第21話 情・報・開・示



 西日本某所、主要都市のオフィスビル街。つい小一時間ほど前には避難警報が鳴り響き、赤黒の『魔物マモノ』と白銀の部外者が大暴れしていた地点の、ほんの直ぐ近く。

 警報が解除されたことで、業務に戻らざるを得なくなった人々社畜の表情を見下ろす此処ここは、そのへんの高層ビルの屋上である。


 …………いや、もう世間一般での定時は過ぎているはずなのだが……このあたりの業務改善や労働者の地位向上は、残念なことにここ半世紀でも進歩が見られないようだ。

 こればかりは……私には何も出来ない。どうか強く生きてほしい。




「……どうしたの【アルファ】ちゃん。……どっか痛い? だいじょうぶ?」


「え? …………あぁ、大丈夫だ」


「ほんとにだいじょぶ? ……やっぱゴー○ーイチ食べる?」


「大丈夫だから。お前らが貰っとけ」


「「ふぁーい」」




 部外者が立ち入らないであろうこの場所では、現在4名の魔法少女……3名の魔法少女と1機の部外者が、顔を突き合わせている状況だ。

 私に何か用件があるらしい【神鯨ケートス】が、どういうつもりなのか一向に話を切り出してこないので、どうせならこちらから聞きたいことを尋ねてみようかと駄目元ダメモトで持ちかけてみたところ……意外なことに聴取が叶いそうな雰囲気だったため、場所を移した次第である。


 なお【跳兎レポリス】と【導犬マイリア】の二人は、完全にオマケといったところだ。

 申し訳ないが彼女らに用は無い。豚饅食って大人しくしていてほしい。




「……それじゃ、改めて訊くが……そちらでは、魔物マモノの出現をどうやって感知している? 魔法少女が現地に派遣されるまでの段取を…………可能であれば、聞かせてほしい」


「っ、はいっ。……大丈夫、です」



 大丈夫なのかよ、という私の声にならない突っ込みを余所に。

 実働一課所属であるらしい彼女は――恐らく、本来なら部外者に教えて良い内容でもないだろうに――辿々しくも説明を始めた。



 そうして解ったのは……やはり私の予想通り、あちらは魔物マモノが実際に現出してからでなければ、その存在を察知出来ないということ。

 全国各地の現出頻発区域に、ローテーションが組めるよう魔法少女を配してはいるが、やはり連絡を取り現地に急行させるまでに一定の時間を要してしまうということ。


 加えて……彼女【神鯨ケートス】のように転移魔法を備えた魔法少女も居るには居るが、そもそも『転移』持ちは絶対数が少ないため、即応出来る状況は極めて限定的であること。

 ……また、得てして『転移』持ちは実戦闘能力が若干劣っていたり、戦闘を苦手とする者が多いとのこと。



「っ、だから…………【アルファ】さんが、急行してくれて……今日みたいに、被害を抑えてくれるのは、とても助かり――」


だ。コッチも察知出来る状況には限りがある。あまり当てにしてもらっても困る」


「ぁ、ぅ、…………ごめんなさい」


「……いや、悪い。……申し訳ない、アンタに言ったところでな」


「………………ごめん、なさい」




 これまで我々が魔物マモノ出没を感知してきた手段とは、その全てがカメラによる単純な『有視覚索敵』によるものだ。

 今回こうして魔物マモノ現出の兆候を察知出来たのはであり、普段は直接魔物マモノの姿を視認する、もしくは魔法少女との戦闘行動を感知することで、私へと報告が上げられる形となっている。


 国じゅうの地表映像を常時モニターし、魔物マモノらしき反応を目を皿にして探しているスーには……正直あまり感謝したくはないが、感謝せざるを得ない。

 常にカメラを光らせ、画像処理を絶えず行っているとなると……いったいどれ程の処理速度を必要とするのか。



『解説。揚星艇、識別呼称『キャンプ』動力区を除く制御区出力において、処理能力のパーセント表記72を有視覚索敵に充てております。今後現出頻発地域の精査を行い、要探査地域の選別による効率化は可能であると判断致します』


(そいつはどうも。……今後の働きに期待する)


『了解。尽力致します』




 とはいえやはり、探知効率については完全に頭打ちということだろうか。

 魔法少女達の組織が用いる探知手法は、その仔細は不明ながら、天候や時間帯に囚われずに現出を探知することが出来るらしい。

 一方で我々は……一部のケースにおいて、先んじて現出を察知することは出来るが、その反面悪天候や夜間となれば後手に回らざるを得ない。


 ……直接の通信回線ホットラインでも構築すれば、多少は効率も上がるのだろうが……私の手の内を明らかにするリスクもデカい。それこそ『実は魔法少女ではありませんでした』って白状するようなものだろう。

 自分から名乗ったわけじゃないとはいえ、それでも『地球外文明を私的に利用している』だなんて事実をアピールしてしまった日には……仮にの組織が肩を持ってくれたとしても、それ以外にどれ程の敵が増えるか予測すら立てられまい。


 しかしまぁそもそもの話、通信規格や動力規格も異なるのだ。こちらの通信器は互換性が無いだろうし、地球文明の通信機を持ち込んだところで電力規格が合わないだろう。

 スマホだ何だを調達したところで、充電出来なければどうしようも無いわけだ。

 とはいえ、戸籍や口座を持っていない時点で、スマホの所持はまず困難だろう。その調達難易度は……下着なんかの比ではない。



 ……そうだ、思い出した。私はをしている場合ではない。

 今の私には、何よりも優先すべきことが……至上目標があるのだ。


 魔物マモノ探知の手段に関して、何か得られるものがあればと考え時間を貰ったが……どうやら彼女ら魔法少女側も、これ以上伏せている手札は無さそうだ。

 ……これ以上の長居は、色々な意味で賢明とは言えないだろう。




「…………私の、探知は」


「えっ?」


「私が、魔物マモノを探知するのは……詳しくは言わないが、視覚に由来するものだ」


「…………はい」



 本心から申し訳無さそうにしている【神鯨ケートス】に、毒気を抜かれほだされたわけではない。

 年長にあたるであろう彼女も含め、未成年の少女に過ぎない魔法少女達が戦うことに……思うところが無いわけではない。


 とはいえ、認めるしかないだろう。我々の探知能力では……全ての魔物マモノ現出を事前に把握し被害を絶無とすることは、どうあれ不可能である。




「……仮に、もし、対処に困る魔物マモノが出たら……何でも良い、合図を撃ち上げろ」


「っ、…………それ、は……皆、には」


「広めて構わない。……知らない場所で死なれるより、ずっとマシだ」



 私一人で全土をカバーすることが不可能である以上……私がどれほど強がったところで、魔法少女達の手を借りなければ被害を抑えることは出来ない。

 現実を直視せずに理想論を貫くほど、私は愚かではないはずだ。




「…………ありがとう、ございます」


「……あぁ」



 面と向かって、こうも真っ直ぐに礼を言われるのは……やはり慣れない。

 どう取り繕ったところで、私が限界を感じて『音を上げた』事実に変わりは無い。至らなさを誤魔化すことなど出来はしないのだ。




「……じゃあな。無茶はするなよ」


「あ、あのっ!」


「あー! 待って【アルファ】ちゃん!」


「ライン交換しよライン!」



 追い縋るような声に背を向け、私は『転送』を行使する。本音を言うと直ぐにでも下着を調達に向かいたいが、あの状況では3人が3人とも『ついていく』だなどと言い出しかねない。

 遺憾ではあるが……一旦揚星艇キャンプへと撤退を図り、彼女らの担当エリアで店舗を見繕うのが妥当だろう。



 ……全く。通販さえ利用できれば、こんな悩みを抱く必要もないだろうに。

 地上には所在地を持っておらず、高度3万メートルに届けてくれる運送業者に見当がつかない以上、考えるだけ無駄だろう。


 生前のような便利な生活は……異星文明に浸ってしまった私にとって、月よりも遠いものだった。


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