◆優しい人が好き

 昼食を食べ終え――早々、またもや男が俺に絡んできた。


 今度はなんだ……!?



「お前が熊野か……!」

「えっと、誰?」


「オレは二年の安田だ。てめぇをぶっ殺してやる!!」



 グーが飛んできた。

 お、おいおい……いきなり暴力かよ!

 てか、コイツに恨まれる覚えがないのだが!


 顔面に拳が接近する直前で、三沢さんが止めてくれた。



「突然なにかな」

「……三沢さん、君には関係ないよ」

「なんで名前を知っているの?」

「知っているさ。君はだって……オレと付き合ってくれるって言ってくれたからね!」


「……はい?」


 三沢さんは首をひねった。俺も意味が分からなかった。

 なんだコイツは!

 妄想野郎なのか!?


 俺はムカついて反論した。


「おい、安田とか言ったな。三沢さん、まったく覚えがないようだぞ」

「そうだろうな。今日が初対面だからなあッ!!」


 もう片方の腕を伸ばし、またも拳をぶつけてこようとする安田。しかし、そっちも三沢さんが受け止めた。

 そして、安田は呆気なく吹き飛ばされていた。


「熊野くんに暴力は止めて!」

「み、三沢さん。そんな男をかばうな! なんの価値もないクズだぞ!」

「なんでそんなこと言うかな」


「事実だからだ! 瀬戸内さんがそう言っていたからだ!」



 ……せ、瀬戸内さんだと!?


 そうか。


 この安田という男……瀬戸内さんから何か嘘の情報を吹き込まれたに違いない。

 付き合うことになっただとか、俺がクズだとか……言いたい放題だな。くそ!



「三沢さん、彼はウソを教えられているんだ」

「うん。分かっているよ。わたしは熊野くんを信じてる」


 笑顔で言われて、俺はホッとした。


「ウソではない! 三沢さん、この熊野という男は過去、何度も女子と付き合ている最低男だ。飽きたら直ぐに捨て、乗り換える。これを七回は繰り返していると聞いた」


 逆だ。俺が捨てられているんだが!

 しかも誰かしらに寝取られている。

 あと七回ではない。五回だ。


「安田くん。そんなことはどうでもいいよ」

「え…………」


「熊野くんがモテることくらい知ってる。古賀さんや瀬戸内さんと付き合っていたこともね。でも、それは彼が優しいから魅力があるわけで。わたしもそのひとりだよ」


 ハッキリと言ってくれる三沢さん。そうか、そう思ってくれていたか……なんて嬉しい。


「な、なぜだ! こんな男のどこがいいんだ……!」

「優しい人が好き。暴力的な人は大嫌い。それだけだよ」


「……がっ!!」



 ハッキリと言われ、安田は固まっていた。

 こんな勘違い馬鹿野郎の相手は時間の無駄だ。


 俺は三沢さんの手を握って現場を離れていく。



「……く、熊野くん。恥ずかしいよ……」

「気にするな。この方が余計な虫が寄ってこないだろう?」

「そ、それはそうだけど……うん」



 頬を赤くしていたが、三沢さんはまんざらでもないようで手を握り返してくれた。


 一方、安田は石化して立ち止まっていた。

 あれはただのアホだな。

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