第26話 性・能・調・査




『報告。観測中の高純度ΛD-ARK反応集束は、概ね当初予測の閾値にて進行中と判断致します。物質化反応の進行中を確認。誤差修正、秒表記にておよそ460カウント後に現出と予測されます』


「……だ、そうだ。……大丈夫か? ディン。ちゃんと見えるか?」


「ゥ。だいじょぶ。ワタシ、観測仕様! 観測みる、おシゴト!」


「そうかそうか。……よしよし、えらいぞ。ディンはすごいな」


「んゥ~~!」




 私の手で頭を撫でられ、くすぐったそうに目を細める少女……の外観を模して製造された、私と同型(の発展マイナーチェンジ型)であるガイノイド。

 後方支援を主目的として構築された彼女。銘は建造中の仮呼称であるロット表記【D-YN-STAB】を崩し読み、そのまま『ディン・スタブ』と名付けることにした。

 命名、『ディン』ちゃん(0歳)。個人名としてはあまり聞きなれない響きだが、なんとか女の子の名前としてギリギリ聞こえないことも無いだろう。

 ……というかよくよく考えてみれば、そもそも『ニグ』自体が女性の名前としてはかなり異様で異質だ。今更だな。


 生まれたばかりの彼女の言動には、いっときは確かに不安を感じることもあったのだが……しかしそうは言っても、無警戒かつ無防備に甘えてくる姿は間違いなく愛らしいものだ。

 スーならびに異星人どものデータベースに頼っていては、ここまで柔らかな感情表現は身に付かなかったに違いない。

 彼女の人格形成に大きな影響を与えたであろう私の魂由来のデータには、本当に感謝してもしきれない。




「かあさま。ワタシ、駆除の……先制攻撃、許可?」


「あぁ。ディンが『倒せる』と思ったタイミングで仕掛けて良い」


「ゥ!」



 本来であれば、まず先にマトモな服と下着を見繕ってやりたいところだが、探知してしまったからには仕方無い。

 有視覚索敵による先制探知……魔法少女達が駆けつける前に動けるということで、どうせならばディンの実力を見てみようかと出向いた次第だ。


 そのような理由により、現在ディンの格好は、例の『破廉恥』に片足突っ込んでるダボT仕様である。一般の方々や魔法少女達に見咎められないことを祈るしかない。




 さて、気を取り直して。

 気になるディンの能力性能だが……さすがは『観測仕様』といったところだろう。増設された各種高感度センサーにより、スーいわくの『高純度ΛD-ARK反応』とやらを感知しているらしい。

 初期仕様である私には視えないものを知覚しているという時点で、既に優秀と言ってしまって差し支えないだろう。うちの子はえらい。


 ……とはいえ、ただ感知するだけならスーにも出来る。私が彼女を迎える製造すると決めた最大の理由とは、ずばり戦力の増強にほかならない。

 観測性能に比重を割いたとて、勿論そこは揺るがない。母艦に積載されていた機装のうち、ディンになら使いこなせるであろう兵器モノを見繕い……既に権限譲渡済である。




「……ゥ! おいでコール、【プロスペクター】!」



 宙へと伸ばされたディンの手のひら。そこに現れたのは地球言語にて【プロスペクター】に該当する銘を持つ、細く長いシルエットの武器。


 地球生まれ地球育ちの私にイメージしやすいモノで例えるのなら……精緻かつ複雑な機構が組み込まれた、松葉杖。

 グリップを握り込んだその腕を、そのまま長く長く延長させたような保持姿勢。腕を向けた方向にそのまま先端が向く構造であり、直感的な照準を行いやすいのだとか。



 ……そう、照準。

 ディンに権限委譲された【プロスペクター】なる機装とは……地球外の先進文明によって設計・生産され、宇宙人仕様に仕立て上げられた、長射程高威力の銃撃機装。

 一般的には『ライフル銃』と呼ばれるような武器、その物騒度をマシマシにした代物である。


 それにしても、敵対他者を害するためのバリバリの殺傷兵器に『探鉱者』『鉱脈を探る者』の銘を持たせるとは……宇宙人どもはなかなか皮肉がお得意であるらしい。

 ここでいう鉱石が何で、鉱脈が何を指すのか。言うだけ野暮というものだろう。




『報告。高純度ΛD-ARK反応集束進行中。カウントダウン、秒表記にて20』




 以前、定時間際のオフィス街に現れたときとは異なり、今回の現出予測地は人けの少ない港湾倉庫地帯。そこは救いと言えるだろう。

 とはいえ、付近の駅前には近隣商業地域――住宅街やアパートマンションの類は勿論、主要道路沿いにはショッピングモールや映画館なんかが見られる、オフィス街とは別ベクトルで賑やかなエリア――が広がっており、どのみち気を抜くわけにはいかない。

 魔物マモノ対処に梃子摺てこずり、仮にそちらへと場所を移されてしまった場合……その被害規模は計り知れない。迅速な排除が望まれる。


 そうこうしている間に、スーのカウントダウンがゼロを刻み、空間を捻じ曲げて赤黒い燐光が迸る。

 ほかでもない『魔物マモノ』受肉の瞬間。これより我々は戦闘態勢に移行する。


 ……それじゃあ、うちの子のお手並み拝見といこうじゃないか。




『報告。分類『魔物マモノ』敵性存在の現出を確認致しました。集束規模判定、深度Ⅳ程度と――』


「…………………………」


「ゥ、くりあ!」


『報告。推定集束深度Ⅳ敵性存在、消滅。排除を確認致しました』





 ……ほんの一瞬、たった一撃。

 哀れ、集束深度Ⅳ(推定)の少々手ごわい(筈の)魔物マモノは、この世に五秒と存在することが許されずに塵と化した。


 甲高い音と共に長銃型機装【プロスペクター】から放たれたのは、単四電池のような円筒形の特殊な弾頭。

 地球上における常識的な銃には有り得ない初速で放たれた弾頭は、形状ゆえの空気抵抗などものともせず一直線に突き進み、現出直後の魔物マモノ胸郭部に直撃。

 狙い澄ましての強烈な不意打ちに、さすがに衝撃を殺しきれなかったのだろう。猛禽類のような形状の魔物マモノは大きく吹き飛ばされ、ほんの一瞬つんざくような悲鳴を上げる。


 しかしながら……ほんの一拍の間を置き、その悲鳴も唐突に止む。

 【プロスペクター】権限保持者たるディンから発せられた『起爆』の指令を受け、魔物マモノの胸にめり込んだ円筒から球形の『対硬質物情報分解力場』が展開される。

 範囲内に存在する物質を問答無用で粒子レベルに分解する、物騒極まりない侵略機構。例によって扱いには要注意な代物だが……魔物マモノの防御を一方的に押し破れる侵食力は、ご覧のように非常に有用だ。




「…………えー……ディン?」


「ゥ?」


「地面近くとか、建物が近かったりとか、ヒトとか生きものを巻き込みそうなときは……、使っちゃダメだぞ」


「あい! だいじょぶ! 記憶します!」


「…………そうか。ディンはえらいな」


「んゥ~~!」




 使用を許可する弾頭の種類や、あるいは機装【プロスペクター】以外の戦闘技能に関して、追加の試験戦闘や確認は必要であろうが……ともあれ戦闘能力は想定以上、申し分ないレベルであると判断できよう。

 頭を撫でられて気持ちよさそうに吐息を漏らすディンと肩を並べ、ゆくゆくは分担して魔物マモノ駆除にあたったりと、今後取り得る戦略の幅は大きく広がることだろう。


 よって、今回の出撃における目的は無事達成。誰にとは言わないが見咎められる前に退散を試みよう。そう思ったまでは良かった。




「…………ゥ?」


『警告。高次元の空間歪曲反応を検知致しました』


「あぁー嫌な予感がするゥー」



 ディンが反応し。

 スーが報告を上げ。

 果たしてその直後、私達の潜伏する倉庫屋根上から見て右前方、港湾区に立ち並ぶガントリークレーンの上にて……あまりにも不自然な空間の歪みが現れる。


 それはあっという間に規模を増し、やがてヒト二人ふたりが通り抜けられる規模にまで拡大していき。


 その歪みから……紫香に輝く装束に身を包んだ少女と、黒檀の輝きを纏う少女が姿を現す。




「っ、『転送』、完了。……実働一課、【ケートス・ヘリオトロープ】……執行を、っ」


「………………あの、司令官コマンダー? 完了クリアってどういう……えっ?」



『報告。種別『魔法少女』、識別呼称【ケートス・ヘリオトロープ】および【パーシアス・エベナウム】と判定致します』


(見りゃわかるわアホボケ)


「…………ゥ? マホ?」




 私に油断があったのは、確かに事実だろう。

 用を済ませたのなら早急に引き上げるべきだったし、ディンを褒めたり作戦行動の統括なんかは揚星艇キャンプでも出来ることだ。


 加えて……【神兵パーシアス】とは関東圏で遭遇するケースが多かったこともあり、勝手に担当区域がだと思い込んでいた。それが誤りだった。なるほど、完全に私の認識不足だ。

 【神鯨ケートス】をはじめ転移能力を持つ魔法少女の存在も知っていたし、周囲に警戒を張り巡らせていたとて、このように『転移』で懐に飛び込んでくる可能性を予測することも出来た筈だった。



 ディンの服装を見繕うにあたって、ある意味では心強い相談役と言えるのだろうが……まずそれよりも何よりも、ディンのことについて色々聞かれるのは確実だろう。


 どのみち、彼女の存在はいずれ明かすつもりではあった。そこに問題は無いのだが。

 ただ……今日現在のディンの恰好が『破廉恥』である点が、今は何よりも気まずかった。




(……怒られるかなぁ、私。…………怒られるだろうなぁ多分)



 今現在のディンの装い、つまりは以前の私の装いに対し、明確な『呆れ』の感情を露わにしてみせた『エモトさん』に。

 今度はどんな叱責を受けるのか……考えただけでも気が重くなるのだった。



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