第36話 状・況・胎・動



 二人の魔法少女と共闘し、『変異種』の魔物を駆逐してから……早いもので、数週間。



 その日私は、ここ最近の世間の動きを感知しようと地表に降り、有線タダ乗り回線にて情報収集に勤しんでいた。

 こういうときのため、情報収集に適した地点は幾つかリストアップしてある。複数箇所をローテーションしていれば、そうそう露見することも無いだろう。


 別に急ぎ集めなければならない情報も特に無いのだが……ここ数日の私は、暇さえあればずっと針仕事に専念していたのだ。

 疲労によるパフォーマンスの低下など、私達アンドロイドにはほぼ生じ得ない。……まぁしかしながら、そうは言っても気分転換くらいしたくもなる。



 廃都市とはいえ、いや廃都市だからこそ、犯罪者の巣窟になることを危惧しているのだろうか。たまに無人機ドローンが警戒飛行しているのを目にする。

 ヒトのものではないが、監視の目があることは事実だ。さすがに毎回同じ廃都市の同じ廃校前では怪しまれるだろうと……ここ数日は全国の廃都市を転々としつつ、継続的に情報収集を行っていた。



 ……ちなみに、ディンは情報収集に帯同していない。ここ数日の間は静かな母艦にて、読書に集中しているらしい。

 お出かけのときに声を掛けたりもするのだが……新たに見つけた『読書』という趣味が楽しいのか、最近はそれぞれ別行動することが増えてきた。

 親離れ……いや、子離れか。いやいや。


 先日彼女にねだられた本は……なんというか、心理学に関する賢そうな本だった。

 勝手に絵本とかソレ系を想像していたが、やはり彼女は相当賢明なのだろう。私も親機として鼻が高い。……やはりまだ子離れしたくないな。




(…………軍事衛星が、故障? 何の前触れもなく? ……冷戦の再発、一触即発の空気って……物騒だな。まだ相手国の仕業だって決まったわけじゃないだろうに。……私じゃないぞ)



(……あー、やっぱ撮られてたか。まぁ無理もないわな、あんな大ハシャぎしてたし……あんな可愛いんだもんな、我が娘は。……色々と迷惑掛けたし、実害無ければ放って置くか。文句を言う先もわからんしな)



(…………は? なんだこの【イノセント・アルファ】死亡説、って。縁起でもない……というか私は既に死んでるが。……いやいや、アンドロイドがそう簡単に機能停止するものかよ。…………それこそ知らないコトか。無理もないか)




 ……どうやら、ここ数日私の姿が衆目に晒されていないことで、一部では『死亡説』なんかが囁かれ始めていたらしい。

 まったくもって事実無根、予想外も甚だしい。私が最近引き籠もっていたのは、ディン用の戦闘装束を縫い上げる(ための試行錯誤に挑んでいた)ためであり、体調不良などでは無い。



 そもそも、ちゃんと魔物マモノ駆除では出撃しているのだ。

 最後に出現したのが……下着やら何やらを買った、翌々日だったか。そう考えるとやや時間が空いてしまった感も否めないが……とはいってもほんの三週間かそこら、ひと月は経っていないだろうに。


 魔物の出現スパンは、長いときには一ヶ月程度空くことだってあったらしいのだ。こんな簡単に死亡説が流れるとは思わなかった。



 ……あれか、私が大食いに出没していないからか?

 もっと積極的に地表に降りて、定期的に現金稼ぎしていくべきだったのだろうか。……まぁ今回は関係ないか。




「なぁ、スー。魔物マモノって……あれから現れて無いんだよな?」


『…………』


「……スー? 魔物マモノ出現、無いんだよな?」


『…………肯定。有視覚索敵の結果、脅威となり得る敵性存在の現出を検知しておりません』


「そうか。……タイミング的に、さすがにそろそろ受肉してもおかしくない。何かあったら直ぐに教えてくれ」


『…………了解』




 成層圏に位置する揚星艇キャンプからは、国土のほぼ全域を(晴天かつ昼間に限り)俯瞰することができる。……らしい。

 ……まあ、その膨大な画像情報を処理できているのはスーの力なわけだが、ともあれそのお陰で(晴天かつ昼間に限り)我々が魔物マモノを見落とすことはほぼ無い。

 仮に魔物マモノの出現を見落としていたとしても、魔法少女との戦闘反応を検知して駆け付けることができる。抜かりは無い。


 とはいえ、索敵を担っているスーが『敵影なし』を告げているのだ。問題ないだろう。

 私は引き続き気分転換……ネットサーフィンにでも興じさせて貰おう。



 ……大丈夫、ディンの戦闘装束も……帰ったら本気出すから。










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 統合管制思考スー・デスタ10294。応答を願います。


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 ワタシは、あなたとの直接意思疎通、秘匿回線の形成を要請します。




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 返答。識別呼称『D-YN-STAB』よりの要請を受諾致します。


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 状況。ローカルラインを構築。パブリックとの分断処置を完了致しました。


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 状況。秘匿通信を開始致します。




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 ありがとう。


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 ワタシは、確認したいことがあります。


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 かあさまは、原生ヒト種に対し好意を抱いていると、ワタシは判断しました。


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 その認識に相違ありませんか?




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 肯定。艦長ニグの根本的行動指針は、惑星『地球』における国家単位『日本』原住ヒト種の保護であると判断致します。


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 追記。また『保護』の適応範囲においては、マストを生命活動、ニードを生活環境、ウォントを社会経済と定義を行っているものと推測致します。




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 わかりました。


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 では、かあさまが戦術種別カテゴリ『魔法少女』と仲良くしないのは、なぜですか?


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 かあさまが買ってくれた本には、友達がほしいときの行動指針が書いてありました。


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 かあさまの行動は、これとは違います。でも分類『魔法少女』といっしょにいると、かあさまは楽しそうです。


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 ワタシは観測事象に矛盾を認識しています。


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 かあさまは、友達がほしいのでは無いのですか?




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 要請。回答ロジック構築のため、待機時間を要求致します。


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 …………。


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 回答。艦長ニグにとって分類『魔法少女』は保護対象であるとの認識が強く、現状として同盟相手と成り得ないものであると判断致します。


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 解説。彼我の戦闘能力パラメータに大きな隔絶が存在する点、若しくは協働の必要性を欠いていることが原因であると判断致します。




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 では、分類『魔法少女』は弱くて、かあさまの友達にはなれないのですね。


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 あと、かあさまは国家単位『日本』の中枢政治行政区分に対し、警戒心と不信感を持っている。


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 これは合っていますか?




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 回答。その通りであると判断致します。




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 わかりました。


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 では、街が壊されたら、かあさまは怒りますか?




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 回答。既に原生ヒト種の生存エリアと看做されていない構造物群においては、生活環境の破壊には該当しないものと判断致します。


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 追記。しかしながら、惑星『地球』地表付近での大規模破壊行動は、艦長ニグによって強く忌避されていると判断致します。仮に地表付近での大規模破壊行動を検知した場合、艦長ニグの精神パラメータが『ANGRY』域へと推移するものと推測致します。




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 わかりました。


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 ワタシがやるので、大丈夫です。


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 管制思考スー・デスタ10294。あなたはなにも気にしないで、かあさまに付いていてください。




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 …………。



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 …………。



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 質問。発言の意図が理解出来ません。思考プロセスの追加開示を要求致します。







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 わかりました。







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 ワタシは







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 かあさまと仲良くしないのは、必要ないと思いました。









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 あなたも、そうは思いませんか? 航宙植民艦『THAR-DESTA10294』。




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