第39話 状・況・変・動




がありゃァり易ィだろ? 周りにゃ呆れる程に『素材』が在ンだ。たとえ何度砕けようと、足場は私が作りまくるからよ!」



 黄道十二門が一柱、『宝瓶宮アクエリアス』を冠する魔法少女。流水と氷結を司る権能を持ち、氷蒼の煌めきを放つ【アクアリス・グレイシャー】。

 私と直接の面識は無いながらも『洋上での作戦』ということで白羽の矢が立ち、またほかならぬ彼女自身も参加を望んだとのこと。

 主な役割は足場の構築と、敵『魔物マモノ』の足止め。権能に反して熱っぽい言動の、しかし見てくれは未だ中等部程であろう魔法少女だ。



 

「わ、わたっ、私は……あの、私含めて6名分の浮遊魔法なので……ちょっと、戦う余力が……」



 転移魔法をはじめ補助的な技能を持つ『神鯨ケートス』の魔法少女、私も幾度か言葉を交わしたことがある【ケートス・ヘリオトロープ】。

 彼女の持つ『他者に浮遊能力を付与する』星装によって、主戦力たる面々の行動補助を行う。

 ……しかし高度な魔力制御を要するため、今回はのみに専念すると謝罪を述べた、年長に類する(とはいえ高等部程度であろう)魔法少女。




「……その代わり、私達で畳み掛けます。……あれから死にものぐるいで訓練しました。もう『弱い』とは言わせません」


「あたしも! 先パイとは違って『プロキオン』しかできないけど……でも! ちゃんとがんばって当てるから!」



 以前見たときよりもその輝きを増した、それぞれ長弓と長杖の星装を持つ魔法少女……【スコルピウス・ランプブラック】ならびに【マイリア・オーキッド】。

 とりわけ遠距離火力に重きを置いた彼女達の星装ならば、堅牢極まりない【ロウズウェル】の装甲だろうと貫ける……などという保証は無かったはずなのだが、それでも危険極まりない派遣任務の招集に応えてくれた……らしい。




「だからね、わたしが空中でも飛び跳ねれるから、『かくらん』の担当で」


「……私が、近距離での制圧に当たります。……もう、アルファさん一人にはさせません」



 後衛二人のような隠し玉こそ無いながらも、その瞳には並々ならぬ決意を感じさせる前衛担当の二人。

 二振りの短刀を振るい、宙さえ蹴飛ばし跳ねる持ち前の機動力で攪乱に臨む【レポリス・ダンデライアン】。

 そして……いつも通り誇りと責任感を感じさせる佇まいながら、どことなく悲壮な決意を秘めた【パーシアス・エベナウム】。





 傲慢極まりない私は、彼女達を『年端も行かぬ未熟な少女達』『日常を守ってやらねばならない存在』『幼く儚い要庇護者』であると一方的に決め付け。

 その鮮やかな雄姿を、気高い意志を秘めた戦いを、これまで目にすることさえ避けていた。


 そんな子たちが。私が『儚く弱い』と決めつけていた娘たちが。私の傲りが直視しようとしなかった……想いの力を身に纏う『希望の象徴』たる少女達が。

 この危険な戦場……『隕石落下地点』へと無理やり駆り出されるわけでもなく、自分達の意思で集ったのだという彼女達が。



 この機体の『全力』をもってしても押しきれず、どころか危うく負傷す破壊されるところだった相手を、地球外の異星文明が造り上げた重戦闘機装【ロウズウェル】のを、こうも明らかに貫いてみせたのだ。





「じゃ、わたしが時間稼ぐから! 手短におねがいね【神兵パーシー】先輩! 魔法少女【レポリス・ダンデライアン】! いっきまぁす!」


「あ、あたしも! 【導犬マイリア】、いきますっ!」


「……お願いね、美玲ミレイ。……【星蠍スコルピウス】、これより援護に入ります」


「ちょ、待っ――」



 予想外の援軍、そして予想外の戦果に目を白黒させている私の前で、魔法少女達による怒涛の攻勢が仕掛けられる。

 主だった攻め手を欠いた【ロウズウェル】の攻撃――両肩追加装甲のワイヤーアンカーと左手指の圧縮光弾――程度では、目にも留まらぬ速さで縦横無尽に宙を駆ける【跳兎レポリス】の影さえ捉えることが出来ず。

 獰猛さを露わに牙を剥く【跳兎レポリス】が抉じ開けたその隙へ、【星蠍スコルピウス】の矢と【導犬マイリア】の火砲が逃さず喰らい付き、喰い破る。


 ……さすがに、初撃で用いた『超新星装リミットオーバー』とやらは、そうそう乱発出来るモノでも無いのだろうが。

 しかしそれでも、矢継ぎ早に射掛けられる【アンタレス】と狙い澄ました【プロキオン】による火力支援によって、漆黒の地球外金属装甲は少しずつ剥がされていく。


 直接戦闘能力に劣る者の各種能力を肥大化させる機械鎧、『膨張された賤兵LOW‐SWELL』の銘を持つ侵略者インベイダーが、未来を見据えた少女達によって押し返されていく。





「……びっくりしましたか? 【アルファ】さん」


「っ、エ……【神兵パーシアス】?」


「あ、もしかして今『エモト』って呼ぼうとしてくれてました? そんなに私のこと恋しかったんですか?」


「【神兵パーシアス】、これは……どういう、つもりだ?」


「スルーですか? 相変わらずですね? まぁ今は急ぎですし……いいでしょう」



 肩をすくめ『やれやれ』とでも言いたげな表情を引っ込め、今現在は少なくとも優勢に見える三人をちらりと見遣り……『神兵ペルセウス』の魔法少女は口を開く。

 あの災厄を押し留める力を得た経緯、そして彼女たちが今日ここへ至った経緯を……ところどころつかえながらも、懸命に伝えていく。




「……当日まで、黙っててって言われてたんですけど……あのあと私、会ったんです。……に」


「―――ッ!!!」


「……やっぱり、そうなんですね。あの子……『空から敵が降ってきたら、に力を貸してあげてほしい』『きっとから』って。……どういうことかなって、よく解ってなかったんですけど……隕石が降って来るって聞いて、みんな大騒ぎで。…………そしたら、ッ!」


「お前が飛んでった光を見っけて、皆大騒ぎだったンだぜ? 一人で何とかするつもりだったンだろ、【イノセント・アルファ】。……ンな危なっかしい身体で、本当……ホンット、よく無茶しようと思えるわ」


「あ……【アクアリス・グレイシャー】、で……相違無いよな? 『宝瓶宮アクエリアス』の。……記憶力には自信がある、すまないが初対面だと思うんだが……『こんな身体』、って……何を言っているんだ?」


「………………まァ……そうだな。初対面。……あぁ、確かに言葉は交わしたコトぁ無ェわ。気にすンな、私が一方的に見掛けただけだし……それに、不躾だったな。胸……いや、身体カラダの問題は……色々と、デリケートだし、よ」


「…………? 胸、の……?」



 思わず胸に手を伸ばし……そこで初めて、己の装束の一部が破損していることに気づく。


 恐らくは先程、【ロウズウェル】のワイヤーアンカーに裾を盛大に引っ掛けられた際……私の進行方向とほぼ真逆への力が作用したことで、さすがに生地医療スキンが耐えきれずに破断していたのだろう。左側の肩のあたりが破れ、【神兵パーシアス】に選んで貰った胸部下着が丸見えになっており、露出的にはなかなかに危うい事態となっている。


 ……いや、生地医療スキンの破断というよりかは、どちらかというと縫い合わせた部分が千切れたのだろうか。……どうでもいい、どのみち破れたことに変わりは無い。

 とにかく、現状所持している唯一の戦闘衣装がこのザマだ、今後の活動のことを考えると、これは正直いって非常にマズいだろう。無残に破れた胸元を固く握り締め、思わず顔が渋面を形作り、唇が引き縛られていき……



「……ッ! やっぱり! 本当に大丈夫なんですか!?」


「だァから言わんこっちゃ……!! 無理すンなこの大馬鹿バカ娘が! オイコラぼうっと見て無ェで降りて来い【神鯨ケートス】! 早くコイツをフン縛れ!」


「は、はいっ!」「な、ッ!? ……わぷっ」




 事態に付いていけず目を白黒させる私は、後方に待機していた【神鯨ケートス】へと引き渡され……その胸に抱き留められる。


 戦闘中に場違いだとは思いながらも、その豊かな感触に思わず愛娘ディンのことを想起してしまい。

 僅かな期間とはいえ、確かに温かく楽しかった日々を思い起こし……自然と顔が歪んでいく。




「……私達に、任せてください。アルファさんが魔物マモノを一手に引き受けてくれてたおかげで……その間、徹底的に訓練できましたから」


「傷病患者は大人しくしとけ。……私だってなァ、伊達に黄道十二門背負せおっちゃ居ねンだよ」


「ま、待って……! 待って、くれ」




――…………ゥ? か、ァ、……さま?


――だいじょぶ。ワタシ、観測仕様! 観測みる、おシゴト!


――あい! かあさま随伴、作戦名『いい子にする』です!




 私の声が、もうあの子に届かないのだとしても。

 私が愛したあの子が、もう私のもとへ帰って来ないのだとしても。


 だとしても。……いや、だからこそ。




「頼む。最期は…………トドメは、私が」


「……わかりました」「……あぁ、任せろ」



 私を抱きしめる【神鯨ケートス】の腕に力が入り、ついに堪えきれずに視界が滲む。


 それを目にした【神兵パーシアス】【宝瓶アクアリス】両名も……力強く頷き合い、各々が『魔力想いの力』を迸らせる。




「……星装顕現、【ミルファク】【アルゴル】【メラム】……行きますッ!」


「星装顕現、【サダルスード】【サダルメリク】! っしゃヤったらァ!」




 拮抗どころかやや優勢であった戦線に、満を持して投入された二人の特記戦力。


 太平洋上に築かれた氷山を取り巻く、異星からの侵略者を巡る戦場は……終わりを迎えようとしていた。




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