第3話 初・陣・出・撃
その惑星の大陸や島や海の形が、私の記憶と違っているというわけではない。
その島国の都市のつくりや住まう人々が、記憶と異なっているわけでもない。
しかしながら。
母なる惑星『地球』の、私が生きた愛しい祖国『日本』には。
「…………スー、答えろ。……あれは、何だ? 人が、戦って……何なんだ! アレは!?」
『回答。惑星地球原生知的生命体、通称『ヒト種』及び同コロニーに対し威力破壊行為を繰り返す、高純度ΛD-ARKマテリアルにより形成された非有機性動体物質』
「端的に要約しろ!!」
『要約。『
「…………ッ!!?」
見慣れた街を我が物顔で闊歩するのは人間より圧倒的に巨大な……高高度からの望遠
姿形そのものは、それぞれ何かしらの生物を模していると思しき形状ではあるのだが。
自在に長さを変える、頭頂高の倍近く伸びる両の腕を持つ異形が。
周囲のビルや家屋を薙ぎ倒す、先端に大顎を開く尾を持つ異形が。
背ビレのようにズラッと並んだ触手を、四方八方へ伸ばす異形が。
そして何より……そんな得体の知れない異形の怪物どもに、同郷人が蹂躙されていく様が。
銃器を携えた人々の編隊や攻撃ヘリコプターからの抵抗をもってして尚、異形どもの暴虐を食い止めるには至っていないという現実が。
私の記憶にある故郷の姿とは絶望的に相容れない……相容れてはいけない事実であるということを、私の魂が告げている。
『確認。艦長ニグは『ヒト種』に対する庇護意識、ならびに非有機性動体物質への破壊意欲を所持しているものと当艦は判断致します』
「…………それがどうした」
『提案。揚星艇α10294-41号より座標誘導信号を送信、貴機【MODEL-Οδ-ARS】並びに艦長ニグを現地表座標へ転送、『ヒト種』に対する破壊行動に及ぶ対象動体物質を直接制圧されては』
「ッ!? 出来るのか、そんなことが」
『回答。転送先座標を指定する揚星艇α10294-41号の存在により、高精度での機体転送が可能で御座います。貴機並びに艦長ニグの有する性能であれば、対象動体物質の制圧・駆除は容易であると判断致します』
「…………それで行くぞ。援護を頼む」
『了解。非有機性動体物質を【敵性存在】と定義。一時的に揚星艇の制御をお預かり致します。艦長ニグは作業の準備を。転送後直ちに駆除作業が開始されるものと推測致します』
「お前の語彙力は改善の余地アリだな! 要は戦闘準備ってコトだろうが! 言い回しがいちいち微妙に的外れなんだよ!」
『否定。当艦スー・デスタ10294は現状を正しく認識しております』
思考の中に開示された手順に従い、私は異星人どもの遺した高位技術を遠慮なく行使する。
揚星艇からのガイドビーコンを受けて、恐らくは指定地点へ直接戦闘要員を送り込むための機能……侵略のために研鑽されてきたその
航宙調査艦スー・デスタ10294の
遥か数十万キロメートルの距離を一瞬で駆け、先程まで私が見下ろしていた激戦地帯、この世のものとは思えぬ戦場へと……異星人謹製の実地探査機である
表皮の感覚機能が捉えた、肌に纏わりつくような懐かしい温度と湿度。
重力および雷波センサーが捉えた、転送の名残と思しき揺らぎと放電。
そして……ヒトを摸したこの身体の嗅覚素子が捉えた、夥しいほどの血と灰と焼け焦げた肉の臭気。
銃を構えた集団と戦闘ヘリコプター編隊、あからさまに動きを止めた彼らの混乱がビシビシと伝わってくるようで。
事実……傍受している電波通信は、実に見事な混乱を伝えてくれている。
彼らの邪魔をしたのは、ご
だからこそ……邪魔した以上の働きで返してやろうじゃないか。
『――証言。貴機【Οδ-ARS】の性能ならびに当艦の戦闘支援機能であれば、凡そ『戦闘』と呼称される武力衝突事象は生じ得ないと断定致します』
「…………はっ。それは何より」
得体の知れない相手と戦うのは、幸いなことに二度目のことだ。
敵のサイズこそ前回とは……艦内に居た異星人共とは大きく異なるが、実際の脅威度で測るにしても
この
「
『了解。【
【
――撃てます』
「消し飛べ」
母艦管制思考による全力のバックアップのもと、安全のための多段階セーフティが最高効率で蹴散らされていく。
地上へ転移され、即殲滅の判断を下した私の目の前。突如湧いた矮小なヒト(のようなもの)を見下ろし、間抜けを晒して立ち呆けている敵の下顎に狙いを定め。
転送完了から僅か三秒足らずで発射準備が整えられ……この
目を覆わんばかりの光量と膨大な熱量を伴う、しかしながら直径にして三十㎝程度の光の柱は、その向かう先に存在する
下顎どころではない、上半身をまるまる呑み込まれ削り取られ、無様に塵と化した敵性存在……非有機性動体物質が、その屍を晒していた。
『総括。過剰極まりない威力であったと判断出来ます』
(…………解ってる。だからわざわざ仰角取って撃ったんだよ。被害無きゃソレで良い)
『訂正。当艦の確認する限り、若干ではありますが被害が生じている模様です』
(は!? 詳しく聞かせろ!)
『揚星艇より発艦した浮遊型自律探査子機が2機、先程の【
(…………ヒトや、ヒトの乗る機体には、被害が無いんだな?)
『肯定。残存敵性存在も行動沈黙中。先の砲撃ならびに艦長ニグに対する警戒反応と見られます』
(コッチに注目したか。……丁度良い、逃げる前に纏めて駆除するぞ)
『警告。【
(解ってるに決まってんだろポンコツ)
鬱憤を晴らすべく、過剰とも言える火力を叩き込んだ自覚はあるが……正直あれ程の兵器を用いずとも、あの程度の敵であれば処理は容易い筈だ。
低出力の
私がこうして次の攻勢に出ようとしている、実時間にしてほんの一秒足らずの間であっても、揚星艇より放たれた調査用の
その情報処理能力が『余裕』だと告げているのだ。
であれば……臆することは、何も無い。
(…………注目されんのは……何ていうか、こそばゆいな)
『提案。艦長ニグ周囲『ヒト種』全個体の除去を行い――』
(するわけ無ぇだろアホ)
『提案。敵対対象の迅速なる排除ならびに艦長ニグの帰艦を以て、周囲『ヒト種』からの注目を回避なさるのが宜しいかと判断致します』
(最初からそのつもりだこのポンコツアホボケクソバカクズAIめ)
処理中枢に語り掛けてくる声に辟易しながらも、機装を繰る手と敵を追う脚を止めることは無い。
結果として……私が介入した地点周囲に存在していた敵性存在三体は、禍々しい泥に融けて跡形もなく消え去っていた。
当然、私もすぐさまその場を離脱した。
完全隠匿状態の揚星艇があれば、回収も転送も容易いことなのだ。
しかし、あの不気味で厄介な敵性存在と、それに抗う人類との戦闘ときた。……流石にこの展開は想像していなかったぞ。
母艦へと戻る前に……もう少し情報を集める必要があるだろうな。
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