第27話 救・援・要・請



「ご無沙汰してます、【アルファ】さん。……そっちの子は……はじめまして、ですよね?」


「…………あぁー…………まぁ、うん。そう。そうだな」


「……ゥ?」



 ……やばい。もうだめかもしれない。にこやかな笑みを浮かべ挨拶を交わす【神兵パーシアス】だが、明らかに目が据わっている。

 一方の【神鯨ケートス】は手を口元に当てた『驚愕』の表情で、私とディンとで視線を彷徨わせ硬直してしまっている。


 私は正直、早くも音を上げてしまいたい心境だが……しかし今後のことを考えると、たまたまとはいえ今日『エモトさん』と遭遇できたことは幸運でもある。

 彼女と直接連絡を取ることが出来ない以上、相談事を打ち明けようにも、言葉を交わすことさえ容易ではないのだ。



 この後待ち受けているであろう職務質問を考えれば、当方の『転送』で強行離脱することはもちろん可能だ。

 だが私は、一刻も早くディンに『まともな』格好をさせてやりたい。しかし私だけの技量では、遺憾ながらディンの胸部を保護してやれる下着の調達は困難であろう。




「はじめま、して? お客様、取引、ちが……商談? ……んゥー」


「えー、っと…………この子は、私の身内というか同僚というか協力者というか」


「ゥ、わかった! かあさま、トモダチ!」


「ちが「「母様!?」」うんだって言いたかったなー」



 よって。『エモトさん』の協力を取り付けるため。

 この後受けるであろうの追及に関しては……甘んじて受けさせて戴く次第だ。


 とはいえ、まぁここまでは予想通りの展開と言えよう。この程度は想定の範囲内だ、何も問題ない。

 ……問題は無いとも。





……………………………………………………




 なんでも、聞くところによると。


 このあたりの東北管区では、もともと魔物マモノの出没頻度がそれ程高くはなかったらしい。

 また所属する魔法少女の数も他管区より少ないらしく、現地の魔法少女が早急に手配出来ないケースも度々あったらしい。

 その際は『転移』持ちの魔法少女によって、他拠点から人員を派遣して賄っている……らしい。



 そんな理由から、今回派遣される運びとなった【神兵パーシアス】【神鯨ケートス】の両名。

 相手を選ばず対応の幅が広い強力な前衛と、稀少な『転移』持ちながら平均以上の戦闘能力も備える後衛との、少々イレギュラーな緊急編成ということであったらしい。

 魔物マモノの反応を検知して現地へ急行し、いざ状況を開始……しようとしたところ、既に魔物マモノは消し飛んでおり、指揮官から『状況終了』が告げられたのだという。


 ……まぁ、何というか……想定以上の展開速度は見事だった、とだけ言っておこう。




「…………事情はわかりました。そののコーデをお手伝いすれば良いんですね?」


「あっ、あの……い、今は、通信機切ってるので…………その、心配しないで、大丈夫……です」


「助かる。……そうだな、身勝手な物言いだと理解してるが……頼みたい。あぁ勿論、可能であればだが」


「かあさま? ワタシ、いもうと?」


「妹。そう、いもうと。わかった?」


「ゥ!」



 ヒートアップしてまくし立てる両名をなんとか宥め、用意していたカバーストーリーを展開。

 ディンのことを、私と所属を同じくする『妹』であると説明。衣料品調達の必要性を訴え、個人的に協力を仰ぐ。


 未成年の少女に借りを作るのは、確かに心穏やかで居られないが……そこは取捨選択というか、優先順位の問題だ。

 大前提として、破廉恥あんな格好のままディンを活動させるわけにはいかない。多方面に甚大な影響が生じるだろう。

 あの子と周囲の平穏のためなら、くだらない私の『こだわり』など曲げて然るべきだろう。




「……わかりました。良いですよ。引き受けます」


「すまない。……助かる」


「何を言っているんです。…………助けられてるのは、私達のほうです」


「………………そう……か」




 私にとって極めて幸いなことに、こちらの望む形で協力を取り付けることが出来た。

 場所は、前回私がお世話になった衣料品店。日時は十一日後、来週土曜日のお昼に設定。……学生さんだものな。貴重な休日に申し訳無い。

 とりわけ幸いだったのは、日取りを『十一日後』と定めることが出来た点だ。はっきり言って現在は持ち合わせが無いので、猶予を設けてもらえたのは助かった。



 また……聞き捨てならないことに、『費用は私達で持つので大丈夫です』などと持ち掛けられもしたが……冗談だろう。迷惑を掛けているとはいえ、子どもにタカるほど落ちぶれてはいないつもりだ。

 ましてや、その金の出処がであるというのなら……尚更だ。

 彼女ら個人に何の恨みも無いが、彼女ら魔法少女を使役する奴らは別の話だ。デカい顔などさせてやるものか。



 私達は、生存や活動を『維持するため』の資金など、基本的に必要としていない。

 そもそも人間ではないのだ、飲まず食わず眠らずで戦い続けることも可能であるし、老廃物の分泌も無いので入浴や洗濯とも無縁である。ランニングコストはほぼゼロなのだ。


 今回のような事態でもなければ、そもそも現金を必要とする場面さえほぼ生じないだろう。カネによって行動を縛ることも出来やしまい。

 私が現金を稼ぐのは……基本的には『必須』ではなく、いわば『娯楽』の類。『あれば嬉しいかもな』程度の比重でしかない。

 まぁ、ディンの肌着は『必須』に片足を突っ込むかもしれないのだが……私個で充分賄える。


 私のことを勝手に『我々の同志である』などと吹聴した奴らだ。

 そんな場所からの金を受け入れ、既成事実を作らされた日には……今度はどんな主張をしてくるのか、知れたものじゃない。




「………では、私達はこれで失礼します。……来週の土曜日、宜しくお願いしますね。【アルファ】さん」


「あぁ……感謝する。【パーシアス・エベナウム】、【ケートス・ヘリオトロープ】」


「は、はいっ! 恐縮ですっ!」


「………………おシゴト中ですので、まぁ許してあげます。……ばいばい、ディンちゃん」


「ゥ! ばいばい、【パーシアス】!」




 一応とはいえ、再会の約束を取り付けたことで溜飲を下げてくれたのだろうか。

 未確認破廉恥少女という爆弾を見られたにしては意外な程にあっさりと、魔法少女二人は引き上げていった。



 ……そう、約束。

 少女の青春を形成する貴重な時間だ、無駄にするわけにはいかない。


 彼女らが退いた以上、これ以上の干渉を受けることは無いだろう。

 期日に備えて必要分の現金を用意するため、私はディンを引き連れ『情報収集』へと向かうのだった。




 それにしても……携帯やスマホを持たず、日時と場所を指定しての約束事だなんて、久しぶりの経験である。

 オーバーテクノロジーを手にして尚、前時代的な待ち合わせをする羽目になるとは……人生とはわからないものだ。



 いや、本当に。











――――――――――――――――――――











 東北地方第三管区、十数年前に放棄された廃都市にて、大規模なが確認された。

 該当区域にて辛くも生き残っていた防犯カメラの映像にて、注視対象が当該の廃都市に出現したことを確認。



 その報告を受け、『アトリエ』関東第三支部は即座に行動を開始。

 支部に居合わせた特務一課――索敵や転送などバックアップ能力に秀でた部門――所属魔法少女の星装にて、捕捉ならびに追跡に成功。


 同管轄区内港湾埠頭エリアに対象が到達、その後ことを確認。災魔サイマ迎撃態勢であるとの判断が下される。



 もって、あらかじめ用意されていた筋書きに沿う形で、もう一名の魔法少女へと追加招集が掛けられた。


 今回の特殊派遣任務に当たるのは、対象目標【イノセント・アルファ】と交流経験のある【パーシアス・エベナウム】と、彼女を迅速に送り込む技能を持つ【ケートス・ヘリオトロープ】。

 を想定して密命を帯びていた、二名の実力者である。




「戦闘行動に関しては……正直なところ、【アルファ】さんが居られるので心配要らないかとは思いますが、充分に気を付けて下さい」


「はいっ。大丈夫です、いつも通り行きます」


「わ、私も……っ! 訓練してます、からっ!」


「ありがとうございます。……では、手短にを。『転送』完了後に現地の【アルファ】さんと接触、状況開始。現場判断での対応を経て、状況終了後に再度【アルファ】さんへと接触を図り、可能な範囲での対話および交流を試み……また状況次第で、可能であれば『支援』の申し出を行うこと。以上」


「はい。【神兵パーシアス】了解しました」


「【神鯨ケートス】……了解、ですっ」


「どうかご無事で。……行ってらっしゃい」


「はいっ!」


「星装顕現、【デネブ・カイトス】! ……行ってきますっ」




 【神鯨ケートス】の創り出した魔門へと、二人の魔法少女が消えていくのを見送り。

 関東第三支部の男性実務スタッフは己の職務を全うすべく、先んじて立てられ(ようとし)ていた対策室へと足早に向かい。



 彼が会議室に設けられ(ようとしてい)た対策室に到着するのと、ほぼ同時。

 索敵班より、災魔サイマの反応が『現れた』ことと『消滅した』ことが、対策室の面々へと告げられ。


 対策室内には「探知機の誤作動では?」「現地の魔法少女へ連絡を」「現地の監視カメラの確認を」「あれアルファちゃん増えてね?」「画質荒いし見間違い……やっぱ二人いねえ?」「いやいやそんなわけ……やっぱ増えてね?」などと混乱が巻き起こり。



 そこへトドメとばかりに『アルファさんと接触しました』との報告がもたらされ。

 しかしその直後、『通信切ります』の言葉を最後に【神兵パーシアス】【神鯨ケートス】双方とも通信機が沈黙し。




 やっぱり対策室内の面々は……更に深い混乱の坩堝へと、思いっきり叩き落とされたのだった。







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