第31話 作・戦・続・行




「えー、っと…………まぁ、なんだ。……色々と世話になった、エモトさん」


「ゥ! 感謝する、しました! エモトさん!」


美怜みれいおねえちゃん」


「ゥゥー…………管理指揮権、かあさま……」


「別に構わん。好きに呼んでやれ」


「んー……んゥ! 感謝しました! ミレイおねえちゃん!」


「…………アルファさん!!」


「私に期待するな」


「頑固ですねぇ本っ当に!!」




 私用に追加の下着と、ディン用の下着および全身コーディネートされた衣類を、複数セット。

 費用のほうも今回は予算内に収めていただき、無事に目的を達成することが出来た。

 軍資金も前回比で多めに持参したので、最低限の調達を終えた後は、可能な範囲でディンの衣類バリエーション確保に回している。天真爛漫なあの子には、色々な格好をさせてやりたい。


 しかし……奇妙かつ半ば強引な流れで、私用の胸部保護下着もとばかりに購入する羽目になったのだが……まぁ、思っていたよりも良いものだった。

 煩わしいホックとやらが無い、肌に密着するタンクトップのようなタイプ。お陰で胸部センサー群も安定しているというか、軟質緩衝材も揺れなくて済むというか。

 ……やはり実際のところは(控え目とはいえ)揺さぶられていたようで、この『包み込んで支えてくれる』感じは意外と安心感がある。


 それに……可愛い我が子が、自分と『おそろい』だと喜んでくれたのだ。悪い気はしない。




「……では、私はこれで。……場所は大丈夫ですか? ちゃんと覚えられました?」


『報告。次点目標座標を登録致しました。音声ガイドを展開可能と判断致します』


「大丈夫だ。記憶力には自信がある」


「ふぅーん? 私のお願いはいっこうに覚えてくれませんけどね?」


「聞こえてないからな。従いようがない」


「ほんっと強情な子ですねぇ……!」




 口ではお互い憎まれ口を叩きながらも、しかし相手のことは嫌いじゃない。

 そんな複雑な、しかし悪くはない関係を構築できた(と少なくとも私は思っている)世話焼きな少女は……来たとき同様笑みを浮かべて、そそくさと足早に去っていった。


 この後に予定でも詰まっているのか、と思い尋ねてみたのだが……特にそういう理由ではないらしく。

 ならば何故急ぐのかと、これまた尋ねてみたところ……なんでも『他の子に見つかると気まずいですので』とのことだった。


 ……まあ、私達のような『得体の知れない余所者』と接触しているところを見られでもしたら、確かにいらぬ勘違いをされてしまいそうだ。

 彼女の名誉を守るためにも、あまり接触しないほうが良いのだろう。




「……よし。ディン大丈夫か? 疲れてないか? 一人で先帰ってるか?」


「ゥ……ゥ? つかれる、疲労の蓄積。ワタシは疲労の蓄積する機体、該当していません。ダイジョブ、なので……いっしょ! かあさま、同行の継続を希望します!」


「本当に大丈夫か? ちゃんと静かにできるか?」


「あい! 静かに、発声行為をつつしむ静粛稼働、理解を提示、遂行します!」


「店に着くまではお喋りしてて良いからな」


「んゥ! かあさま、みて! ワタシ、ブラ」


「他のヒトが居るところで胸を出すんじゃありません!」


「きゃ〜〜〜〜!」



 ……彼女はでいて、私よりも高い演算処理能力を備えた最新型の筈なのだが。

 見た目と言動そのまま幼稚なのではなく、前世の私由来の『常識データ』をきちんと入力されている筈なのだが。


 成熟している筈の人格が、あえて幼気な言動を取っているのだとしたら。

 それ程までに、私に対して気を許し……甘えてくれている、ということなのだろうか。




「かあさま、かあさま! ワタシ、情報共有します! ほめられ、称賛を受諾しました! ミレイおねえちゃん!」


「…………そうか。良かったな。何て褒められたんだ? 『可愛い』って?」


「ゥ! それも! 追加記述……再現、『おっぱいおっきい、やわらかい』『こっちはアルファちゃんと全然ちがう』」


「次会ったら覚悟しておけよ【神兵パーシアス】……!」




 左手には購入物の詰まった大袋を提げ、右手には女の子らしい服装のディンと手を繋ぎ、他愛も無いお喋りに興じながら(ついでに【神兵パーシアス】への恨み言を練り上げながら)次なる目的地を目指す。

 ただでさえ私達は、この金属色の髪とレンズのような瞳のせいで人目を引く。常識的な装いに身を包んだところで、ディンがこれだけ大騒ぎしてはしゃいでいれば注目されてしかるべきだろう。


 往来のヒトビトにとっては、さぞやかましく映ったことだろう。実際のところ私達は、衣料品店を出た直後……いや出る前から、結構な注目を浴びていた。

 店舗の外に出て、エモトさんと別れてからも、現在進行形で複数の注目を感知している。私達がただの人間でない【イノセント・アルファ】なる者に類するということは、恐らく気づかれているのだろう。



 ……例によって、強烈な発光を伴う転送で脱することも出来るのだが……何といっても、ここは多くのヒトが行き交う街中だ。

 例えば、不意に駆け寄ってきた第三者を巻き込んでしまうかもしれないし、発光が原因で交通事故を引き起こすかもしれない。

 エモトさんに教えてもらった『次なる目的地』までは、さほど距離が離れているわけでもない。そもそも私達は疲れ知らずのアンドロイドであるし、今日この後だって(緊急時を除き)時間に追われているわけでもない。

 転送による副次的なリスクを鑑みれば……このまま徒歩で移動したほうが、色々と都合が良いだろう。




「かあさま、信号機。一般歩行者ヒト種用の誘導表示。わたる?」


「そっちじゃない。コッチ。いま赤色のほう。青色になったら渡るからな」


「ゥ!」




 もっともらしい理由を取り繕っているが……まぁ、要するに。

 取り敢えずの『肩の荷が下りた』記念といったところか。傍から見ても(ちゃんと上下下着も着用済の)格好で、何を気に負うでもなく……この子ディンとゆっくり地表散歩と洒落込みたい、というだけなのだが。



「かあさま、かあさま! 誘導表示、青色を観測しました!」


「はいはい。足元気をつけて、絶対に転ばないようにな。……仮に誰かとぶつかったら、たぶん骨折れるからな。相手が」


「あい! 周囲警戒、記憶します!」




 何といっても、今日の私は気分が良い。

 なので、この……今現在も周囲から向けられている、どこか『呆れ』を含むであろう視線さえ、私の気分を害することは(ほぼ)無い。



 そうとも。ただ眺められる分には、私達にとってなんの害ももたらさないのだ。

 可愛らしい格好に身を包んだ、可愛い我が子に免じて……今回のところは大人な対応で、黙って見逃してやろうじゃないか。




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