第2話 惑・星・地・球




『時報。惑星地球標準設定タイムテーブル0800を御報告致します。おはようございます、艦長ニグ。航宙調査艦スー・デスタ10294、オールステータス異常無しグリーン。現在待機継続中でございます』


「…………あぁ、うん。……何も無かったか?」


『報告。前搭乗者の残骸の処理および艦内清掃作業が完了致しました。自律清掃端末を回収、および廃棄物処理設備への余剰動力を切除、主機を定格運転に切り替えました。ほか艦内環境を艦長指示のパラメータにて維持管理中でございます』


「…………了解した」




 現在の私の身体は、早い話が人造人間……つまりはアンドロイドだ。

 女性型だからガイノイドと呼んだほうが正しいのかもしれないが、要するに生身の身体じゃない。


 食事を摂らずとも身体機能の維持に支障は無いし、生理現象に伴う排泄もしない。

 睡眠を取らずとも思考力が低下することも無いのだが……しかし不眠不休だなんて『私』は嫌なので、こうして無駄な睡眠を取っている。取る必要が無いというだけで、取ったところで別に悪影響も無いわけだ。



 とにかく、二十四時間のうち三分の一を睡眠に費やしながら、私は優雅な宇宙船生活を満喫している。

 艦内の面倒事は全て管制人格に丸投げすればいいし、私は特に仕事を求められているわけでも無い。

 製造段階では求められた役割もあったのだが、今となっては命令を下す者が存在しない。……まぁ居たところで聞く気も無いが。


 日がな一日じゅう無重力に揺蕩いながら、艦橋の大窓から地球を眺める。……なかなかに乙なものだ。




『確認。艦長ニグ、アナタ様は惑星地球に多大なる興味関心を向けていると見受けられます』


「ん? ……あぁ、まぁ…………な」


『提案。当周回軌道からではない、地表付近距離での映像および音声収集を提案致します」


「え、そんなん出来んの?」


『回答。当艦に収容されております揚星調査艇α10294-41号が使用可能でございます。惑星地球原生生物に感知されず、映像及び音声その他多様な情報の収集が可能です。詳細情報を提示致します』


「わぁどう見てもUFOだこれ」



 半透明の空間ディスプレイに映し出された『揚星艇』とは、円盤とまでは行かずとも現代の航空機からは大きくかけ離れたシルエットを持った、まさに『異星人の乗り物』であった。


 外観は航空機というよりはむしろカブトガニに近く、上部中央に台形の構造物と後部に長い尻尾状の突起物、下部に四つの半球状の突起を備える。

 真正面および真後ろから見た限りでは……そのシルエットは例の、アダムスキー型のアレにも見える。




『解説。高深度隠蔽状態の揚星艇α10294-41号は、有視界観測はおろか雷波観測や熱紋検知、重力紋検出走査においても高度な隠蔽能力を発揮します。惑星地球の原生知的生物に捕捉することは不可能であると判断致します』


「ほぇーすっごい。遠隔操作とかできんの?」


『回答。可能で御座います。当艦スー・デスタ10294および揚星艇α10294-41号ならびに艦長ニグ補助演算電脳、各亜空間跳躍通信装置間にてダイレクトネットワークを構築。通信応答速度数値は概ね20ns前後と提示致します』


「まじかよすげえ。有効範囲は?」


『回答。通信応答速度数値保証可能範囲は、直線距離にて485,400km前後。以遠は距離並びに障害天体の存在により、通信強度ならびに応答速度数値減衰の可能性を提起致します』


「充分過ぎるな。用意頼む」


『承諾。第一格納庫内減圧正常。メインハッチ開放。射出加速器への移送完了。揚星艇α10294-41号、発艦致します』




 艦橋の大窓から見下ろす先、宇宙船の下方より放たれた光が地球へと翔んでいく。

 管制人格の補助を受けて、私の脳内に揚星艇の遠隔操作手法が開示されていき、地球文明では足元にも及ばないであろうその扱い方を、瞬く間に吸収インストールしていく。



(揚星艇の観測器と通信ラインを接続、身体の感覚を同期…………来た、ッ!)



 そこからは、まるで大海を自在に泳ぐかの如く。

 上昇、下降、急加速、急制動、左右のロールとロングスライド……それらを複雑に絡み合わせた、変幻自在な超機動。


 空気の存在しない宇宙空間では、風を切る音など聞こえるはずも無いが……一方で私のはバッチリと、見るべきものを捉え続けている。




(…………私は、どうやって死んで……どれくらい経って…………今は、どうなってるんだろうな)



 地球人として生まれ、地球人として死んだ……前世の私。

 決して幸せというわけでもなく、長くもなかった人生を送った、私の母星。


 時間単位の異なる宇宙船では、正確な経過時間を把握することが出来ない。

 艦内ネットワークも探査機この身体の体内時計も、用いられていたのは全く異なる形式の時計機能であったためだ。

 そもそも十進法である保証も無いし、最小単位が一秒である保証も無いし……とにもかくにも不便すぎる。速やかに地球基準の表記へと設定し直した方が良いだろう。



 まぁ、それは後でいい。今気にすべきは眼前のだ。

 実際のところ、どれ程ぶりなのかは判らないが……擬似的とはいえ久しぶりの里帰りとあっては、そりゃあ気分も上がってくるだろう。



 揚星艇の外部検温素子が、船体温度の上昇を捉える。

 絶対零度の宇宙空間では有り得ない、地球が擁する大気の圧力変化に伴う発熱であり……つまりは、地球の大気圏へと突入したことを示している。


 航行に一切の支障は無いが、惑星の重力による影響をある程度受けつつ――しかし秘匿性を保ったまま――揚星艇わたしは地球へと引かれていく。





 そこで私は。


 久しぶりに戻ってきた地球で。




 今の私には全く理解できないモノを、目の当たりにすることになる。



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