第23話 接・触・事・態



 下着の選び方、などと改まって言われずとも……そんなの、だいたいサイズの合いそうなモノを適当に見繕えば良いのだろう。

 私は今日これまでそう考えていたし、今日ここに至っても当然そのつもりでいたのだが。



「そんなの絶対に許しませんよ。女の子ナメてるんですか?」


「ぬ………………」



 彼女から投げ掛けられた『どんな下着買うんですか?』の問いに対し、軽い気持ちで先のように答えたところ……割と本気でキレられた。

 なるほど、伊達に第一線を張っているわけでは無さそうだ。なかなかの気迫ではないか。



「……お話を聞いてから、『もしかして』って思ってたんですけど……【アルファ】さん、そもそも『お洋服』って持ってます?」


「…………こ」


「その全然合ってないカットソー以外に、です。……まさかとは思いますけど……下、履いてますよね? ちょっと捲っても良いですか?」


「や!? 待っ……!」


「なるほど…………大丈夫です。わかりました」


「そ、そう……」




 びっくりした。いきなり何を言い出すんだ、この娘は。


 ……いや、やはり以前私が吐き捨てた言葉を根に持っているのだろう。無理もない。

 自らの授かった権能と役割に誇りを持ち、魔物マモノとの戦いにその身を置いていた少女が……何も知らないポッと出の部外者に『弱いやつ』『引退しろ』『二度と会いたくない』などと吐き捨てられたのだ。


 自らには何の落ち度も無いだろうに……ただ上から降された指示を、律儀に全うしただけに過ぎないだろうに。

 そんな理不尽を味わえば、幼い少女とて恨みを抱いて当然だと思うし……私は仕返しを企てられて、当然だとも思う。




「下着、っていうか……お洋服全般を買いに来たんですよね? そうでしょう? 下着はもちろんとして、トップスからボトム……ちょっ、待って! なんで裸足なんですか!? まさか靴持ってないとか言いませんよね!?」


「………………いや、別に無くても……」


「…………………………」


「いや、嘘。買う。買うつもりだ。纏めて買おうと思って…………思って、ます」


「…………………………はぁー…………」




 彼女の怒りは尤もであり、また私の格好が酷いものであるという自覚もあり。特に格好に関しては反論の余地が一切無いため、彼女の苦言を受け流すことが出来ない。

 かつて吐いた言葉に対する負い目もあり、どうしたものかと返答に窮していたところ……他ならぬ彼女の口から、思ってもみなかった提案が飛び出してきた。



「……手伝いましょうか? 選ぶの」


「な…………や、」


「さっき【アルファ】さんが手に取った下着、あれマタニティーショーツですよ? なら止めませんけど……それでも、そもそもお尻のサイズ違うと思います。……自分のサイズ、把握してますか?」


「………………」


「……悪いようにはしません。が終わったら、また毛嫌いしてくれても構いませんから……これくらいは、お手伝いさせて下さい。……心配なんですよ」


「ぅ…………」




 ……確かに、女性としての経験が絶望的に不足しているのは疑う余地もない。

 ボクサーかトランクスか程度のハッキリした差がある男性用とは異なり、女性用の下着は材質も形状も様々だった。

 深く考えずに、ただなんとなく『肌触りが良かったから』と手に取ったものは、よりにもよって身重の女性用だという。……私には最も縁遠い下着だろう。


 今の私にとって、現金を得るのは容易ではない。下着以外にも服や靴など、必要な出費は致し方ないだろうが……不適切なものを買い、無駄遣いとなることは避けておきたい。

 私一人では知識に乏しいこともあり……有識者の助言を得られるのは、正直なところ助かる。




「……良いのか? 私なんかに構って」


「良いんです。私は靴下買いに来ただけですし。……もうハッキリ言いますが、【アルファ】さんみたいなカワイイ女の子がハレン……そんな格好してると……その、よろしくないんです」


「は、れん…………」



 慌てて周囲へと視線を巡らせると……衣料品店に居合わせた一般の買い物客その全てが、私と目が合うや否や即座に目を逸らしてみせた。

 その行動、その表情は……得てして『恥ずかしいものを盗み見る』ようなものに見える。


 つまるところ――誠に遺憾だが――現在の私の装いは甚だ『破廉恥』だということなのだろう。


 そんな『破廉恥』な格好で、平然と人前に出ていた私には……もはや常人の感覚が無いということに他ならない。

 そして何よりも……私に常人の感覚が無いというのなら、真っ当な買い物ができるとは思えない。




「…………【パーシアス・エベナウム】」


「おシゴト外なので、美怜みれいで。榎本えもと美怜みれいです」


「…………年頃の娘が、そう簡単に……赤の他人に名前を教えるもんじゃない」


「下着さえ満足に選べないお子様に子ども扱いされたくないですね」


「おこ、ッ、」



 落ち着け。大丈夫だ……落ち着け。

 彼女の主張は何も間違っていない。私の外観は確かに子供であり、加えて常識的な装いさえ自力では揃えられないのだ。全面的に彼女が正しい。


 よって、非を認めるべきは私。

 そもそも私は……これから彼女に、助けを請おうとしている立場なのだ。




「………………エモト、さん」


美怜みれいです」


「エモトさん。済まないが」


美怜みれい


「…………私の買い物に、付き合ってもらえないだろうか。…………エモトさん」


「ぇええ…………そこは折れるトコじゃないですか……?」



 がっくりと肩を落とし、オーバーリアクション気味に嘆いてみせたが……しかしその表情には明らかな『喜色』が顔を覗かせる。

 私の買い物に付き合わされるのが、そんなにも愉快だというのだろうか。



 …………しかし、まぁ……確かに。

 恐らくは『放置するのも危険な破廉恥生物』に危機感を抱いての、彼女の正義感から来たのであろう提案ではあるが。



 あの最悪な離別のまま、嫌われたままでいるよりかは……ずっと良いかもしれないな。



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