第24話 衝・突・回・避



「い、いや! は要らないだろ! 下だけで」


「素肌に直でカットソー着るような子に選択の余地があると思ってるんですか? ただのカップ付きキャミですから、観念して下さい」


「カッ……!? キャ!? …………そ、そんな女々しいモノが本当に必要なのか!? この程度のサイズで」


「トップとアンダーの差が13センチもあって『必要無い』が通じると思ってるんですか?」


「…………通じない、のか?」


「大抵のオトナは勧めると思いますよ」


「………………」




 身近な比較対象が【D型】しかいなかった、ということもあるのだろうが……そもそも関連の知識がゼロだったこともあるだろう。

 私にもたぐいが必要と断言されることになろうとは、まさか思いもしなかった。



 なんでも……下着を調達するにあたっては、先ず身体の各部寸法を測るのが常識であるらしい。

 店舗奥の小部屋へと連れ込まれた私は、店員女性の手による計測を受けていたのだが……まあ、あの瞬間の彼女達の『呆れ』に満ちた表情は、そうそう忘れられるものではない。

 細部に至るまで精巧に再現された機体に対しては、特に違和感を抱かれることは無かったようだが……さすがに『ふんどし』に関しては、言い逃れのしようが無かったらしい。


 ともあれその計測の結果、私の胸部であっても保護用下着の着用が常識であるということが判明し……先のように途方に暮れていた次第である。

 ……この中に仕込まれているものなど、ただの熱紋探知機と軟質保護材に過ぎないというのに。



「小さくたってちゃんと膨らんでるんですから、大事にしてあげなきゃダメです。オーバーサイズの着てたら、擦れちゃうじゃないですか。運動したり…………その、してるときとか、ちゃんと保護しておかないと大変なんです。肌が傷ついちゃったり、痛いのを気にして猫背になっちゃったり、色々と良くないんですよ」


「………………詳しいんだな」


「…………私も、そう教わったので」




 ……とはいったものの、私の普段の移動といえば『歩く』か『浮遊』が殆どだ。胸が服に擦れる程の運動など滅多に行わないので、やはり『保護』という観点では必要性に疑問が残る。

 また……彼女のいう『おシゴト』に際して。実際に激しく動く際には重力場干渉による制動が掛かっているので、例えるのなら『月面で跳び跳ねてる感じ』といったところだろうか。着衣も重力に引かれずと追従してくるので、そこまで擦れることも無い。


 しかしながら、彼女達にそんなことを告白するわけにはいくまい。

 パーシアス……もとい、少女エモトだけでなく、今や店員女性にも『非常識』認定されてしまった私が何を言ったところで、この時代この国においての『常識人』である彼女達に抗うことなど出来やしまい。



 ……よって。

 今の私に取れる手段は。




「………………予算、一万円なんだが……足りるか?」


「何とかします。トップスとボトムス、あと靴と靴下、下着上下最低2セット、それでいて見た目も良い感じのコーデ……『しまうら』なら何とかなります」


「いや、下着べつに一着あれば」


「お洗濯するときノーパン丸出しで過ごす気ですか? 女の子がそんなの許されると思ってるんですか?」


「はい。すみません」


「よろしい。……まぁ、任せて下さい。小さい子のお世話とか、お洋服選んだりとか……結構慣れてるんですよ、私」


「………………」




 自分よりも圧倒的に年下である少女に、よりにもよって『小さい子』扱いされるのは複雑な心境だが……しかしここは彼女らに任せてしまうが吉だろう。

 他ならぬ『常識人』が選んだ装いであれば、人波の中を闊歩していても何ら可怪おかしくはないはずだ。


 ……であれば、第二次以降の資金調達も行い易くなってくるだろう。

 近い将来に【D型】の覚醒を備えている以上、また衣料調達の必要が生じる可能性は極めて高い。



 それに……ヒトとして振舞える装いが整えられるのなら。

 堂々と街中に出向き、散策していても……許されるというのなら。


 衣料に限らず、買い物や食事や娯楽など……もっと様々な可能性が出てくるというのなら。




「……すまない、手間を掛けるが……よろしく頼む。エ」


美怜みれい


「宜しくお願いします、エモトさん」


「本っ当に聞き分けの悪い子ですねっ!」



 私よりも弱い娘に従う理由は無い。……との言葉を飲み込んだのは、が齎す少女への悪影響を懸念することが出来たから。


 私と彼女は、確かにその思想は相容れない。

 幼子おさなごが戦力と見做みなされることを認めたくない私と、確かな実力と経験のもと人々のため戦わんとする【神兵パーシアス】とでは……それぞれの意思が馴染むことは無い。


 しかしながら……双方が『敵』とするものは、あくまでも同一のもの。

 その行き着く先とは『被害を可能な限り減らす』という、当たり前のように共通したもの。


 ……で、あれば。

 私達の向く先が、同一だというのなら。

 全てとはいかないまでも……足並みを揃えることは、決して難しくないだろう。




(…………まぁ、彼女らのにだけは、絶対に靡きたかねぇけどな)


『肯定。未だ個体として完熟を迎えていない未成熟個体を戦力として計上する行為に関し、支配層としての思考パターンに多数の論理的疑問点が生じます』


(どうせ我が身可愛さだろ。敬われるべき自分達が苦労するのは我慢ならん、若年層に負担させよう。……あのテの老人共の考えることなんざ、何時いつの時代も一緒だよ)


『肯定。中枢思考区の論理的不備によるインシデントは末端行動区のタスクとして挽回の必要性が生じるものと定義されておりますが、当該規定は非論理的かつ非効率的なフローであるとの思考を当艦は所持しておりました』


(……お前も苦労してたんだな)




 一体何がそんなに楽しいのか……私に買わせる下着や衣類を『これはどうだ』『こっちはどうだ』などと、店員女性を巻き込み選び始めた【神兵パーシアス】の魔法少女。

 こうして日常に染まっている分には――巻き込まれているのが私だという点を除けば――微笑ましいものであり、彼女のような年頃の少女にとって『本来あるべき姿』なのだろう。


 そもそもの話……最前線の矢面に立たされているのが『年端も行かぬ少女』という時点で、部外者たる私は違和感を覚えずに居られない。

 仮に『あの魔物マモノの体組織を破壊できるのは魔法少女だけだ』などと言われれば、それは呑み込むしかないのだが……ということは、私含め大部分のヒトが知っている筈だ。



 この国とは異なり『魔法少女』を擁していない他国は、自国の軍隊が対処に当たっている。


 この国においても『魔法少女』の展開が間に合わないケース等は、火器や兵器を携えた軍勢が対処に当たる。


 そして何よりも……魔法少女私が、『魔法』とやらを用いることなく対処出来てしまっている。



 『魔物マモノ』対策といえば『魔法少女』と、恐らくはこの国の大多数が『当たり前のこと』であると捉えており……それどころかむしろ、国がその思考を推進しているような部分も見受けられる。

 だからこそ……国の機関であろう彼女らの上役共のことが、私は到底信用出来ない。


 日常が脅かされることが『当たり前のこと』だなどと。

 たとえそれが常識であろうと、所詮『余所者』であり『非常識』である私だけは、到底受け入れるわけにはいかない。




「どうですか【アルファ】さん! 最高の出来ばえです! 私と店員さん入魂の作品ですよ!」


他機ヒトを作品呼ばわりするな」


「上下と靴まで一式揃えて、下着もちゃんと2着込みです! ローテまで合わせられなかったのが無念ですが……」


「いや、大丈夫だ。気にす………………あの、予算、私一万円って」


「足りなかったところは私が出すので大丈夫です! これでも蓄えはバッチリですし……むしろ【アルファ】さんが貰うべきものまで、私達が頂いちゃってるので」


「いやあの、しかし、だとしても」


「…………あの、ほんと大丈夫なので……もしよかったら、奢らせて下さい。私達はあなたに、何度も助けられました。……なのに、のお礼すら、一度だって出来てないんです」


「ぐ…………」




 彼女の口ぶりから察するに、彼女達は『魔法少女』としての職務に応じ、相応の手当を受け取っているのだろう。

 そうでなければ筋が通らないし、もし仮に無給での奉仕を強いているようなら……私は直ちにこの国を滅ぼさねばならない。


 相当の危険が見込まれることを踏まえると……具体的な金額を聞く気はないが――彼女達が未成年という部分を考慮しても――その額は相当のものなのであろう。であれば、彼女のこの申し出も頷ける。

 強がりや見栄ではなく、本心からの言葉なのだろう。どこまでも清廉で真っ直ぐな彼女は、純粋なる感謝の気持ちから『不足分は自分が賄う』と言っているのだ。



 本来は、アルファが貰うべきだった報酬モノなのだと。今日ここまで世話になった末に言われてしまえば……呑み込むしかないだろう。




「…………では、お言葉に甘えさせてもらおう。……感謝する、エモトさん」


「本っっ当に頑固ですね! いつか名前で呼ばせてやりますから!」


「二つ名なら何度でも呼んでやるがな」


「可愛い顔して可愛げの無い事を……!」




 ……良いだろう。彼女達が望んで戦うというのなら。

 他の誰に指示されたでもなく、彼女自身の意志でその役割を全うするというのなら。


 私はただの部外者として、勝手に彼女達の日常を担保してやろう。

 勝手に気を配り、勝手に世話を焼き……しかし奴らの求めには応じず、その体制を『否』と示し続けよう。



 潜伏し、侵食し、侵略するためのこの機体身体で……せいぜいことをしてやろうではないか。


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