◆怪しい気配

 お腹いっぱいお昼をいただいた。

 三沢さんの手料理は完璧だ。こんなに上手い飯を食わせてもらえるなんて、涙が出る。

 昼食を終え、保健室を後にした。


 姉ちゃんの催眠術治療のおかげか体が軽い。


「ん、熊野くん。なんだか機嫌が良さそうだね」

「分かるかい、三沢さん。俺は今最高の気分だよ。これなら、がんばれるよ」

「良かった。先生のおかげで良くなったみたいだね」

「三沢さんのおかげでもあるよ。おにぎり、すっごく美味かった」

「そ、そんなに褒めてもらえると照れるというか。うん、ありがとう」


 物凄く天使な笑顔を向けられ、俺は心臓が止まりかけた。


 な、な、なんて可愛い……!


 あまりの可愛さに卒倒するレベルだ。



 教室へ戻り、午後の授業も受けていく。

 マラソン大会まであと少ししかない。可能な限り、体力をつけ、足を鍛えねば。

 授業中はイメージトレーニングをしていた。



 そうして時間は過ぎ去り――放課後。



 三沢さんはどこかへ行ってしまっていた。ひとりだった俺を狙ってきたのか、黒部さんが声を掛けてきた。



「ぼっちなんて珍しいね、熊野くん。一緒に帰らない?」

「いや、すまない」

「そっか。やっぱり三沢さんのことが好きなんだね」

「そ、それは……」

「隠さなくていいよ。いつもいるの、そういうことなんでしょ」

「まあ……ね」


「なるほどね。やっと分かった気がする」

「でも、まだだ。マラソン大会で勝って告白する」

「そっかそっか。うん、よく分かった」



 黒部さんはなんだか様子がおかしかった。

 なんだろう、ちょっと怖いな。



「大丈夫か?」

「うん、大丈夫。じゃ、邪魔になる前に帰るね……」

「あ、ああ……また明日」

「ばいばい」



 教室を去っていく黒部さん。男が寄ってきていたが、無視して行ってしまった。……なんだろう。妙な感じだ。


 少しして三沢さんが戻ってきた。



「お待たせ、熊野くん」

「三沢さん。どうしたんだい?」

「ちょっと生徒会に頼まれてね」

「へえ? そりゃ凄い」

「たいしたことじゃないよ。女友達がいるからね」

「生徒会に友達がいたの!?」

「うん。最近はあんまり話してなかったけど、今日は偶然ね」



 ビックリだ。三沢さんに生徒会の友達がいたとは。

 驚きながらも下校した。


 今日は保健室へ寄っていかない。

 お昼に催眠術でトラウマを治してもらったから、もう大丈夫だと判断した。たぶん、もう悪夢を見ないはずだ。


 そんな気がしていた。


 きっと大丈夫。

 俺は姉ちゃんの力を信じる。



 駅まで向かい、三沢さんとは別れ――なかった。



「おや、三沢さん。どうしたの?」

「今日も熊野くんの家に行こうかなって」

「えっ、マジで!」

「良ければだけど……」

「もちろんだよ! 嬉しいな!」

「じゃ、遊びに行くね」

「おう。大歓迎さ」



 これは嬉しいな。三沢さんの方から行きたいと言ってくれるとは。

 もしまたチャンスがあるのなら……触れ合いたい。可能ならキスを……。


 電車に揺られ、駅に到着。


 ん……視線を感じる。

 三沢さんではなく、別人の。


 いや、気のせいかな。


 周囲を見渡しても知らない人ばかり。



「どうしたの?」

「いや、なんか今日は見られているような気がして」

「気のせいじゃない?」

「そうかな」

「そうだよ」



 気にしすぎかな。

 家まで戻ると気配を感じなくなっていた。……なんだ、やっぱり気のせいだったのか。


 安心して家の玄関を開けた。

 さて、三沢さんと何をしようかな……!

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