第40話 遺言




 止むことのない魔法少女達の攻勢は、確実に【ロウズウェル】の守りを切り崩していった。


 本体を保護するための重力干渉防壁をも打ち下し、ときに力場の薄い一点を狙い澄まし、着実に傷を重ねていく。




「逃ッ、がさねェよ!! ――! 【サダルメリク】!』


「何度だろうと……止める! ――! 【アルゴル】!」




 戦線に加わった【宝瓶アクアリス】の水瓶から巻き上がる水流が、侵略者に纏わり付いて動きを阻害し。

 さらに振るわれた杖の魔力にて、激流は瞬きの間に氷結し、巨大な枷となる。


 懐に飛び込んだ【神兵パーシアス】が掲げる黒檀色の魔眼は、目に見えぬ力場さえもその魔力で侵し。

 力場の無い無防備な天頂へ一挙動で回り込み、剣先がカマ状となった『刈り取る』ための刃が振り下ろされる。



 畳み掛けるような連撃によって、未だしぶとく迎撃を試みていた【ロウズウェル】左肩のアンカーリールが、ついに限界を迎え砕け散る。

 残された攻撃手段は……削りに削られ残り二門となった、左指先の砲口のみ。






「…………行ってくる」


「っ、あ、アルファ……ちゃん?」


「行かないと。……私が…………私の手で、終わらせないと」



 充分な重力場干渉さえも侭ならず、防壁の展開どころか自重を支えることさえ困難な様相であり……もはや敵『侵略者』は風前の灯と言えるだろう。


 徹底的に痛め付けられ虫の息である大物オオモノを、その最後のトドメだけを掻っ攫い、戦果を奪おうだなど。

 ……全く、なんと無様で……汚らしいったらありゃしない。




「私、が…………! これは……私がやらなきゃ、ならない処断コトなんだ、ッ!」



 だが、それでも。

 無様で狡賢ずるがしこい卑怯者と誹られても、この最期の一撃だけは譲るわけにはいかない。



「ぁ…………っ」


「……すまない。……世話になった、【ケートス・ヘリオトロープ】」


「あ……アルファさん!?」




 暖かく柔らかな腕を振りほどき、振り向くことなく前へ。


 満身創痍ながらも未だその眼を爛々と輝かせる、侵略者【ロウズウェル】と化した……愛娘のもとへ。





「ヤツの拘束は任せろ。……好きにヤれ」


「…………感謝する。【アクアリス・グレイシャー】」


「ハッ! 渾名で呼ばれたトコで嬉しか無ェよ。…………感謝を伝えてェなら、ちゃんと『名前』で呼びやがれ。……クソガキ」


「……………………善処する」


「…………フン。――総員退け!! 可能な限り離れろ!! 【アルファ】の『光』に巻き込まれンぞ!!」




 巨大な氷の柱に磔にされ、ほぼ沈黙した侵略者の様子を伺っていた魔法少女達が、その号令を受けて距離を取る。


 恐らく……私の【高集束光子熱閃砲フォトンリーマー】使用を危惧し、巻き込まないようにと気を利かせてくれたのだろう。彼女の心遣いには痛み入る。



「お前は良いのか? ……えっと」


「私ァこの作戦の指揮官だぞ? 最後まで見届ける義務がある。『余所者ヨソモノごときに指図される筋合いァ無ェし……拘束が解かれりゃァ、再拘束する必要だってらァよ」


「…………そう、か。…………すま――」


花蓮カレンだ。諸々は後で聞く。……さっさと終わらせて来い、私にいつまでも負荷を掛けンな」


「…………感謝する。……『カレン』」


「………………フン」




 気難しげにそっぽを向く彼女に背を向け、周囲魔法少女達が充分に距離を取っていることを確認し……磔刑に処されている漆黒の巨体と、相対する。


 ほぼ全身を魔力の氷河に蝕まれながらも、尚身じろぎしようと試みているようで。

 時折氷の軋むような音を立て、眼光は未だ衰えず私を睨め付けている。






「…………ディン。…………聞こえるか?」




 返答は、無い。


 …………わかっていたことだ。期待などしていなかった。

 ただの確認……徒労に過ぎない。


 眼前のは……既に、私の娘などではない。

 私とたもとを分かち、通信ラインを遮断し、単独での日本侵攻を画策した……侵略者に過ぎないのだ。





「…………機装喚出コール……【高集束光子熱閃砲フォトンリーマー】」


『了解。【高集束光子熱閃砲フォトンリーマー】機装展開を開始。主動炉出力上昇。動力ライン全段直結。体内外圧正常。仮想砲身チャンバー内圧正常。両踵ADPアイゼンロック。右掌外重力子レンズ展開。複層乖離空間加速器反応正常。セーフティ撤廃。臨界突破。


高集束光子熱閃砲フォトンリーマー】機装展開…………完了』





 母艦管制思考による全力のバックアップのもと、安全のための多段階セーフティが最高効率で蹴散らされていく。


 空中に佇み……殲滅の判断を下した、私の目の前。

 抵抗すべてを封じられ、ただ『じっと』私を見返してくる、赤々とした光を瞬かせる視覚センサーに狙いを定め。




――ゥ! だい、じょぶ! ワタシ! わかる、ます!


――かあさま! ワタシ、労うを要請します!


――ゥえへへ~~! かあさま! かあさま!





「………………さよなら……ディン」







 発砲信号トリガーを――――








『ともだち、できた?』


「ッッ!!!?」




 反動抑制のため空間に固定されていた右腕を、重力干渉による固定を引き千切りながら強引に振り上げる。


 以前地表にて発砲したものとは比べ物にならない光量、【ヴォイジャー】が持つ最大火力の最大出力が、極太の光の柱となって天頂へと駆け抜けていく。



 私の……最大にして最後の砲撃は、こうして虚しく宇宙ソラへと消えていき。







 ――――直後。


 目を覆わんばかりの光量と膨大な熱量を伴い、触れるもの全てを必滅の熱量にて消し飛ばす光の柱が、降り注ぎ。



 私の眼の前、磔にされた【ロウズウェル】と。


 を……無に還し。





「…………、……ぇ、…………?」


『…………報告。稼働中揚星艇、通称『キャンプ』搭載機装【アポロⅩⅦ】による……対地攻撃と、推測致します』


「………………な……なん、で………」


『…………精査。攻撃敢行シグナルの発信源を特定。……発信源を……個体名『D-YN-STAB』と、報告致します』


「……………………ぁ、?」





 敵対対象たる漆黒鎧の消滅を確認し、喜びはしゃぐ魔法少女達も。


 「好きにヤれとは言ったが!」と悲鳴を上げる【宝瓶アクアリス】も。


 を察したように鎮痛な面持ちで、こちらを窺う【神兵パーシアス】も。




 私には、朧気にしか……どこか遠くの、別の世界の出来事であるかのようにしか感じられず。






『…………報告。敵性重戦闘機装【ロウズウェル】完全沈黙。……を、確認致しました』



「……………ッ、…………馬鹿、娘が……っ!」





 私の制御を無視して溢れ出る、視界を滲ませる洗浄液を滴らせ。


 機体冷却用空冷気筒の漏らす、引き攣るような空気音を響かせ。


 大きな喪失感を伴い、幻痛を発する胸元を……力強く握り締め。




 視界を白く染める光のみを遺し。

 私はその場から……逃げるように、消え去った。




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