第18話 資・金・調・達




 ……さて。


 状況は全て整った。事前調査も済ませ、下調べも抜かりない。



 私は今日こそ現金ゲンナマをこの手に掴み……この国の貨幣制度へ、満を持して参画を試みるのだ。






――――緊張してる? 大丈夫?



「大丈夫だ……です。だいじょうぶです」



――――ハハッ、緊張してるね。こういうコトするのは初めて?



「えぇ、まぁ、はい…………あの、なんですかこの……聴取? ……早いトコ始めんの……ないん、です……か?」



――――せっかちさんだね。心配なくても……今スタッフが準備してくれてるからね。



「……はぁ、そうか…………です、か。……それで、こちらのオジ…………方々は、いったい?」



――――気にしなくていいよ。皆ウチの常連さんでね。にぐちゃんの『頑張り』を見届けようと、今日は応援に集まってくれてるだけだから。



「はぁ…………あぁ、そう。…………ですか」





 広いとは言えない部屋の中、こちらを注視する人々の視線を感じ、やはり『慣れないなぁ』と溜め息を溢す。

 遠巻きに視線を向けられるのは、少しずつだが慣れてきたとは思うのだが……こうして、すぐ近くで注目を浴びることなんて、生まれ変わってから経験したことなど無い。


 しかし、まぁ……注目を浴びてオシマイな訳が無い。

 私は今から、手っ取り早く現金を手に入れるため、この注目を浴びた状態で、これまた『経験したことがない』コトに挑もうとしているのだ。





「えー、じゃあ……念のためも一回っかい『約束』を確認させてもらおうかね」


「はい。お願いします」



 ……恐らく、スタッフの準備とやらが整ったのだろうか。責任者らしき男性は改めて、私へ一つ一つ『約束』を確認させていく。





 今回のの起こりは、ほんの一日前。

 先日仕入れた情報に基づき、私はこの国の首都某所にあるこちらのお店を訪ねていた。


 ちなみに、服装は例の新作ダボT……と、今回は誠に遺憾だが『下着未満のナニカ』もバッチリ着用している。

 このお店で画策しているコトがコトなだけに、ふとした拍子でダボTの裾が捲れてしまわないとも限らないからだ。



 ……まあ、そんな格好の子どもが押し掛けてきたのだ。初っ端『何だコイツ』的な目で見られるのも……まぁ仕方無いだろう。どうやらお手製ダボTは『服』と見なされたらしい。よかった。


 そうして店内への潜入に成功した私は、そこで前もって仕入れていた『情報』が正しいことを責任者に直接確認することが出来た。

 ならば直ぐにでも、と持ち掛けたのだが……なんでも準備が必要であったらしい。


 とりあえず私の意志が揺るぎないことと、未成年者(の外見)ではあるがにより保護者の同意が得られないこと、もし途中で音を上げリタイアした場合は罰金の支払い、もしくは相応のにて補填とすること……等の確認と約束を交わし、また日を改めることとなった。



 例の情報収集の際に仕入れた『お願いを聞いてもらいやすくする方法』が役に立ったな。

 コツは『弱々しさをアピール』『庇護欲をそそらせる』だそうだが……気を抜くとの言葉遣いが出てくるので、もっと精進しなければなるまいよ。




 そんなわけで、明くる日である……今日。

 転移機能と自らの足を駆使し、約束の時間10分前に再び店舗へ足を運んだ私なのだが。


 ……なんでも、昨日私が『約束』を交わしていたところが常連客の目に留まっていたらしく、そこから口づてで今日ののことが広まっていたらしい。

 今やこの部屋にはそこそこの数の常連客が集まり、私によるを特等席で堪能しようと待ち構えている……ということらしい。



 ……まぁ、まさか部外者が詰め掛けるとは思わなかったが……仕方あるまい。

 この身体機体の容姿が整っていることは自覚しているし、白銀金属色の髪や透き通ったレンズのような瞳は神秘的に見えたりもすることだろう。


 そんな容貌の、年端も行かぬ(外見の)少女(の形をしたモノ)が、苦痛に喘ぎ涙を浮かべ顔を歪める様が拝めるというのだ。

 僅か一日しか間が無かったとはいえ、多くの観覧客ギャラリーが押し寄せるのは仕方無い……のかもしれない。



 まぁ、無理もないか。常識的に考えて、私の体内にが収まるわけが無い。

 私には、最初から期待などされていない。この中の誰も、先程からしきりに私へ語り掛けてくる彼も、私が早々に音を上げるであろうことを疑っていないのだ。



 だが……残念ながら、私はその期待に沿うことが出来ない。


 彼らの思い通りの無様を晒すことは――目の前にちらつかされた現金ゲンナマを逃すことなど――絶対にあってはならないし、するつもりも無い。



 全ては……他ならぬ『下着』のため。

 現代の紡績技術の粋を結集して生産された、履き心地の良い下着を手に入れるため。


 口座も、戸籍も、印鑑も、信用も、何一つとして持ち合わせていない私が、下着を購入するための資金を手っ取り早く手に入れるため。



 私は……全力で当たらせてもらう。





「えー、それじゃあ準備が整ったので…………にぐちゃん?」


「はい」


「…………覚悟は、良いね?」


「はい。いつでもどうぞ」


「余裕だなぁ……! えー、それじゃあ……制限時間は60分! マティアリ特製『デッドリーカロリーボンバーカレー7キロ』チャレンジ、スタートぉ!!」


「「「「「ウオオオオオオ!!!」」」」」


「…………いただきます」




 ……とりあえず観覧客ギャラリーの常連客おじさん達の、野太い歓声と声援を完全シャットアウトし。

 私は目の前に鎮座する巨大なと、その中に広がった『カレーライスの名を騙る何か』を討ち滅ぼすべく、黙々と匙を進めていった。



 …………いや、見てないで食えよ。席占拠して騒ぐだけって単純に営業妨害だろうが。ちゃんとカレー注文しろお前ら。


 ………………あ、うま。



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