第4話 実・地・調・査



 今の私の身体は純度百%の人工物であり、加えてその中身たる『魂』とでも呼ぶべきものは、死体から取り出した残存思念をデータ化したものだ。一種の電子生命体とも取れるかもしれない。


 ……こんな私が『生命体』を名乗れるのかは、まぁ置いておくとして。


 今や私はネットワークを遡上し、プロテクトの類がほぼ存在しなかった母艦のメインシステムそのものを支配下に置いている。

 現在は『探査機』として調査に臨もうとの身体に処理意識を集中させており、非生物による管制思考こと『スー・デスタ10294』の補助を受けているとはいえ、母艦のメインシステムそのものにも当然『私』が存在している。


 要するに。仮にこの身体がこのまま破壊されたとしても、私の生命そのものに何ら影響は生じない。

 だからこそこうして、せっかく足を運んだ『地球』に暫し滞在し、危険を気にせずアレコレと情報収集に勤しめるわけなのだが。


 まぁ……私のコレが『生命』なのかは、例によって気にしないことにするとして、だ。





(しっかし…………これが処理速度の暴力、ってやつか)


『認識。艦長ニグ末端意識による異種原生ネットワーク介入を確認致しました』


(有線なら確実だしな。防御らしい防御が無かったお前らも大概だったけど……そもそも生半可な防御じゃ意味無かったんだな。マシンパワーがバケモノ過ぎる。……そんな体たらくで、よくもまぁそんなに繁栄出来たもんだ)


『解説。複数銀河を跨ぐ程の規模に展開した艦隊間にて一定水準以上の通信強度を保持するためには、処理速度高効率化の妨げとなる一切を排除する必要がございました。ネットワーク利用権限保持個体は母星ルサ・ト・コン中枢に対し絶対的服従命令が組み込まれており、悪意をもってネットワークへ介入することは不可能でございます』


(性善説……っていうよりかは、あらゆる手段で絶対服従させてたって感じか。そもそも電子戦って概念さえ無いんだろうな)




 まぁ、そんな遠い遠い異星の話はどうでも良い。

 そんなことよりも先の異形と、何よりもこの国の現在の情報が必要だ。


 なので……私は、私の機能を遠慮無く発揮していくこととする。



 今の私の機体カラダは、大部分において『人間』の少女を模倣しているが、その強度と馬力と重量の他に、あからさまに『人間』とは異なる部位が存在する。


 どうやら『参照した精神体データ』が魅力的だと感じる容姿を再現し、各種造形パターンを維持したままに幼体化させたものらしい……忌々しいほど整った造形の顔が配された、その裏側。

 さらさらと流れる単分子被覆金属線にて再現された毛髪に隠された、後頭部やや下側のとある一点。


 そこからは左右二対四本の、とある異形の器官がのだ。



 傍から見る分には、恐らく筒状の……コードかパイプのように見えるであろう、直径3センチ程度の長い帯。

 長い髪に隠されたは、私の意のままに蠢く『金属の触手』とでも言うべきものだ。


 その直径3センチメートル程度の触手の正体とは……髪の毛ほどの太さのモノフィラメントワイヤーをコイル状に巻き、更にソレを螺旋状に巻き上げたもの。長大なスプリングと言えるだろうか。

 触手そのものの長さは、せいぜい1メートルそこらに見えるのだろうが……ワイヤーそのものを解いてみれば、恐らく百メートル近い長さにもなるだろう。

 は思考中枢である頭部からの信号を効率的に送受信するための入出力プラグであり、一瞬で不可視な程の細さに解けて敵を斬り飛ばせる武器でもあり……撚り合わせれば百キログラムを超す自重を吊り上げたりもできる、第三から第六の腕とも言える器官だ。



 ……母艦スー・デスタ10294号にのさばっていた異星人どもを殺し尽くし、艦内を支配下に置く際に一役も二役も買った便利な触手もの

 それを……身を潜めた路地裏から頭上、電線に据え付けられたネットワークケーブル端子函クロージャーへと伸ばし、電子生命体たる私の意識を侵食させていく。


 地球文明のネットワーク防壁など、馬鹿げた処理速度を持った今の私にとっては然程の障害にもならない。

 それこそ徒競走が障害物競走になった程度……完走まで多少時間を要するが、その程度だ。遠からずゴールに辿り着くことは決して揺るがない。



 ニュースサイト、大手検索ポータル、新聞社や出版社、各省庁のホームページ……とりあえず思いつくままに駆け抜け、目に付いた情報をとりあえず片っ端から保存ダウンロードしていく。

 詳細の確認や情報を吟味するのは後でいい。身を隠すとは言ったものの、今の私の隠蔽技能で言えば『かくれんぼ』程度が関の山だ。


 加えて……そもそも母艦には、ヒト用の衣類なんて存在する訳が無い。

 今回私が出撃するにあたって身に纏っているのは、極めて良心的に表現するのなら『布』のみであり、しかも古代の民よろしく身体に巻きつけただけの装いであるからして。


 衣服の体を成していないし、下着の類だって身につけておらず……まぁとにかく、ただの不審者だ。

 ただでさえ大暴れした直後である。市井の人々に見咎められるわけにはいかない。




『警告。揚星艇より。高周波音を発しながら接近する四輪車両編隊を確認致しました。艦長ニグ現在地点付近を通過する見込みです』


(言ったそばからか。いや言ってないけど。…………まぁ良い、回収頼む)


『了解。揚星艇を艦長ニグ直上へ移送致します。収容照準用ガイドレーザー照射。…………捕捉致しました。探査機【MODEL-Οδ-10294ARS】および艦長ニグの収容を開始します』






 電場や磁場や重力場の乱れと、一瞬の浮遊感。

 瞬き一つの間に、直線距離にしておよそ三万メートルを移動。

 航空機の旅客航路さえ眼下に見下ろす成層圏こそ、何を隠そう揚星艇α10294-41号の停泊位置である。


 人類の天敵というものを目の当たりにし、初出撃を全くの無傷で終え、ついでとばかりに目ぼしい情報を持ち帰ることに成功。

 最後の最後に慌ただしくなってしまったが……まぁ、大戦果と言えよう。



 また情報が必要になったらそのときは、もっと僻地の穴場を探し出してゆっくり収集すれば良いさ。



 あぁ、そのためにはまず……衣類だな。

 

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