第34話 霊・長・王・者




『報告。地表付近にて警戒レベル交戦反応を感知致しました』


「ッ、出るぞ。ディン、行けるか?」


「あい! おまかせ下さい!」




 昼間かつ晴天時には極めて優秀な探知能力を誇る我々とて、このように夜間ともなると索敵効率は一気に落ちる。

 早い話が『地表を眺めて魔物マモノを探す』手段であるため、可視光の乏しい時間帯は解析に耐え得る映像を取得できないためだ。


 そんな現在、日本標準時的には朝の四時半といったところだろうか。

 先述の通りもちろん夜間、むしろ早朝に分類されるかもしれないが、とにかく過半数の人々はまだ眠っている時間帯である。




 揚星艇キャンプからの転送を経て、地表付近へ降り立った私達。

 夜間ともなればこの強烈な発光が目立たない訳が無いし、眠りを妨げてしまう可能性も高いのだが、非常事態ということで大目に見てほしい。

 ……いや、むしろ起きろ。生命を脅かす緊急事態だぞ。



「ああー!! アルファちゃんやぁー!! ありがとう助かる来てくれてありがとう好きぃー!!」


「抜け駆けはダメだってばぁ!! 私もアルファちゃん好きー!! あっあと妹ちゃんも好きー!!」


「戦闘中だろうが! 集中しろ【麗女カシオペイア】【護竜ドラコニス】!」


「ゥ、ゥ?」





 交戦地域に直接転送を行い、直ちに戦線に加わる。彼女らほどの手練が対処に時間を要しているとなると、やはり嫌な予感が拭えない。

 果たしてその嫌な予感は、質量弾として飛来した自動車を以て証明された。明らかに私達目掛けて投擲されたの出処は、大通りの中央に堂々と佇む5メートル超の巨体。


 ぶっとく巨大な両腕を備え、これまた分厚い胸板を鎧い、それらを力強く打ち鳴らしながら轟音の怒声を上げる……森の賢者と名高い魔物マモノ




「アルファちゃんは見たことある? ドクロ島の巨人」


「えー私あれイマイチだったよぉ、やっぱニューヨークじゃないと」


「あーそれはわかるかもー。ちょっとうちも見てみたくなってきたわ、京○タワーとか良さそうやない?」


「通○閣もどうかなぁ? あとあべの○ルカス」


「真面目に当たれ小娘共が!!」


「ゥ……がー!」



 ……とは言ってみたものの、二人とも遊んでいるというわけでは勿論無いだろう。

 健やかな睡眠を取っていたところを叩き起こされたのだろうか、さすがに夜間ということで本調子ではなさそうだが……その戦闘技能は健在だ。


 周囲を延焼させることなく、意のままに火炎を操り大猿を牽制する【麗女カシオペイア】と、その巨体に臆することなく近接戦を挑み、巨腕を大盾で往なしながら戦鎚メイスによる打撃を叩き込む【護竜ドラコニス】。

 この二人でなければ……彼女らの言っていたように、○天閣で怪獣映画さながらの光景が拝めてしまったかもしれない。……ちょっとだけ見たかったかもしれない。




「……ディン、隠蔽維持して距離を取れ。射線の通る場所を探せ」


「んゥ! 指示を受諾、移動します!」



 いや、流石に冗談だ。人々の生命や生活を脅かす恐れがある場で、そんな巫山戯ふざけた真似などするまい。

 彼女たちだってそんなことは百も承知、長らく人々の生活を守り続けた『魔法少女』である。つまりこれはいわゆる『軽口叩かなきゃやってられない』パターンであり、つまりあの大猿がそれ程までに手を焼く相手ということだ。


 どれ程戦い続けていたのか定かではないが……焦燥と疲労の浮かぶ彼女達の顔を窺う限り、傍観に徹するわけにはいかないだろう。

 愛用の長槍サーベイヤーを階差隔離倉庫から取り出し、身を前傾に構えを取る。



「ここまで来てナンだが、一応聞いとくぞ。手出しは」


「「助けて!!」」


「心得た。…………よく頑張ったな」


「「すき…………」」


「…………機装活性化アクティベート、【サーベイヤー】」




 動きを見せた私に合わせて、どこからともなく音速をブチ抜いた特殊弾頭が飛来する。

 視認も対処も不可能であろう狙撃は大猿の右前肢へと着弾し、赤黒の斑の毛並みが円形に抉られ、弾け飛ぶ。


 ……しかしながら、以前試射したときよりも傷が浅い。それ程までに、体組織構成が頑強ということなのだろう。

 地球上に実在する生物を模し、頑強な身体構造物を持つ魔物マモノ……やはり『変異種』と見て間違い無い。


 問答無用で粒子レベルに分解する物騒な力場ではなく、あの『榴弾』のダメージソースはあくまでも『炸裂自壊による衝撃波』に過ぎないのだ。

 周囲への被害を未然に防ぐためとはいえ……これは威力を絞り過ぎたかもしれない。



 だが、だとしても問題にはならないだろう。

 単純な話だ。一発で致命傷に至らないのなら……致命傷に至るまで攻撃を続ければ良い。



 大猿の魔物の右前肢にて、二発三発四発と立て続けに炸裂が生じていく。

 さしもの大猿とて、さすがに負傷を無視できなくなったのだろう。痛みによるものか怒りによるものかは判断付かないが、明方の空気を揺るがす咆哮を上げる。


 この私の目の前で、そんなあからさまな隙を晒されては……それはもう『斬ってくれ』と言っているようなものだ。

 活性化アクティベートされた【サーベイヤー】の穂先は、傍から見れば突撃槍のようにも見えることだろう。おおよそ『斬る』という動作には不適に見えるだろうが、そんなことは関係無い。


 後肢目掛けて振り抜いた勢いそのまま、太い穂先の軌跡そのままに、頑強な体組織を抉り取る。

 頭頂高およそ5メートルの巨体を支える後肢、その片方を膝下で斬り飛ばされ、大猿は体勢を崩し前のめりに倒れていく。



アタマだ!」


「おっけぇ! ――! 【エルテイニス】!」


「合わせる! ――! 【シェダル】!」




 顔面からアスファルトに突っ込んだ大猿の後頭部目掛け、紅の光を纏う戦鎚メイスが……なんか巨大化した挙句に凝縮した炎を纏い、勢いよく振り下ろされる。

 脊椎動物における共通の弱点である『アタマ』を狙われては、頑強な『変異種』とてさすがに無事では居られないだろう。



 胸郭を拳で打ち鳴らしての威嚇ドラミングに、拳を地に突き四肢を用いての歩行ナックリング……口腔に備わる発声器官に、前肢の手指を器用に用いた投擲。

 ここまで忠実に森の賢者を再現しておいて、しかし弱点はその限りでないとか……そんなことになったら大顰蹙ひんしゅく間違い無しだ。



 くして、我々の期待通り。

 後頭部に致命的な一撃を受けた大猿は、恐らくは即座に活動を停止し。


 叩き込まれた戦槌の有り余る威力、その反動に……弾け飛んだ大猿の胸から下は、さらさらと宙に融けながらも勢いよくカッ飛ばされ。




「「あーーーー!!」」



 確かに質量は目減りしているが、それでも落下するまでに融けきることは無さそうで。

 その質量弾の向かう先には……この都市はもちろん周辺都市圏の物流を担う、ターミナル駅の駅ビルが控え。


 このままでは……良くて駅前ロータリー崩壊、最悪は鉄道網の麻痺と、どちらにせよ少なくない被害が予想されるであろう。

 賠償の責任等を負うことが無いとはいえ、さすがに顔を青褪めさせて悲鳴を上げる魔法少女二人。




「スー」


『回答。既に対処態勢にあると報告致します』


「さすがだ」



 音速を置き去りに飛翔した円筒形の弾頭が、形状ゆえの空気抵抗などものともせず一直線に突き進み、崩壊を続ける大猿の半身だったものへと狙い違わず着弾。

 権限保持者たるディンから発せられた『起爆』の指令を受け、大猿の残骸にめり込んだ円筒から球形の『対硬質物情報分解力場』が展開される。


 範囲内に存在する物質を問答無用で粒子レベルに分解する、物騒極まりない侵略機構。

 地表付近や、周囲に副次被害を生じさせる場面では使用を禁じていた弾頭だが……この位置このタイミングであれば、その心配もない。


 私の言いつけをきちんと遵守し、かつ周辺のヒトや建物の被害を防いでみせた。

 その判断力、そしてその精度と、制圧力。やはり彼女の成長が著しい。これは彼女の今後に期待が高まらざるを得ないだろう。




「かあさま! ワタシ、撃墜!」


「そうだな。本当によくやった」


「ゥえへへ〜〜〜〜!」



 ……まぁ、そのためには……先ずは。


 この全身をすっぽりと覆う外套のような医療スキンではない、ちゃんとした戦闘用衣装を繕ってやる必要があるのだが。


 そのあたりは……私の今後に期待せざるを得ないだろう。




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