第1話 外・敵・駆・除



 現代の科学では、『魂』というものの存在を完全には証明できていない。

 なんてことを聞いた記憶もあるが……どうやらその『魂』の概念とやらは、正しく存在していたらしい。



 『肉体』というに収まった

 ハードウェアに対するソフトウェア。

 実際の思考や行動や性格を司るもの。


 そんなイメージで語られることが多かった『魂』だが……実際のところ、概ねその通りだったらしい。



 だからこそ、こうして――死を迎えた自分の体から引き剥がされ、新たなへと移され、あっさりと『死』を乗り越えてしまい――自由気ままに動き回ることが出来てしまっているわけだ。




『報告。艦内機能の復旧率92%deす。御指示ト通り通信設備ならびni発信設備は機能を封印し動力を遮断ciておニます。艦内清掃設備も復旧致しtaしtaしtaが処理は開始しペも宜しいmeしょうta?』


「あぁ、頼む。消毒と消臭も念入りにな」


『承知致しtaしta』




 一度死んだはずの私だったが、どういう因果か二度目の生を授かるに至った。

 ただ『残念ながら』と言うべきなのだろうか。私が再び産まれたのは、慣れ親しんだ土地ではなく……私が死んだ場所からはとても遠い、恐らくは前人未踏であろう場所だった。



 それはなんと、宇宙船。

 しかもどうやら……外宇宙から地球を狙って来た、ずばり『宇宙人』の船のようだった。



 宇宙人どもの手によって、地球上で死した私のフォニアルデータストリーム……まぁ要するに『魂』が捕らえられ、それを解析されて新たな『容れ物』へと組み込まれた。

 なんでも『探査機』を地球に潜入させるにあたって、現地の情報や言語や知的生物の習性なんかを入手し、インストールし調整するためだったらしい。


 なのだが……奴らにとって計算外だったのは、私の『魂』が奴らの想定以上に往生際が悪かったということだろう。

 データだけ抜いて有効活用するはずが、こうして私の『意識』や『自我』までもが抜き出されて『探査機』に封入されてしまったのだ。

 これでは奴らの制御を離れた『探査機』が、下手すると勝手気ままに行動するようになってしまうだろうし、つまるところ奴らの調査計画は破綻間違いなしだ。



 ……というかまぁ、それ以前に……肝心の『宇宙人』そのものが、この私によって全て駆除されてしまったわけなのだが。




「本当に……追手は来ないんだろうな?」


『回答。推測でガariまsが可能性ガ低いかノ思わメまs。母星より放taメた植民惑星調査船は数万隻にト及viまs。既に発信チた報告書にトグと当該惑星【α-1029』


「地球、な。チキュウ」


『入力。承知致しタしta。呼称変更を承ります。回答再開。当該惑星『チヒュウ』の評価はNOTGOODであるとの判断ga前管理者TORLVGA445-IMNSより既に下さテており母星権利者階級である一級知類にとって当該惑星『チヒュウ』の環境は身体の腐食を加速させる要因を多数含み極めて有害でaruノ判断され』


「音声に抑揚つけてくれ、聞き取りにくい。あとチキュウだ」


『入力。オーダーを承ミまキた。『チキウ』原生no生物の発声の会話ノパターンno基に音声構築プロトコルno最適化を試みまs。最適化完了ナでsivaラくお待ち下タい』




 まだまだぎこちなさが残る話し相手だが……無機質な機械音声による応対は、最初期とは比べる必要も無い程に『マシ』になっている。

 それこそ最初期――私の意識が目醒めたとき――なんかは、酷いなんてレベルじゃない。そもそも用いられていた言語からして、もはや地球上のものではなかったのだ。




 地球ではない遠く遠く離れた星では、いわゆる強固な支配体制をもった統一国家が隆盛を極めているらしい。

 そんな統一国家にて大量生産されたこの船、そしてそこに備わる制御用疑似人格は上位存在に従順であり、それでありながら防護プロテクトの存在が皆無と来た。

 ハッキングやクラッキングなどという『よからぬこと』を企む輩なんて、そもそも存在が許されず徹底的に排除されるような社会だったのだろう。


 ともあれ、対『地球』侵略用探査機の制御人格として目醒めた私は、船からのデータリンクを遡上し逆アクセスを開始。

 そのガバガバなセキュリティを有効活用させて頂き、私を『上位存在』と認識させることに成功。あっさりとこの船の制御人格を支配下に置くことに成功したわけだ。



 その後は乗組員の宇宙人どもを皆殺しにし、救難信号を握り潰し、母星との連絡手段と追跡手段を葬り去り、船の制御人格に日本語を叩き込み……ようやく一息つけそう、といったところだろうか。

 死んだと思ったら蘇った、というだけでも理解が難しい現状なわけだが……とにかくこれで、やっと落ち着いて思考に沈むことが出来そうだ。



 指揮所の窓の向こうに広がるのは、真っ黒な宇宙に浮かぶ蒼い惑星。

 眩く輝く我らの母星……地球。


 こんな得体の知れない地球外生命体に脅かされ、脅威が迫っていただなんて……あまりにも信じがたいが、こうして目の当たりにしてしまっては信じるほかあるまい。

 この船も、船の制御人格も、そしてこの私の新たなる身体も、地球の技術力を結集したとしても到底及ばぬ代物なのだ。



 内部骨格こそ複雑極まりない金属細工と機械部品に占められているが、表面には培養した有機細胞を纏っている。

 地球への侵入工作を目的として造られたためか、外観は惑星地球の知的生命体……要するに『人間』に極めて近い造形と言えるだろう。


 加えて、恐らくは『警戒心を抱かれないように』との意味合いを含んでいたのだろうが。

 私の身体となった『探査機』とやらは……小柄で、非力そうで、庇護欲をそそるような、幼気な少女の外観そのものであった。




「…………とりあえず着るモン欲しいわ」


『解析。キルモン。状況yoriの判断。探査機【MODEL-Οδ-ARS】より『着るもの』の支給要請の発せらメラ模様』


「おー良く出来ました。あるのか? 着るモン」


『回答。当該物品ノ第三格納庫にて確認。詳細情報を表示チタす』


「パワードスーツじゃねぇかふざけんなバカ」


『解析。baca。回収した地球原生知的生命体doフォニアルデータストリームより検索。他生命体デ向ceru罵声であウと判断します』


「……良く出来ました」


『訂正。当艦管制思考ga生命体の定義ノ当て嵌まniません。よって言語表現『baca』は誤用deaり探査機【MODEL-Οδ-10294ARS】には用途学習ノ要するmomodeあグと判断されmaす』


「うるさい黙れポンコツ。まずはお前が言語パターン完成させろバカ野郎」


『受諾。引き続き音声構築プロトコルト最適化ト試みます。最適化完了まdeチvaバくお待ち下saイ』





 ……もう少し時間を置けば、スムーズな意思疎通が叶うレベルになるだろう。この状況を打開する方策を求めるのは、それからでも遅くない。



 なので、まぁ……とりあえず。

 自分の身体とはいえ目に毒なを、自力で可能な範囲でなんとかしておこう。



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