異星文明製ガイノイドとして蘇生された私は




 冷たく静謐な宇宙空間においては、外部からの音が伝わることは無い。


 絶対零度でゼロ気圧の過酷な環境には、大気というものが存在しない。音波などの『波』を伝達することができないのだ。




 そんな……暗く、静かで、穏やかな宇宙。


 聞こえてくるのは母艦主機が発する、低く静かな動力伝達音と――――





ッッッ鹿もォーーーーーーー!!!」


「きゃ~~~~~~~~~!!!!」




 私が上げる、怒声とも悲鳴ともつかない絶叫と……可愛い我が子の喜声のみ。




『所感。航宙調査艦スー・デスタ10294、本日も平穏であると判断致します』


「肯定はするがな!!!」



 あぁ……平和だ。そうだとも。

 平穏な日々……素晴らしいことだな!!





――――――――――――――――――――





 …………さて。


 ひと通り叫んで多少気分が落ち着いたので……このバカ娘が持ち帰ってきた爆弾について、軽く整理しておこう。



 前提として、私は先日(今思い返しても恥ずかしい限りだが)房総半島沖で共闘した魔法少女達と……その、友好の契を交わした。

 助力に感謝を述べ、これまでの非礼を侘び、感謝と謝罪の意を込めて(ディンが用意してくれていた)贈り物を手渡し……ぎこちないながらも、まぁ笑い合うことができた。……と、思う。……多分。


 その場に居た魔法少女は、総勢6名。

 うち【宝瓶アクアリス】は例の共闘が初めてであったが……その他の5名は、多少なりとも言葉を交わしたことがあった子たちだ。



 …………これが仮に、全員が全員とも『アルファと親交が深い』子たちであったのなら、こんなことにはならなかっただろう。

 しかしながら……戦場となった場所が場所だけに編成へ組み込まざるを得ず、また前線指揮官として優秀な働きを見せ、しかし初対面であった【宝瓶アクアリス】が加わったことで、事態は一気にややこしいことになった……らしい。


 まぁ、要するに。

 『うらやましい』『いいなぁ』などと羨む声が生じ始め。

 『私も』『わたしも』と期待する声が、みるみるうちに増え始めたのだという。……女子か。女子だったな。



 矢面に立つ羽目になった【宝瓶アクアリス】本人は、ディンいわく『ぎゃはは〜〜って笑ってた!』とのことなので……まぁ心配は要らないだろうが。

 問題なのは、今回のことを羨んでいた他の魔法少女達のほうだろう。切っ掛けとなった騒動が騒動なだけに『難敵をアルファと一緒に倒せば友達になってくれる』などという勘違いをし、危険な突撃を行わないとも限らない。


 まぁ……今回のケースにおいては『変異種』ではなく、身から出たロウズウェルなのだが……そのことは伏せておくとしても。

 危険度の高い『変異種』に、未熟な魔法少女が強引に出撃する可能性が出てきてしまったこと。そこが何よりもマズい。

 ……尤も、そんな頻繁に『変異種』が現れるような事態など……心から御免こうむりたいところだが。



 ともあれ。そんな背景があったわけで。


 そこで私の賢い愛娘が『ワタシにいい考えがある!』なんて主張したものだから、彼女のことを大切に想う私は彼女の自意識を尊重すべく『やってみなさい』なんて後押ししたワケなのだが。




 それが。


 どうして。


 私の『握手会』なんて事態に発展するのだ。




「…………ディン、説明」


「あい! 分類『魔法少女』の大多数には、かねてより『かあさま』と『おちかづき』したい願望、内包しています。今回かあさま、分類『魔法少女』うち6名と『なかよし』行為に及んだため、他魔法少女の思考が『ワンチャンあるかも』へ飛躍発展した、推測を展開致します」


「…………それで?」


「あい! 分類『魔法少女』による独断専行、安全性を著しく欠くものなので、かあさまは悲しみます。なので、あらかじめかあさまと『なかよし』行為に及んでおき、分類『魔法少女』の潜在的願望、フラストレーションを発散させ、理知的な行動を促す結果へと接続します」


「…………だが、」


「あい! 分類『魔法少女』との『なかよし』行為にあたり、かあさまは分類『魔法少女』統括組織の、かあさまが嫌いなヒトビト介入を危惧していると推測します」


「そう、だから」


「あい! よって今回のミーティング、比喩表現『握手会』開催にあたって、統括組織に対し、秘匿状況を維持したまま遂行、提案を行い――」


「アイツらがそれに乗り気だと。物好きな――」


「ゥ! ミレイおねえちゃん、カレンおねえちゃん、セナおねえちゃん、証言しましたを再現します。『オッケーです良さげなお店見つけました』『ガキ共の喜ぶ顔が目に浮かぶ』『やばめっちゃ楽しみなんやけど』」


「展開が早ェよ! ってか何だその呼び名!」


『補足。分類『魔法少女』識別呼称、順に【パーシアス・エベナウム】【アクアリス・グレイシャー】【カシオペイア・ケルメイン】と――』


「ソコじゃ無ェよ!! 呼びかたァ!!」


「ゥー……かあさま『やってみなさい』発言、ワタシに対処権限を移譲しました。当該事象に関しては、ワタシが最高権限所持を行い、責任者です。責任者ワタシより、報告は静粛に傾聴すべきと叱責します」


「はいすみませんディンさん」


「んゥ。……んへへェ」




 私が想定していたよりも遥か上をゆく話の進み具合に、久し振りに大きく取り乱してしまったが……確かに彼女の言う通り、私はディンに『任せる』と発言した。

 少々、ほんの少し、ちょっとばかり予想外だったとはいえ……騒ぎ立てるのは大人気おとなげなかったな。親としても恥ずかしい限りだ。




 それに、元はと言えば。


 現在は中破した右腕と、なによりも戦闘用装束の補修のため、地表に降りて戦闘行動を取ることが出来ない私に代わり、対外行動要員として『彼女』を派遣すると決めたのは……私なのだ。



 私を模して造成された、既製品の同型機【ヴォイジャーⅡ】ではなく。

 確固とした自我を持ち、前任機である私をも超え、新たなる世界を見出した彼女。


 人呼んで、魔法少女【イノセント・ディスカバリー】。

 その命名に自ら乗り気で携わったのは、彼女が『おねえちゃん』と慕う某魔法少女だったとのことだが……まぁ、悪くないセンスだとは言っておこう。



 そういった経緯で、ここ数日の間母艦に引き籠もっていた私に代わり……私が例の『親交作戦』勃発直前になんとか完成に漕ぎ着けていた、貞淑な修道女を模した戦装束を纏う【イノセント・ディスカバリー】が大活躍しており。

 私よりも賢く、頭が回り、トドメとばかりに非常に積極的で社交的な彼女によって……現在私の外堀が三段跳びで埋め立てられているわけだ。


 ほんと……何なんだ『握手会』って。さすがに比喩表現のひとつだろうが。私は偶像アイドルなど始めた覚えは無いんだぞ。




「……ゥ、かあさま、かあさま! ワタシ、リマインドします! おみやげ預かる、譲渡を依頼されました! はい!」


「…………ぉ、おぉ……」


「ゥ! 添付メッセージ、再現します。『しっかり療養して、早く良くなって下さい。また会える日を楽しみにしています』って、ミレイおねえちゃん!」


「……………………はっ、……舐められたもんだな。こんなモノで私が喜んでハイハイ従うと思われてるってのか」


「そうだよ」


「よく理解わかってるじゃェかよ畜生」



 ディンがその胸元……ではなく、彼女の階差隔離空間から取り出したもの。

 赤い紙箱に収められ、今なおほかほかと湯気を立てる……丸く白く柔らかな、2つの膨らみ。



 ……以前、私の前に突如出現した【神鯨ケートス】によって差し出されたとき。

 あのときは彼女とも初対面であったこともあり、警戒心ばかりが勝って厚意を素直に受け取れなかったが。

 今となっては……そんな失礼は犯すまい。


 地球内国家日本みやげ、温かく柔らかな贅沢品にかぶりつきながら……味覚センサーを刺激してやまない信号の奔流に、自然と顔が綻ぶのを感じる。




「そういえば…………ディン、大丈夫か? あれからエモトに何か変なコトされてないか?」


「ゥ……んゥー…………ミレイおねえちゃん、ワタシ、胸部複合高感度センサー接触、『やわらか、ずっしり』って」


「次胸触られたら蹴っ飛ばせ」


「んゥー、骨折れるからな、可能性があります!」



 私からの指示を外れ、新たな境地へと突き進む娘が誇らしくある反面、私以上に純真無垢イノセントの名が似合うこの子の無防備さが危なっかしい。

 そうとも、前世の私が遺した魂由来のデータとて……そこから『思春期の少女らしい言動』なぞ、そもそも取り込めるハズが無いのだ。



「…………スー。補修用代替右腕、作業急げ」


『報告。全製造工程完了まで、惑星地球時間表記にておよそ3日07時間24分と――』


「早くしろ! 可愛い娘の貞操の危機なんだぞ!」


「んへへェ~~~~!」




 右腕が完治するのが……三日後が待ち遠しい。

 こんなにも『早く会いたい』という気持ちが高まって来ようとは……まさか思いもしなかった。



 次に会ったら……今度こそ覚えておけよ、魔法少女【パーシアス・エベナウム】。

 積もりに積もった借りの数々を、熨斗のし付けて返してやろうじゃないか。



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