第17話 情・報・収・集



 最前線に立ち『魔物マモノ』を相手取る魔法少女達と、彼女らを支援する対災隊や自衛隊らの尽力の甲斐あって、この国は世界屈指の『魔物マモノ』襲撃頻度に晒されながらも軽傷で済んでいるらしい。

 諸外国では先日記録したように、自国の軍隊が対処したり傭兵を雇い入れたりして対処しているが……しかしそれでも多くの人々が犠牲となり、国が大きく傾く事態となってしまったケースもあるのだとか。


 記録されている最悪のケースとしては……指導者の汚職が発覚した某国において、政庁施設へと押し掛けた抗議デモ集団の真っ只中にて『魔物マモノ』が受肉。

 民衆の抱いた怒りを反映してか、政庁施設を含む首都中枢機能を完膚なきまでに破壊し尽くした後、航空戦力によって排除されたという。


 その後その国の結末については……まぁ、世界各国に危機感を抱かせるには充分だった、とだけ記録しておこう。

 我が国に対する『魔法少女を派遣しろ』の声が根強いのには、こういう背景があってのことであるらしい。……だからといって派遣するつもりは無いようだが。




 幸いなことに、と表現しては不謹慎かもしれないが……この国においてはまで甚大な被害は出ていないものの、『全く無い』というわけでは、もちろんない。


 『魔物マモノは人口密度が高い場所で発生しやすい』という説を信じた人々によって、全国的に地方への移住が進んだり。

 それによって税収が大きく落ち込み、トドメとばかりに現れた『魔物マモノ』によってインフラを破壊され、その後も不運が立て込んで財政破綻に追いやられた自治体があったり。


 そうして人々の姿が消えた街が、この国にも何箇所か存在するのだという。




(…………周辺『ヒト種』生命反応、なし。……狙い通りだな)



 私が目をつけたのは、山間の『元』地方都市……まさにそんな経緯で『人々の消えた街』となってしまった、そのひとつである。

 転送時に大きな光量を伴うのが転送の欠点なのだが、ここのように『そもそもヒトが居ない場所』であれば、どれだけ光っても問題無い。

 見咎める者も通報する者も居ないのだから、コソコソ隠れて転送する必要も無いのだ。


 それでいて、送電網は(一部とはいえ)健在。……まぁ周辺都市や、ここよりも奥の町にも届けなきゃならないからな。生き残っている電柱もそこそこあるだろう。



 周囲に人けは無く、身を隠すものが豊富に存在し、それでいてネット回線は使いたいタダ乗りし放題。最高かな。

 以前は近付いてくる緊急車両にビビって中途半端になってしまったが、ここならば思う存分情報収集ネットサーフィンに興じることが出来そうだ。


 私の計画の成就のため、そして【D型】へ新鮮な情報を与えてやるため……とりあえずは生き残っている回線、出来ればところを探していくとしよう。






 ……ということで。

 十分そこら歩き回って辿り着いたのは、元々は『学校』だったであろう廃墟。

 明らかに外部からの力によって、不自然に大きく破壊された校舎では……子どもたちの笑い声が溢れることは、恐らく二度と無いだろう。


 とはいえ、教育施設ともなれば回線規模も充分期待できる。

 周囲の電柱を見回して端子函クロージャーを探し出し、そこへ細く解いた金属の触手を伸ばし……接触し、侵入する。

 自身の存在を隠蔽しながら、しかし先方の防護はことごとくすり抜けていき、目当ての情報ブツを探していく。

 今回の私には、充分な時間がある。私の周辺に何か変化があった際は、前回同様スーが伝達してくれる手筈となっている。

 つまり私は、目の前の情報のみに専念できるというわけだ。


 今の私の身体機体を外から見れば……破壊された建物の前で目を半開きにして佇む、ダボT姿の不審人物に映ることだろう。

 そういった点でも、現在この街にが無いということは非常に都合が良かった。


 まぁ、目はポツポツと生き残っているようだが……だとしても、ここは所謂ゴーストタウンである。

 それらに見られたところで、すぐにどうこうされるわけではあるまい。そんなに長時間居座るわけでもなし、無視して構わないだろう。




(本日の天気は……曇のち、雨。……雨かぁ。…………まぁ大丈夫だろ。この身体機体も水通さねぇし、むしろ逆に打たれてみたくなってきたな。雨に濡れるとかウン十年ぶりだ)



(……ん? あぁ、あの鈍亀ドンガメのときの。…………ぇえ、なんか滅茶苦茶美化されてないか? 別にそんな仲良なかよかねェぞ私は。……ってかアルファ関連の記事どんだけ有るんだ……)



(あー、初中等部の指導要領か。なるほど良いね、貰っていこう。……あのポンコツAIの常識だけで育ってほしくねェし……国語科とか道徳科とか、情操教育にはそのへん特に役立つだろ)



(あとは……このあたりなんか…………お、あるじゃねぇかお誂え向きが! …………なるほど、2000円。上等だろ。……こっちは…………5000円! 良いねェ!)




 周囲警戒をスーに託し、私は身体機体の制御から一時離れ、広大なネットワーク内の探索に集中する。

 そうこうしているうちに陽は翳り、雨粒が無人の廃墟を湿らせていくが……私の身体は別段、何の不快感も覚えていない。


 不快感を覚えることができない、ではなく……宇宙船生活では味わうことの出来ない雨滴を、単純に『心地良い』と認識しているのだ。

 機械の身体を持つ私にとって、熱とは即ち忌避すべきものである。私が何もせずとも身体は冷やされ、ついでに機体表面の埃や塵を(若干とはいえ)洗い流してくれる。……悪くない。



 雨の刺激に気を良くした私は、その後も順調に情報収集を続けていく。

 やがて――とはいっても実時間にして5分程度であろうが――求めていた情報を一通り集め終えた私は、誰の目を気にすることなく揚星艇キャンプへとアクセス。

 純粋に便利な転送機能を活用し、母艦への帰還を果たしたのだった。











――――――――――――――――――――













 その報告が実働部に齎されたのは、ほんの些細な切っ掛けからだった。


 災魔による被害と住民の流出により、都市機能を放棄されて久しい山中の地方都市。

 インフラの整備も瓦礫の撤去も儘ならぬまま捨て置かれたその地で、生き残っていた防犯カメラが異常な光量を感知したという。


 偶然その様子をモニターしていた都市防犯課の職員は、その発光現象の原因であろう少女の姿を確認するや否や、直ぐさま異譚災害対策課へ一報を入れた。




「……間違いない、ですね。彼女……【アルファ】さん、です」


「珍しい格好ですね。……普段着、ということでしょうか?」


「…………『変身』を解除してくれてたら、何か手掛かりになってたかもしれないですが……」


「あの銀髪が地毛……ってことは、さすがにありませんか……ね」




 非番の【イノセント・アルファ】発見の報を受け、異譚災害対策課の面々は即座に当該の防犯カメラへとアクセスを試みた。

 そこで目にしたものは……年頃の少女としてあるまじき――ぶかぶかのTシャツを身に着け、足元は剥き出しの裸足という――姿で佇む、銀髪の小柄な少女の姿。

 彼女は廃墟と化した無人の街を『きょろきょろ』と見回しながら、まるで何かを探すように彷徨い歩いていった。




「お、おい! 画角外に出ちまうって!」


「近郊のカメラ近郊のカメラ……オイ何だコレほぼ死んでんじゃねぇか!」


「て、転移魔法を! 【神鯨ケートス】さん……もしくは【八分儀オクタティス】さんに連絡を……」


「どう見ても私用でしょうに! 邪魔してこれ以上心象悪化させる気ですか!?」


「見つけました! 『みまもりカメラ』Eの26です!」




 幸いにして、再び捉えた彼女の姿。その位置はカメラの配置図と照会してみた限り、小学校の正門前であるらしい。

 校舎や校庭のあちこちが抉り取られるように消失し、見るも無惨な廃墟と化した……当然、廃校となって久しい『元』小学校である。



 彼女は、そこで。


 何をするでもなく。


 身動ぎせず、ただ静かに。


 雨に濡れながら、佇んだままで。




「……………………」


「………………いや、これ…………」


「…………これは…………堪えるな」


「何だってんだよ、ホント……」




 解像度の足りないカメラでは、その表情まで伺うことは出来ないが。

 足を止め、場所を移す気配が見られないことから……どうやらが、彼女の『目的地』で間違いないらしい。


 路面を濡らし、流れを形作るほど降り注いだ雨にも、まるで気にした様子を見せず。


 ただ呆然と真正面を……かつて『学び舎だったもの』を見つめ、身じろぎ一つ取らず。


 過酷な戦いを経て、ゆっくりと身を休めるべきである筈の彼女が、雨の中わざわざ出向いた先が……だという。




 結局、彼女はそのまま暫し佇んだかと思うと……特徴的な発光のみを残し、カメラの前から忽然と姿を消した。

 やはりというか、この『小学校の廃墟』以外に、彼女の目的は無かったようで。


 後に残されたのは……辛くも生き残っていた『みまもりカメラ』の映像を、つい先程まで彼女が映っていた画面を食い入るように見つめる、幾人かの職員。




「………………報告、上げたほうが良いと思うか?」


「上げないわけに行かんだろうよ。異対課ウチ本鳥羽ほんとば大臣以下、みーんな彼女にだからな」


「まぁ俺もだがな。…………腹立たしいよなぁ、本当に。……俺らには何も出来ねぇのかよ」


「全くだ。……全く……何て格好してんだよ……年頃の娘が……」




 つい先日の特級災魔の際に、所属魔法少女である【麗女カシオペイア】から齎された、彼女アルファに関する『とある報告』。


 職員達が今しがた目撃してしまった光景、そこに映る彼女の装いは……その『報告』に説得力を持たせるに、充分過ぎるものだった。







――――――――――――――――――――







 ……………………と。




 まさかのまさか、そんなことになっていようだなどと。


 やっとの思いで完成させたTシャツモドキを身に纏い(ついでに下着ふんどしを着け忘れ)、計画成就に向けての情報収集の傍ら、久しぶりの雨も満喫してルンルン気分で帰還した、当の【イノセント・アルファ】本人は。



 監視カメラ越しに自身の行動をじっくりと観察され、しかもそんな思い違いをされていただなんて……全くもって予想だにしていなかったという。





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