第38話 状・況・激・動




 ……まず、手始めに。



 人騒がせな外宇宙からの侵略者スペースインベイダーした瞬間、この周囲一帯半径50キロ程に球状の重力隔離空間を形成。



 膨大な熱と衝撃によって生じた水蒸気爆発、それに伴う災害規模の海面上昇、および大気を震わす衝撃波の類に至るまで。


 その全てを力ずくで封じ込め、無力化する。




『報告。主動炉出力負荷上昇。強制放熱を開始致します』


「隕石止めりゃぁそうもならァな!!」


『報告。敵対重戦闘機装【ロウズウェル】、周囲重力場干渉を確認。高度上昇、侵攻行動継続中と判断致します』


「本ッ当に最悪だ!」




 球形隔離空間の制御のため、その内部に居ざるを得なかったとはいえ……自身を保護する防壁の構築に、結構な出力を持っていかれた。

 着弾によって生じたエネルギーは、こちらの想定以上の規模を秘めていたようだ。


 ……いや、違う。

 着弾の衝撃と水蒸気爆発に加えられた破壊のエネルギー、その一端は……大気圏突入時の障壁として用いられた末に、自壊を厭わず臨界出力オーバーロードの斥力放射を敢行した禄式砲塔防盾【アトラスⅤ】の断末魔も含まれているのだろう。


 臨界出力ともなれば、一千メートル級航宙艦の軌道を逸らす程の斥力波動である。

 活性化アクティベートされたとはいえ、無人探査機装ごときが簡単に無力化できるものでは無いということか。



 しかし、こちらはまだ軽症。強制冷却中の無茶は危険とはいえ、時間とともに冷却が進めば回復する。

 一方で、水煙の中から姿を現した『大鎧』……改め重戦闘機装【ロウズウェル】は、重力干渉による機体制御を行い侵攻態勢を崩さないながらも、その防御機装を欠損している。



 こちらはまだまだ継戦可能、敵は守りを欠いている。


 加えて……敵がその背に備えた長距離砲撃機装【デルタⅣ】にも、今はまだ火が入れられていない。


 広範囲観測と長距離狙撃に秀でた彼女がを手にしたら、恐らくその時点で戦術的敗北が確定する。



「隔離空間加速粒子……開放、斉射」


『…………報告。敵対重戦闘機装【ロウズウェル】への着弾数3を確認致しました』


「……ッ! 一発外したか!」


『報告。敵対重戦闘機装【ロウズウェル】、被害状況を観測。後背部主砲撃機装【デルタⅣ】沈黙を確認致しました』


「当たってたか!」



 決して失敗は許されぬ局面である。出し惜しみをする余力など無い。

 擬似荷電粒子砲の斉射……スーにさえ伏せておいた手札の一つを、躊躇することなく即座に切る。


 この機体【ヴォイジャー】が備える機能の一つ、別位相空間を用いた物質格納機能。

 それを無理やり流用悪用し、亜空間の接続面を弄ることで即席の粒子加速器として転用、指向性を持たせて開放した荷電粒子の矢。


 奴の落着前から溜めに溜めて用意しておいただが、期待通りの働きを見せてくれた。



 余波による熱と衝撃波で海面が噴き上がるほどの高エネルギー、四射放たれたうち三発の荷電粒子砲直撃を受け、【ロウズウェル】の携えた主砲【デルタⅣ】が沈黙する。

 増設され厚みを増した背部装甲まわり、以前私が搭乗していた際は操縦筒が収まっていた部位……その上に据え付けられた大型砲は高熱に歪み、火花と紫電を散らしている。


 私が狙ったからこその結果だとして、そこは喜ぶべきなのだが。

 ……あの子が収まっているであろう部位を執拗に狙うというのは、本当に身が裂かれるような心境だ。



 しかしながら……そんな私の心配を知ってか知らずか、【ロウズウェル】が歩みを止めることは無い。

 主砲が使い物にならないと判断するや否や、背部増設部位を排除。重力制御を推進に回し、飛沫を巻き上げながら進撃を開始する。




「ッ、待て、止まれ! 止まれ、ディン!」


『報告。識別個体『D-YN-STAB』応答を検知できません』


「くッ、……そが!!」



 ただでさえ重装甲高出力の重戦闘タイプ、しかも追加装備が施された改修型だ。

 会敵直後の畳み掛けで追加装備を剥ぎ取ることには成功したが、そもそも地力からして違い過ぎる。


 たとえこちらが本来の性能を発揮し、【ヴォイジャー】の持つ全力で当たったとして。

 敵機【ロウズウェル】の出力には、それでもわずかに届かない。


 仮に、自機出力の全てを重力干渉へと回し、力ずくで【ロウズウェル】の進行を妨げたところで、そもそも出力に開きがある以上、完全に停止させるには至らない。



 ならば、どうするか。

 力ずくで歩を止められないのなら……歩むための部位を、直接破壊するしかあるまい。




機装活性化アクティベート……【サーベイヤー】!」



 右手には愛用の突撃槍を握り締め、左手指からは小口径収束光学兵器パルスレーザーを連射しつつ、体格も出力も勝る相手に近接戦闘を挑むべく距離を詰める。

 魔物マモノ相手であれば蜂の巣にできるであろう収束光学兵器パルスレーザーの雨とて、さすがに【ロウズウェル】相手では牽制にしかならない。


 とはいえ、多少なり動きを縛れれば充分だ。

 速力を落とし両腕で顔を庇うような動きを見せた【ロウズウェル】に対し、私は両脚の重力干渉力場を強めて一気に距離を詰め――



 待ち構える【ロウズウェル】の両肩に、直径は1メートル程度のを認識し。



『推奨。緊急回避』


「……っっ!!?」



 両脚を思いっきり下へ向け、身を捻りながら急上昇を試みる。


 左肩の円盤型装甲から放たれたワイヤーの投槍ジャベリンが、纏う重力場ごと私の脚を掠め……るだけに留まらず。



 申し訳程度に繕ったキトンの裾を……私の纏う装束を、あっさりと刺し貫く。




「やッ、ば!?」


『推奨。現行衣装の破棄を――』


「ンな直ぐに脱げな――――ッ!!?」



 地獄じみた質感に反して無駄に高い強度を持つ素材特性が、今は完全にあだとなった。

 進行方向とはほぼ真逆方向、着衣を無理矢理引き止められる衝撃。もし私が生身の人間であったのなら、まず無惨な挽肉にされていたであろうレベルの瞬間加速度。

 しかし特製の装束キトンは無駄に頑丈で、この衝撃を受けても千切ちぎれ飛ぶこと無く、私の身体を道連れにする。




『警告。危険』




 超高靭性ワイヤーに縫い止められ、無理矢理に挙動を停止させられた私の身体へ。


 自ら仕立てた衣装に絡め取られ、ろくな制動も防御も出来ずに無防備を晒す私へ。


 敵機【ロウズウェル】の右肩から勢いよく放たれた鋼鞭ブルウィップが……空気を裂きながら鋭くしなり、音速を超えて振るわれる。









――――――――――――――――――――










――――――――――――――――――――






「――――――っっぶなぁい!! ひー怖い怖い怖い怖い! うぉーアルファちゃん危機一髪ゥ!」


「は!?」


「よォくやった子ウサギ! !」


「ちょ!? 海――」


「追わせない! 【星よまたたけ】【超新星装リミットオーバー】【アンタレス・ディザスター】!!」


「なァ…………!?」


「と、捉えたっ! 【星よ導け】【超新星装リミットオーバー】【プロキオン・スクレイバー】!!」


「おァ……!!?」





『……報告。当該スペクトルパターン、ライブラリデータベース照合。冠名【跳兎レポリス】【宝瓶アクアリス】【星蠍スコルピウス】【導犬マイリア】の参戦、ならびに臨界稼働の形跡を確認。分類『魔法少女』による大規模編成であると判断致します』


「…………な、ん……」




 ふと仰ぎ見れば……燦然と輝く紫香ヘリオトロープの光を纏った幾つかの人影と、遥か高空を飛翔する鋼の巨鳥。

 周囲へと視線を巡らせると、ふわふわとした紫香の光を両足に纏い、それぞれ色鮮やかな輝きを振り撒く『魔法少女』達の姿。

 空挺隊員ではなく魔法少女、落下傘の代わりに補助魔法を用いた、前線への降下作戦といったところか。……大胆なことをする。


 なるほど房総半島沖ともなれば、当然首都圏からも程近い。それなりの近場には大規模な航空基地も備わっているだろう。

 入真いるま横丹よこたかはたまた百梨ひゃくりか、或いはそれ以外からか。巣の位置まではさすがに判らないが、関東圏の基地ともなればが配されていてもおかしくない。

 私がかつて生きていた頃は度々世話になった、『空の鯨』の愛称を持つ国産大型輸送機。大空を悠々と飛翔するその姿は、およそ半世紀のときを経てなお現役のようだ。




「…………到着が遅くなって……すみません、アルファさん。……実動二課【パーシアス・エベナウム】以下6名。現地へ到着、これより執行を開始します」


「な……なに、なん……」


『……報告。分類『魔法少女』、冠名【神鯨ケートス】および【神兵パーシアス】、参戦を認識致しました』




 計6名の『魔法少女』による突然の介入を受け、戦闘行動中であるにもかかわらず静止フリーズしていた私の聴覚が……ほんの微かに、火花の散るような音を捉える。


 二人の魔法少女による『アンタレス』『プロキオン』の砲火を受け、もうもうと立ち上る煙の向こうに現れたのは……漆黒の巨体をもって宙に佇む【ロウズウェル】の姿。



 重力場緩衝装置に不具合が生じたのだろうか、蜻蛉の羽音のような不定周波音をひびかせ。

 加えて……その右の前腕は、肘を境に醜く溶け落ち。


 誰が見ても明らかな『有効打』を受け、進軍の足は完全に止まっていた。



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