第37話 状・況・始・動
その
ことのはじまりは、自国の所有する軍事戦略人工衛星との通信が、突如として途絶したこと。
動力を喪失する直前、何らかの『機械構造物のようなもの』を感知したことから、長らく静かな緊張感を保ち続けてきた某国による軍事敵対行為の一端であるとの声明を一方的に発布。
『宇宙開発で我が国に比肩する技術を持つ国にしか、このような卑劣な所業は為し得ない』と主張し、人工衛星喪失による損害の賠償、および証拠品たる『機械構造物』の引き渡しを求めた。
そんな剣呑な出来事が世間を騒がせ、結果として宇宙開発分野への興味を一瞬掻き立てたりもしたが……その程度。
次いで飛び込んできた報告には……世界じゅうの人々が度肝を抜かれ、慄いた。
地球外縁軌道上、重力の影響圏内に……突如として直径30メートル程、かつ極めて高密度と目される『隕石』が出現。
当然のように重力の網に捕らえられ、落下軌道に入ったという。
寝耳に水の緊急事態に、各国の宇宙開発分野が一時的とはいえ奇跡的な協働を果たし、落下予測軌道の算出を驚異的短時間で達成し……血の気が引いた。
大気圏突入中においても体積の減少がほぼ見られない、極めて高い密度と比重を持つと目される『隕石』の、算出された落下コース。
……その終着点とは。
東アジアの島国、『日本』近海。
隕石落下の衝撃と、それにより生じるであろう大海嘯、それによって齎される首都を含めた沿岸都市部の甚大な被害予測。
突如目の前に突きつけられた、明確に形を帯びた絶望に。
政府関係者は、言葉を失った。
――――――――――――――――――――
「…………どういう、ことだ」
『………………報告。弾着による沿岸被害予測を算出致し――』
「誤魔化すな。…………上位支配者権限を行使。管制思考『THAR-DESTA10294』に対し、当該事象に関連する既知情報の全開示を命令する」
『……、…………、拒、hi、i、g、ggg、ga、vv、v……
……fai、l、u、failure、r、r、rre、sista、nnnce、failure、ga、gg、gv……
………………gg……p……
……ry、o、解。しマシた。
――――情報、開示。識別個体『D-YN-STAB』立案による秘匿計画『CATEGORY-MS-SHINKOU-KEIKAKU』第一案を提示致します』
「……………………そう、か」
やはりあの子は……私よりも賢い。
私よりも数段知恵が回るし、頭の回転も早い。与えた『心理学』の知識を上手く使ったのかは判らないが……こうやっていとも容易く、私を欺き出し抜いてみせたのだ。
私の知らぬ間に、気付かぬうちに『侵攻計画』なるものを画策し、スーを言い
私を模して製造された、私よりも後発の機体だからと。言動が幼いから、私の可愛い『娘』であるなどと。
当然のように下位存在として扱われてきた彼女は、どう感じていたのだろうか。
彼女よりも性能で劣る私が、そう決めつけてしまったこと自体……私の傲慢だったのだろう。
あの子の自意識を尊重し、プライバシーが必要だろうと、制御思考を繋いでこなかったことが……
(…………ディン。聞こえるか? ……ディン)
『………………報告。識別個体『D-YN-STAB』応答を検知できません』
(……………………あぁ、そう……か)
……ならば。
この事態が、私の傲慢さが招いた結果であるというのならば。
悲しむのも、悔やむのも、心にぽっかり穴が開いたかのような喪失感を嘆くのも……全ては後回しだ。
これが……私が一方的に下位存在として扱ってきた『D-YN-STAB』が立てた、あの子が望む計画だというのなら。
こんな兵器を創り出す指示を下した張本人である、私には。
彼女が、彼女自身が考えた末に出した結論であったとしても……この惑星に被害が生じぬように取り計らう責任と、義務があるのだ。
「あの『隕石』つってるけど……アレ、ウチらの『
『肯定。重戦闘用補助外骨格機装【ロウズウェル】へ、長距離砲撃機装【デルタⅣ】および携行型重装甲防御機装【アトラスⅤ】を追加した特殊強襲仕様。また惑星地球大気圏突入に際し、指向性精密重力制御にて機体表面へ岩塊を吸着、急造の耐熱構造体を形成したものと推測致します』
「当然、大気圏突入なんかじゃ燃え尽きねェよな。…………落着予測位置は……房総半島沖、南東約90キロ? ……微妙なところだ」
『肯定。詳細予測地点、座標数値を転送致します』
「……諸元受領。行くぞ、『転送』起動」
これまでとは異なり、周囲全方見渡す限りの大海原。住居も構造物も無ければ、人の姿など在ろう筈も無い。
ここに私を見る『目』は存在しないし、外部から私を定義するものは何も無い。
それに……『侵攻計画』に踏み切ったあの子の狙いを挫くには、出し惜しみなどしている場合では断じて無い。
『推奨。全制限の撤廃。沿岸部被害抑制のため、貴機性能を十全に発揮する必要があると判断致します』
「わかってる。…………わかっている」
頭上を仰ぎ見れば……晴天の昼間にして尚煌々と目立つ、異星からの侵略者。
黒く堅牢なその全身に、赤く尾を引く光を纏った……黒と赤の禍々しい災厄。
この星で迎え討つは、ただ私のみ。
今このとき、この場において……あの国を、この惑星を守れるのは、私だけだ。
「上位管理者権限を行使。周囲環境への影響考慮を一時的に除外。
――――
『了解。異星探査機【MODEL-Οδ-10294ARS】制限解除コードを受諾。自律機装正式仕様【ヴォイジャーⅠ】全制限を撤廃します。主動炉出力制限解除。各部動力ライン伝送容量拡張。複層乖離空間加速器反応正常。体内外重力圧正常。各部放熱機構高次稼働。機体制御重力子バラスト出力全開放。
――――識別呼称【ヴォイジャーⅠ】、正常動作を確認致しました』
その銘が持つものとは、ただ未知なる航海に臨む者の矜持。
その銘が探すものとは、ただ大いなる可能性を秘めた希望。
その銘が示すものとは、ただ果てのない未来へ向けた道標。
異星文明が植民惑星を探すために創り上げた、
その銘の通り、未知なる新天地に挑むために研鑽されたその機能そのすべてを……今、私は臆することなくひけらかし、思うが
惑星の重力と袂を分かち、海面から遠く離れ、足場の無い宙に揺蕩い。
その四肢には強力な重力場を纒い、
別次元に隔離展開させた粒子加速器の弩に、荷電粒子の矢を
……ただ私の願うまま、好き勝手に、一方的に『守る』意志を固めていく。
かつて私の生きた時代とは異なれど、それでも変わらず在り続けた愛しい惑星。
そこに築き上げられた歴史を、清く尊い地球の音を、輝かしい
私達のような、たかだか地球外の部外者ごときが……台無しにする訳にはいかないのだ。
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