第35話 取・捨・判・断



「ホンットありがとねディンちゃん!」


「ほんッま助かったわディンちゃん!」


「ゥ? ゥー……恐縮、に、であります!」




 朝焼けに染まりつつある市街地を遠くに、どうにか変異種の魔物マモノを処理し終えた私達……と、魔法少女の二人。

 多少とはいえ見知った相手である。無言で立ち去るのもどうかと思い、転送を躊躇してしまったのだが……まぁ、よくよく考えるまでもなくなるのは当然だっただろう。



 私達は現在、処理現場からそこそこ離れた都市公園へと場所を移し……どういうわけか四人仲良く(?)歓談の真っ最中である。

 一仕事終えた【麗女カシオペイア】【護竜ドラコニス】両名が『お礼代わりに』と調達してきてくれたのは……なんと赤地に黄色いMの字が眩しい、今や懐かしのモーニングセットであった。


 ……せっかく調達してきてくれたのだ、これは逃げるわけにはいかないだろう。

 け、決して……マフィンとポテトの誘惑に負けたわけではない。はずだ。……たぶん。




「……ほれめ、例のまもごもめんまんだが」


「いやそんな『キリッ』とした顔つくっても無駄やて。かしたりせえへんから、まずはゆっくり食べーや。おいしいやろ?」


「…………んむぐも」


「はぁぁぁぁー…………かわいい、最高。うぅぅうぅ……夜勤がんばって良かったぁぁ……」


「………………もっも」




 火炎を織り、戦鎚を振るい、夜の闇をものともせずに戦い続け……市街地のど真ん中にありながら被害を出さずに戦い抜いた二人。

 戦闘後にスマホを取り出し『完了』の報告を上げたかと思えば、姿(※当然武器は仕舞っていたが)でファストフード店へと駆け込み、言葉を失う私の前でさも当然のように四人分のモーニングセットを注文してのけた。なおこの時点で私は完全に逃走を諦めた。


 鮮やかな紅色の戦装束を纏う少女がスマホを掲げてコード決済を済ませ、意気揚々とバーガーセットをテイクアウトする光景。

 まさかこれが現代の常識なのかと言葉を失い震える私だったが……店員さんが総じて混乱をあらわにしていたので、お陰で安心することができた。

 良かった、彼女らの精神が図太いだけだ。



 ……まぁ、ともかく。

 遅れて駆け付けた私達なんかよりも、夜間にもかかわらず初動からずっと戦い続けた彼女らのほうが、どう考えても疲れているだろうに。

 私達に対し、こうしてねぎらいの意を表してくれている。私達に歩み寄り、距離を縮めようとしてくれている。

 その気持ちが察せられないほど、愚かで鈍感ではないつもりだ。


 ……ならばやはり、私にできる『返礼』でもって代えさせていただこう。




「…………それで、あの魔物マモノだが」


「もうええの? アルファちゃんぽんぽん膨れたん? ミルク飲む?」


「私のサクサク分けたげよっか? 一人分じゃぜんぜん足りないでしょ?」


「子ども扱いするな! もう充分だ!」


「もっかい買ってこよっか? ディンちゃんもおいしい?」


「んゥ! おいしい!」


「「きゃーーーー」」


「話を聞け小娘共が!!」



 ニマニマと緩んだ笑みを浮かべた、年長の部類に属するであろう魔法少女。

 ……この数分で評価が急落している気がしなくもないが、しかし理知的な思考と判断力を備えているという点においては、彼女達は適役な筈。安心して良いだろう。良いよな。その筈だ。信じるぞ。


 

 とにかく、彼女達であれば……少なくとも、他の魔法少女あるいは所属する機関に、報告を繋いでくれることだろう。

 そう期待を込めて、私は我々が解析した魔物マモノの種別に関して……大きく分けて『通常種』と『変異種』が存在するということを、隠すことなく開示していく。


 以前の鈍亀と、今回の大猿。強力な個体『変異種』に複数回遭遇している彼女達であれば、恐らくは受け容れやすい仮説だろう。




「…………なあるほどなぁ……たしかに、明らかに手応えが違ったんよな。亀さんのときも、今日のお猿さんも。もぉ……全然燃やせんのよ」


「私も……普段は【エルテイニス】弾かれること自体、殆ど無いもん。堅いだけじゃなくて、衝撃が吸われる感じっていうか……厄介だねぇ、うぅー……やぁだぁ」



 御するは容易い(とはいっても戦う力の無い一般人には充分すぎる脅威だが)不定形の魔物マモノ、暫定呼称『通常種』が大多数であるのに対し。

 不定期頻度にてごくまれに発生する『変異種』……地球上の実在生物の特徴を色濃く残し、巨大かつ堅牢に構築・再現された、総じて危険度の高い魔物マモノ

 魔法少女達が主に対処を請け負う魔物マモノには、この二種類が存在する。


 それに加えて――まぁ尤もは、先程二人の協力のもとで確信を帯びた見識だが――実在生物を模した『変異種』は、その身体的特徴や構造、果ては弱点に至るまで、参照元の生物と非常に似通っている……という、仮説。



 たとえば、仮に今後ワニ蜥蜴トカゲ等の爬虫類的特徴を再現した『変異種』が現れた場合、氷や冷気で動きを止められる可能性があり。

 たとえば……サメを模した『変異種』と相対した際は、感覚器官や神経の集中する鼻柱が弱点となり得る。


 ……まぁワニ蜥蜴トカゲはともかく、サメが地上に現れることなど無いだろうが。

 海洋生物が陸に上がってどうしようというのだ。空を飛べるわけでもあるまいし。




「えっと、要するに……『頭を殴ってればそのうち脳震盪起こして気絶する』ってこと?」


「なるほど簡単やん! ドラ子ちゃんの時代来たんとちゃう?」


「…………まぁ、そうかもしれないが。……簡単かはさて置き、頭や首が弱点の可能性は高いだろうな」


「うぅーん、けっきょく首刈り安定かぁー……まぁそうだよねぇ。やっぱ【神兵パーシアス】ちゃんの独擅場じゃない?」


「せやなぁー」



 ……恐らくは『神兵ペルセウス』の権能に由来する、親しさから出た所感なのだろうが。

 あの優等生な魔法少女【神兵パーシアス】の特技が、まさか『首刈り』というわけじゃない……だろう。ないよな。ないだろう。多分。



 恐らくは一方的であろうが……私が勝手に親しみを感じつつある魔法少女、【パーシアス・エベナウム】こと『エモトミレイ』。

 予想だにしていなかった物騒な噂を耳にして、思わず強張った私の表情に……目の前の年長組二人は、目敏めざとくも気付いたようで。

 


ぁーい丈夫ジョウブやって! パーシェちゃんもアルファちゃんのこと好き好きやし、いくらあのでも仲良いお友達の首刈ったりせえへんって」


「待て待て待て誰がお友達だ。誰と誰が。……んな親しくした覚えは無い」


「ぇえ、あれ片想いなの? みーちゃんあんなに幸せそうなのに……」


「違う違う。……やめてくれ、考えるだけでもおぞましい」


「そんな毛嫌いしなくても……」




 …………あぁ、違う。違うとも。


 確かに……確かに彼女『エモトミレイ』とは、以前よりかは距離が近づいているような認識を抱いている。

 ディン(と私)の下着や衣料を調達する件では世話になったし、書店を教えてもらえたことは大変に助かった。

 最初期に遭遇した『変異種』である鈍亀とは、一応肩を並べて戦ったし……その後も彼女の活躍は度々耳にしている。



 ……だが、だ。


 ほんのそれだけ。たったのそれだけで彼女を……いや彼女以外であろうとも『友達』だと感じられる程、私の認識は甘くはない。



 大前提として、彼女達『魔法少女』は……当然だが、人間だ。

 しかも未成年の、未だ幼い少女達。本来であれば庇護を受けてしかるべき、守られるべき存在だ。

 その一方で私に至っては、もはや人間ですらない。表面こそ人間を模した有機細胞で覆っているが、その内は見るもおぞましい地球外金属製の人造人間アンドロイドだ。


 手足をいでも、首を刎ねても死にはしない。自動車だろうと蹴り壊し、素手でヒトをくびり殺せる。そんな化物がヒトの皮を被って少女達に近付こうとしているのだ。

 コレを『おぞましい』以外に、一体何と表現すれば良いというのだ。



 私と彼女……いや彼女達は、住んでいる世界からして違うのだ。

 違う世界に住まうモノどうしが、たまたま同じ方向を向いて隣り合っている。それだけの関係性に過ぎない。



 私のような異分子が、歪ながらも鮮やかな青春を送る彼女達と『友達』だなんて……思い上がりも甚だしい。




「ゥ……ゥ? かあさま、ミレイおねえちゃん……友達、ちがう?」


「……あぁ、そうだ。友達とは言えん」


「んゥー……かあさま、困難と判断します」



 まあ……いちいち説明などするつもりは無いが、そんな理由もあったりするわけだ。

 しかしながら、ディンはどうにも釈然としない様子である。私の目から見ても、そこそこ懐いているように見えたものな。無理もない。




「ほぉら、ディンちゃんは『友達がいい』って言うとるよ? 美怜みれいおねえちゃんって…………待ちや、なんなん『美怜みれいおねえちゃん』って! 抜け駆けしおったかあの小娘! やだやだ、うちも『瀬奈セナおねえちゃん』って呼ばれたい!」


「どうどう、おペイちゃん落ち着きなって。……でもアルファちゃん、そんな毛嫌いしなくてもいいと思うよ? 美怜みれいちゃんも悪気わるぎがあったわけじゃないんでしょ? あの子、なにか気に障るようなことでも」


「私に隠れてディンの胸を揉んでいたがな」


「ちょーっと事情が変わったねぇ……」


「…………ゥ? むね?」




 ……とはいうものの。

 彼女達と必要以上に距離を置いたり、拒絶したりする必要は無いということも、しっかりと認識している。


 必要以上に踏み込まず、また踏み込ませず……必要最低限の交流に留め、しかし同じ敵を見据え肩を並べる。

 ……それで良い。わざわざ『友達』などという肩書にこだわる必要は無い。

 少なくとも、私はそう考えている。




「じゃあじゃあ、私たちとお友達にならない? アルファちゃん」


「私の話を聞いてなかったのか?」


「ぇえー! うちらとオトモダチになーろーうーよー! 帰りに吉○家寄ったりサ○ゼとかコ○ダでろーよー!」


「……………………………」


「あっ悩んどる」「お口半開き可愛い……」


「…………ッ!!」




 ……別に『友達』にこだわる必要も無いだろうに。


 私はこのまま、今のままの関係性でも、『共闘』という目的は達成できているのだから。



 それに……なんだかんだ言ったところで。

 充分に刺激的な日々を、私は充分に楽しんでおり。



 ……満足、しているのだ。



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