第19話 気・分・上・々



 これまで散々主張しているように、私の身体は今は亡き異星人どもによって造られた、原生生物型アンドロイドだ。

 女性型ゆえ、厳密には『ガイノイド』が正しいのだろうが、まぁそのあたりの定義はどうでも良いだろう。


 無尽蔵とも言える動力炉を備えた機械の身体は、当然だが食事による外的エネルギー供給を必要としない。

 しかしながら、主目的として『潜入探索』を掲げている本機体。原生生物であるヒト種に溶け込めるようにと、身体的特徴や習性は可能な限り再現されている。

 このへんの習性を再現するにあたって、原生生物の死骸から採取したフォニアルデータストリームが大いに役立てられたのだが……まぁ紆余曲折を経てになったことは、データの提供元としても嬉しい限りだ。ざまぁみろ。



 話が逸れたが……その『再現された習性』のひとつとして、他でもない『有機生命体における食糧を口腔内へ収容する』というものがある。

 収容された食糧は体内で消化吸収されるわけではなく、咽頭深部を起点として階差隔離格納庫内有機物収容槽へと転送、収容される。


 最終的には副炉へと順次べられ、熱量を取り出した後に廃棄物として処分されるのだが……それらは本来、身体機体のパフォーマンス維持のためには一切必要の無い仕様であり、あくまでも『模倣』に過ぎない。



 ……のだが、まぁ……要するに。

 端的に纏めると……私の喉から先は異次元の格納スペースに繋がっており、結構な量……それこそ軽自動車一台くらいの質量なら、そこへ収まってしまうわけで。

 この機能の存在を知っていた私は、自身の遺した魂由来のデータを基に、『どうせなら』と味覚センサーのアップグレードを積極的に実装し続けてきていたわけで。


 つまるところ……軽自動車それくらいの量ならば問題無く、そして美味しく『食える』わけで。



 異星人にとっては『原生生物を真似マネる』以外に用途の無い、はっきりいってオマケ程度の謎仕様という扱いだったらしいが。

 なった今の私にとっては、極めて重要な『金策に使える機能』という認識になっていた。





「けぷっ。…………ご馳走様でした」


「「「「「ウオオオオオオ!!!!」」」」」



 詰め掛けていた一般常連客おじさん達と、騒ぎを聞いて駆けつけた周辺住民と、責任者及び店内スタッフの皆さんの歓声を浴び……一応、会釈をひとつ。

 現在私の目の前には、総重量およそ7キログラムのカレーライスが収められていたが、カラッポとなったその姿を晒しており。



「えー……正直、まさか完食するとは思いませんでした! 記録は54分32秒、『デッドリーカロリーボンバーカレー』チャレンジ、成功です! にぐちゃんおめでとう!!」


「ありがとうございます」


「それでは『約束』通り、こちら賞金一万円です!」


「ッし! …………ありがとうございます」


「「「「「ウ゛オオオオオオ!!!!」」」」」





 若干の予想外はあったが……多数の好奇の視線に晒されながらも、私はこうして無事に『現金』を手に入れることが出来た。

 つまりこれで、ついに……ついに、念願の下着購入へ向けて『王手』が掛かったわけだ。



 その後、勝者ならぬ完食者インタビューとやらを受け、記念写真とやらを撮影され、思っていた以上に騒ぎ立てられながら……ようやく『カレーハウス・マティアリ』を後にした私。

 最大の懸念であった現金の入手を果たし、気分は上々といったところだ。


 今なら空気を読まないスーの振舞いも寛容な心で受け流せるし、たとえ空気を読まない『魔物マモノ』が現れたとしても鼻歌交じりに駆除できそうだ。






『朗報。分類『魔物マモノ』敵性存在出現のを観測致しました』


「だからって即フラグ回収するとは思ってねンだよ私はよ。別に探してねェし。何が『朗報』だこのクソポンコツ。……何処だ?」


『報告。出現予測座標を艦長ニグ……訂正、【イノセント・アルファ】へ転送致します。高純度ΛD-ARK反応集束による物質化反応が進行中です。秒表記にておよそ760カウント後に現出と予測されます』


「わかった。行くぞ」


『疑問。現出予定分類『魔物マモノ』敵性存在の戦力規模が不明瞭です。収束規模より警戒深度3程度と見込まれますが』


「高けりゃ備えて損は無いし、低けりゃ来た娘に押し付ければ良い」


『了解。判断を遵守致します』



 大切な大切な一万円札を階差格納庫へと丁重に収め、代わりに愛用の長槍サーベイヤーを出現させる。

 幸い付近に人の姿は無く、物々しい武器を取り出したところを見られることは無かったが……今後に起こるであろう光の奔流は少なからず露見することだろう。


 ……まぁどうでも良いか。

 こんな目立つ風体で、平然と街を闊歩しているのだ。今更だろう。




『報告。転送諸元入力完了。【イノセント・アルファ】、転送を開始致します』


「いや今日は非番プライベート…………まぁ、良いか。……それじゃあ、不肖【イノセント・アルファ】……勝手に『オツトメ』を果たすとしよう」




 ……そんなノリで、軽い気持ちで挑んだ『魔物マモノ』駆除だったが。


 転送の光が収まり、ゆっくり目を開けた私の眼下では、なんと。

 道路を行き交う多くの自動車の姿と、平常運転であろう電車の流れ。


 終業間際の喧騒に満たされたオフィスビル街では……このタイミングにおいても変わらず、いつも通りの日常に支配されていた。




「ッ!? コレって……まだ気付かれてねェよな?」


『訂正。転送時の光閃放射により、【イノセント・アルファ】出現を感知したヒト種が若干名』


「私じゃねェよ! 魔物マモノの出現だボケ! だ!?」


『報告。予測値を修正。秒表記にて凡そ470カウント後に』


「【拡散光子衝射砲フォトンパルサー】! 制限解除!」


『了解。当該機装の使用制限を解除致します』




 人口密集地での広域殺傷兵器など……褒められたものではないどころか、普通にテロ行為に該当するだろう。

 そんなことは理解しているし、私とて人々に危害を加えたいわけではない。

 とはいえ、こういうときに接触を図るべき相手の所在を知らない以上、手荒な真似となろうが手っ取り早く危機感を煽るしかない。


 射角上に何も無いことを入念に確認し、真上に向けて衝射砲を発砲。

 空気を揺るがす衝撃音と閃光が迸り、ビル屋上に佇む不審者へと多くの注目が向いたことだろう。


 そのまま続けて……二射、三射、四射。

 聞く者の危機感を煽るような音を撒き散らし、上空の『ナニか』へ向けて執拗な攻撃を加える不審者の姿。


 一心不乱に光砲を乱射する、その尋常ならざる様子を目にした者のうち、やがて何名かの『賢明な』人々が行動を開始する。

 声を張り上げ周囲にも喚起しながら『賢明な』行動を取る人々によって、じわじわと人々の流れが出来ていく。




『報告。カウント10』


「……ッ、……何もしないよりは!」


『回答。一部『ヒト種』に避難行動を確認致しました。一定の警報効果は生じたものと判断致します』


「あァそりゃ良かったわ!」




 スーの言う『現出予測カウントダウン』がゼロを刻み、ほんの数秒の誤差を経て、ついにそのときが訪れる。

 どこからともなく生じた赤黒いモヤが集まり、やがて繭のような形へと纏まっていく。



『報告。分類『魔物マモノ』敵性存在の現出を確認致しました。収束規模判定、深度Ⅲ程度と判断致します』


「さっさと終わらせるぞ。今日の私は気分が良い」


『疑問。当初行動予定では、高深度事例を除き種別『魔法少女』へ対応を委任するとの計画が立案され――』


「場所と状況が問題だ、手早く終わらす必要がある。遅刻するほうが悪い」


『疑問。識別名称【イノセント・アルファ】登録時仕様との外見的相違を検出しております』


「は?」


『確認。現行仕様である『ティーシャⅡ』への登録情報変更に関し、是非Yes/Noの判断を要求致します』


「…………………………………………Noだ」




 そういえばそうだった。

 カレー食べてそのままだったか。



 ……はいててよかった。

 本当に……本当に危ないところだった。



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