんも一緒に走る?」


 なんか期待の眼差しを向けられてるー!?

 でも、悪くないかも。

 お近づきになれるのなら……がんばってみようかな。


 どのみち近々マラソン大会もあるし、今のうちに体力をつけて……カッコイイところを見せたいな。


「分かった。がんばってみるよ」

「わぁ~! 嬉しいな。ひとりだと寂しくてさ。約束だよ」


 なんか天使みたいな笑顔を向けられ、俺は気分が高揚した。……な、なんて可愛い。よし、がんばろう……!

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