■国家指定対災調査員事務局 関東第三支部



『ちょ、ちょっ、すみませんちょっと待って下さい。待って、待っ…………え? 嘘でしょう? そんなワケさすがに……』


「いえ、ほんとに……嘘だったら良かったんですけどね。……少なくとも、普通にお店で買えるような下着じゃなかったです。ありあわせの布で、自分で作ってみた……みたいな」


『…………ぇえ、そん………………ぇえええ』


「……いちおう、店員さんもその場に居合わせたので……『しまうら鷹森店』の『モトムラ』さんって店員さんに確認取って頂ければ」


『いえ、すみません。そこ疑ってないんですが……しかし、ある意味信じ難いと……いや『自作の下着』って…………ぇえ』




 この世界に受肉を果たし、災いをもたらす『混沌』の存在である『災魔』。

 その対処を主任務とする国家指定調査員、俗称『魔法少女』。

 そんな『魔法少女』達の職場にして、詰所にして、司令部にして、溜まり場でもある多目的拠点……通称『アトリエ』。


 関東地方に複数存在するうちの一つ、その会議室にて……とても信じがたい報告を受けた画面越しの中年男性と、とても信じがたい報告を上げざるを得なかった少女、ついでに機器操作を担当する中年男性が、揃って頭を抱えていた。



 今日はもともと当直に入っていない非番の日であり、本来ならば顔を出す必要も無かった少女であったが……かといって『顔を出してはならない』わけでもない。

 私用で街に出ていた際に遭遇したについて報告を上げるため、映像通話会議環境が整えられた事務局へと顔を出した次第である。




『…………すみません、取り乱しました。続けて下さい』


「はい。……それで、お洋服……っていうか、主に下着を買いたかったみたいなんですけど……持ってたお金が、ちょっと変だったんです」


『…………変、とは?』


「お財布も無くて、素手で持ってたんです。……一万円札を、一枚だけ」


『それは……確かに。変というか、奇妙というか』


「誰かから貰ったお小遣いのかなって思って、聞いてみたんです。そしたら『大丈夫、ちゃんと自分の体で稼いだお金だ』って」


『…………………………』


「…………………………」


「…………あ、あの?」




 映像通話先の中年男性と、会議室内に同席していた実務担当中年男性の両名は、告げられた報告を理解するとともに息を呑み……言葉を失う。

 報告を上げている【神兵パーシアス】の魔法少女本人、未だ在学中の少女がに思い至っていないことを祈りつつも……あの白銀の少女が金子を『自分で稼いだ』と聞き、嫌な予感が湧き立たずにはいられない。


 戸籍も持たず、満足に食事も摂れず、着るものにも難儀している……しかし容姿は非常に整っている少女。

 マトモな生活環境を持ち合わせないであろう少女が、数百円や数千円の規模ではなく『万札』を稼ぐ手法など……軽く考える限りでも、そう多くはないように思えてしまう。

 

 どうか只の下らぬ勘違いであってくれ、何かの思い違いであってくれと。

 衝撃的な報告を上げた【神兵パーシアス】の言葉を受け、大人達は血の気が引く音が聴こえたような心境で、そう祈らずには居られなかった。




『…………そう、ですね……【神兵パーシアス】さんの対応で、全く問題ありません。ありがとうございました。経費として事務局で支払いましょう。……ほんの僅かとはいえ、【アルファ】さんが受け取ってくれたのは有り難い。此方としても救われた気分です』


「大臣、しかし…………しかし!」


『解っています支部長。国家指定調査員『魔法少女』達を預かる立場としても、またこの国の現状を憂う一人の大人としても……彼女【アルファ】さんの置かれる状況が、このままで良いとは思っていません』




 少なくとも表面上は平静を取り繕った本鳥羽ほんとば大臣は、今回の【神兵パーシアス】の対応に心から感謝の意を述べる。

 加えて……謝意も誠意も伝わらぬと知りながらも、魔法少女【イノセント・アルファ】への接触について、改めて思考を巡らせる。


 とはいえ接触する機会を得ることは叶わず、また直接感謝の意を示すことが出来ない大人達にとって……今回のケースのように魔法少女達を介して謝意を示すことが、現状唯一残された手段であるといえる。

 実際に彼女【イノセント・アルファ】に助けられたという魔法少女は、決して少なくない。儚げな容姿と絶対的な実力を備える彼女に対し、日頃から『彼女【アルファ】に会いたい』『お礼を伝えたい』『仲良くなりたい』と願う魔法少女達もまた、少なくないどころか大多数なのだ。


 そんな彼女達の気持ちを『利用する』と言えば聞こえは悪いが……今回のようなケースを参考に、なんとか彼女の生活を支援することは出来ないだろうか。

 ……もっとも、彼女と遭遇することが、まずもって困難であろう。思うようにはいかないだろうと理解しているが。




「…………そういえば大臣、先日の【神鯨ケートス】さんの『作戦』は」


「えっと……失敗した、って言ってました。みうさ……【神鯨ケートス】さん」


『えぇ、私の方にも報告頂いてます。……なんでも聞くところによると……自分は『満腹だから』と遠慮して受け取らず、年少の……近畿第二の【跳兎レポリス】さんと【導犬マイリア】さんに振る舞った、と』


「あの二人は……! ……はぁ……悪い子じゃない、いや……素直で良い子なんですけどね」


「無理もないですよ、あの子たちには『作戦』教えてなかったんでしょう? ……半泣きでしたよ、【神鯨ケートス】さん。『お腹空いてないわけないのに』って」


『渡すものも悪かったのかもしれません。……日持ちするものであれば、あるいは…………えっ? 何です? …………えっ!? あっ……すみません、【神兵パーシアス】さん、平林支部長、時間が』


「あぁ………、承知しました。お忙しいところ、ありがとうございます」


「あっ……ありがとうございました! 本鳥羽ほんとば大臣!」


『いえいえ、こちらこそ。……また何かありましたら、お願いしますね』




 大型モニターに映し出されていた中年男性が、ばたばたと慌ただしく姿を消し……程なくして映像出力信号そのものが途切れる。


 多忙な『大臣』の職責に就く者の、僅かな空き時間を使った突発的な会議ではあったが。

 この場に居合わせた者の……そして同じ組織に籍を置く者たちの想いは、今や自然と一致していた。



 全国を股にかけ、誰よりも積極的に、誰よりも多くの災魔サイマを下し……しかし決して報われない。

 私生活は崩壊し、国の支援からも見放され、かと思えば一方的な訓示に怯え身を隠す日々。

 そんな彼女を、しかしこのまま眺めているわけにはいかない。なんとかして報いたいと思い続けてきた者達の想いが……ほんの一片、無理やりとはいえ、しかし確かに届いたのだ。




「……やはり…………月並みな言葉ですが、『仲良くして頂く』のが……一番の近道なのかもしれませんね」


「私もそう思います。……たしかにあの子は、口も悪いし態度も悪いし聞き分けも悪いし、頑固だし強情だし非常識だしあとハレンチだし、ダメなところいっっっぱいあるけど」


「随分あるんですね……」


「でも! 可愛いし強いし良い子だし優しいし、あとちょっと抜けてるけど可愛いし、ぶすっとした顔も可愛いし……とにかく良いところもいっっっっぱいあるんです!」


「随分と、その……気に入ってるんですね?」


「もちろん! 私も、あともちろん理沙りさちゃ……【星蠍スコルピウス】も! あの子とずーっと仲良くなりたくって!」





 確かに、初めて相対した『白銀の魔法少女』から心無い言葉を投げられたときは……悲しかった。憤りもした。


 【神兵パーシアス】と【星蠍スコルピウス】……関東第三の主戦力と言われる自分達は、これまで多くの魔物マモノを倒してきた実力者だ。

 多くの仲間や後輩を守ってきたという自負もあるし、またこれからも皆を守っていく立場なのだと、当たり前のように考えていた。



 だが……あの『人語を話す鎧型の魔物マモノ』と会敵し、上には上がいるのだということを思い知り、そこを【イノセント・アルファ】に助けられ。

 親友であり相棒である【星蠍スコルピウス】ともども、一時は塞ぎ込みもした。

 上位だと信じて疑わなかった自分達の実力が、まだまだ未熟なのだと思い知った。


 何よりも……自分たちが守りたいと願う存在である、自分たちよりも年下であろう小さな彼女に、助けられた。守られた。命を救われた。

 そのことに悔しさを感じたのは事実だが……また同時に、嬉しくもあった。



 自分たちにのことがあっても、仲間を、後輩を守ってくれる者が居る。

 自分たちに勝てない相手が現れても、助けてくれる者が居る。


 自ら望んだこととはいえ、多くの人々の命と生活を背負ってきた自分たちには……その残酷な事実は単純に、とてつもない安心感をもたらしてくれたのだ。




「だから……たとえあの子が、私や理沙ちゃんスコルピウスに『会いたくない』って思ってたとしても! ……それは、確かに……とっても悲しくはあるけど…………でも、あの子が私たちの『希望』でいてくれることは……変わらないから」


「…………仲良くなれると、良いですね」


「はいっ!」





 規格外の闖入者、白銀の魔法少女への『敵意』を込めた視線など……既に【神兵パーシアス】【星蠍スコルピウス】は持ち合わせておらず。

 ひそめられたその視線に篭められていた『負の感情』とは……憧れに追いすがれない『悔しさ』と、そして嫌われているという事実に対する『悲しさ』に他ならない。



 しかしながら、奇しくも【神兵パーシアス】本人によって齎された、ほんの些細な希望を見出し。

 不器用かつ乱暴な物言いの少女であり、しかし話しかければきちんと返してくれる子であり……そしてその根底では確かに『魔法少女』たちの身を案じてくれている、不器用で優しい子なのだということを感じ取った。


 未知そのものであった【イノセント・アルファ】を、ほんの少しだが『既知』に出来たのだ。




 この日を境に……関東第三所属はもちろん、多くの魔法少女達の『【アルファ】ちゃんと仲良くなりたい』ムーブメントは。

 全国規模で、同時多発的に、本人のあずかり知らぬところで、一気に盛り上がりを見せていくことになる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る