第20話 事・態・追・加



 そもそも今日は非番オフのつもりでいただとか、別の用事を終えた直後だっただとか、当初はバックアップに専念するつもりだっただとか、まぁ言い訳は色々と出てくるのだろうが。

 だが……残念なことに、いつもと異なる装いで戦場に現れてしまったという一点に関しては、もはやどうすることも出来ないのだ。


 今の私の装いが『自作ダボT』だということを完全に失念したまま、注意喚起のためとはいえドッカドッカと衝射砲を連射し、自ら注目を集めにいったのだ。

 ダボダボのダボT姿で槍を振り回す魔法少女なんて、そんな間抜けな話は前代未聞だ。恐らく未だかつて、誰も見たこと無いであろう。




「………………憂鬱だ」


『提案。通常戦闘衣装以外の装いをアピールポイントに、他魔法少女との差別化の推進を提起致します』


「気が向いたらな!」



 苛立ち紛れに吐き捨て、私は足元の赤黒い物体を足蹴にする。

 分割されて路面に転がる『魔物マモノだったもの』は、完全に活動を停止し汚泥と化して宙に解けていくところだ。


 ……まぁ、案の定というか……余裕極まりない相手だった。

 槍を突き込めば普通に突き抜けるし、振り下ろせば容易に割断出来る。敏捷性も然程高くはなかったし、特徴的な強みらしきものも特には見られない。

 現出場所が場所なだけに、急いで駆除に取り掛かったが……はっきり言って、私が出る幕では無かった気がする。少なくともで衆目を浴びる必要は、やはり無かったように思う。


 先日の……並外れた防御力を持つ鈍亀ドンガメが、やはり異常だったのだろう。

 実際、魔法少女たちも攻めあぐねていた。別に自惚れるつもりは無いのだが……しかし私が現れなかったら、果たして駆除にどれ程の時間を要するのだろうか。



 自分や他人の命を背負わされ、延々と戦い続けるだなんて……年端も行かぬ少女にとって、その負担は如何程のものなのだろうか。





「ああー! 【アルファ】ちゃーーーん!」


「わあああーーんありがとぉーー!!」



 ……そんな余計なことを考えている間に、どうやらこの地区担当の魔法少女達が、ようやく現場へと到着したようだ。

 私が大騒ぎを始めてから、ざっくり20分といったところだろうか。今回の展開速度が標準であるとは思っていないが……魔物マモノが現出してから15分程度は、フリーになる時間が出来てしまうということか。


 幸いなことに、駆けつけた魔法少女はどちらも既知の相手である。

 【跳兎レポリス】と【導犬マイリア】……平日は本業学業との兼ね合いもあるだろうに、一切の翳りを感じさせず職務に取り組む姿勢は称賛に値する。

 とはいえやはり、本来庇護されるべき彼女らが戦わされている点は甚だ遺憾なのだが……今日のところは置いておこう。今確認すべきはじゃない。




「……丁度良かった。訊きたいことがある」


「えっ、なになに? 何でも聞いて!」


「…………魔物マモノの、襲撃。……は、どうやって感知してる?」


「えっとね、わたしたちは『本部』のひとたちからスマホ渡されててね、そこに警戒レベルと出動要請が飛んでくるの」


「………………魔物マモノは、その『本部』とやらは、どうやって感知している?」


「…………?」「えー、っと……」




 ……まぁ、仕方無いか。

 見るからに幼げで……ともすると、機密情報を容易にお漏らししてしまいそうな彼女達である。

 その『本部』とやらも与える情報は絞っているだろうし……裏方の仕事を気にする余裕が出てくるのは、まだ先のことだろう。



「……えっと……ごめん、ね?」


「あの……アルファ、ちゃん?」



 避難指示の出されたであろうタイミングから鑑みるに、恐らくは現出何かしらの手段で察知しているのだろう。

 そこから該当地域に避難指示を出し、即応可能な魔法少女達に連絡を取り、現地へ急行して対処に当たる。

 ……ある程度のタイムラグが生じてしまうのは、仕方の無いことなのだろう。



「ねーえ? アルファちゃーん?」


「あの……もしもーし? きこえてるー?」



 とはいえ我々も、そこまで機敏に反応できるわけではない。

 今回スーが現出予測を打ち出せたのは、あくまで有視界環境が整っていたからに過ぎない。揚星艇の高感度カメラにて赤黒いモヤの集束を確認し、そこから予測を立てたものであり……つまるところ雲に覆われていたり、或いは夜間であれば、高空から出現を感知することは不可能なのだ。


 彼女達の上役が、どういった手段で『魔物マモノ』を感知しているのか。……そこが判れば色々と便利になるのだろうが、やはり一朝一夕ではいかないか。



『警告。高次元の空間歪曲反応を検知致しました』


「ッ!!?」「わぁ!?」「きゃあ!」



 武器を握り締め一足で飛び退き、突然の私の行動に悲鳴を上げる二人を意識の端に……果たしてスーの『警告』の通り、あまりにも不自然な空間の歪みが現れる。

 それはあっという間に規模を増し、やがてヒト一人ひとりが通り抜けられる規模にまで拡大していき。


 その歪みから……紫香の輝きを放つ装束に身を包んだ、一人の少女が姿を現す。




「また魔法少女……増援か?」


「…………あっ、えっと……あの」



 魔物の騒ぎが落ち着いてからの、はっきり言って『今更な』タイミングでのお出ましだ。現地には既に【跳兎レポリス】【導犬マイリア】両名が配されており、恐らくは状況の報告も行っているだろうに。

 ……まぁ、ここまであからさまであれば、逆に解り易くて助かる。

 要するに彼女の目的は魔物マモノではなく……この場に存在する、もう一つののほうなのだろう。




「…………先に言っておこう。私は……お前達が【イノセント・アルファ】と名付けた。危険地帯に幼子を放り込んで、自らは安全地帯から高みの見物を決め込む奴らのコトが大嫌いな……ただの通りすがりの部外者だ」


「っ、はいっ! あのっ、えっと…………わ、私は、【神鯨ケートス】の……実働一課、【ケートス・ヘリオトロープ】、ですっ!」


「ご丁寧にどうも。…………それで、その実働一課様が何の用だ? 任意同行だったら全力で断るけど」


「……っ! ちが……あ、えっと、あの……!」



 敵意の象徴である武器を直接向けはせず、しかし納めず強く握り直し。

 敵意を充分に含ませた名乗りに対し……後から現れた紫香の魔法少女は、おどおどとしながらも銘を名乗る。


 しかし、【神鯨ケートス】……転移系の魔法を操ることと言い、上から数えた方が早い実力者であることは疑い無いだろう。


 ……それ程の者が、わざわざ出向いてくるとは。

 いきなり武器を向けられなかったということは、実力行使に出られることは無いだろうが……であれば説得か、あるいは取引を持ち掛けられるか。そのあたりだろうかと予測を立てる……が。

 だがしかし、仮にそうだったとして。眼前の少女はお世辞にも……その、弁が立つようには見えない。



 魔法少女達を束ねる組織の実力者が、恐らくほぼ間違いなく『私』を狙い、わざわざ足を運んだ理由。

 実力行使でも、ましてや言いくるめるでもなく……相変わらず視線をせわしなく彷徨わせていた【神鯨ケートス】は、やがておずおずと口を開き。




「……あの………………ゴー○ーイチ」


「ご………………は?」


「えっと、ね? …………5○1、蓬莱の。……ある、けど……食べる?」


「……………………」


「……………………」


「……えーっと…………今は、腹減ってない……ので」


「ぁ、ぅ、…………………そう……」




 …………もしこれが全て演技であって、私を丸め込もうとする本音を隠しての振る舞いであったというのなら……私は素直に負けを認めよう。



 そう感じさせてしまう程に、それはそれは見事なまでの『しゅん』とした表情で。

 何者かに祈るように両手を抱き込んで……【神鯨ケートス】の魔法少女は、しょんぼりと項垂れてみせた。




 …………何がしたいんだ、本当に。



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