第5話 戦・況・把・握




 さてさて。


 ある意味で戦利品と言えるであろう、ニュースやらブログ記事やら解説動画やらドキュメントファイルやら、多岐に渡る情報の数々。

 私はそれらを高度3万メートルを浮遊する前線拠点にて、悠々と吟味しているわけなのだが。



 まず何よりも私を驚かせたのは、今日の日付だ。

 私の記憶が確かならば……『人間』であった私が死んでから、恐らく半世紀近くの年月が経過していたのである。


 正確な没年なんて覚えちゃいないが……それでも、ざっくり五十年。

 血族や友人や同僚などの『既知の人間にでも会いに行ってみようか』なんて浅はかな思考を、容易にブチ壊して余りある年月だ。

 当然、立場も所在地も交友関係も、何もかも変わっていることだろう。それこそ私のように、とっくに命を落としていたとしても驚かない。




 ……そうとも。

 およそ半世紀もの月日は、様々なものを変えて余りある……ということらしい。


 その最たるものが、新世代技術である『魔法』の隆盛と、先程目撃した禍々しい敵。そのあたりだろう。

 そのどちらも、以前の私が生きていたときには影も形も存在しなかったものであり、現在の私の知識や記憶が全く通用しない相手である。






「戦わせてる、ってぇのかよ……子供を」


『所感。思考上の描写を物質世界へと転写、非物質的現象を引き起こす技法であると推測致します。本能的に限界を認識する成熟個体では、事象発現まで漕ぎ着けることは不可能。無知であるが故の思い込みの強さこそ、当該現象の再現にあたり重要視されるものと推測致します』


「まぁ他にも素質とか、相性とか色々あるんだろうけど……そんな不確かなものに頼らざるを得ないって、それこそ『相当切羽詰まってる』か『費用対効果がデタラメに高い』かのどっちかだろうな」


『推測。提示された双方とも、一定の説得力を有するものと判断出来ます』




 とその周りについて、私が手に入れられた情報は、大きく分けて二つ。


 一つ。敵性存在は一般に『魔物マモノ』と呼称され、どうやら生命体の負の感情――恐怖や苦痛や怨恨や絶望など――を溜め込み、物質として受肉を果たした存在であるということ。


 そして……もう一つ。

 そんな『負の感情の塊』である魔物マモノに抗う存在、『希望の象徴』として……想いの力を身に纏う少女が、戦いの場に駆り出されているということ。




 先だっての出撃の際に葬り去った、見るも悍ましい赤黒の非生物。

 火砲や機甲兵器や小銃を携えた軍勢でさえ手を焼くそれらを、年端も行かぬ少女たちに対処させているという事実。


 私の生きた証など何も遺されていない、似ているようで全く違う母国を眼下に。

 だがしかし……その事実が何だか、無性に癪に障った。




「……スー。例のパワードスーツあっただろ。アレの調整を頼みたい」


『承諾。搭乗筒規格の更新、ならびに携行装備の生産が必要と判断致します。鉱物加工設備への動力ラインを確立、艦長ニグ諸元への適応化処置を開始致します』


「どれくらい掛かる」


『回答。惑星地球標準表記にて、18日と16時間43分と推測致します』


「ッ、…………思ったより掛かるな」


『解説。搭乗筒及び接続ファスナー代替部品の枯渇により、末端部品の調達から当該目標物の製造を行う必要がございます。スー・デスタ10294艦内ファクトリーの出力機では』


「可能な限り急げ。加工設備への出力供給、パワードスーツの準備を最優先。……あぁ、どうせ無人だろ。艦内環境数値を再設定、光源も重力場も温湿度制御も全部……あー、艦体の隠蔽以外は全部切って良い」


『了解。艦長ニグより入力を認識。オーダーを履行致します。報告。予想所要時間は惑星地球標準表記にて、およそ10日前後と見込まれます』


「…………解った。頼む」


『了解。お任せ下さいませ』




 たとえ見ず知らずの存在とはいえ……対魔物マモノの尖兵として幼子が戦わされているだなんて、到底受け入れ難い現実だ。

 ……とはいえ、勿論そこへ至るまでには様々な試行錯誤があったことだろう。最終決定を下した大人とて、それは恐らくは苦渋の決断だったことだろう。


 既に死んだ存在であり、こんな危機にずっと眠り続けていた自分が……色々な意味で『余所者ヨソモノ』である自分が、横から偉そうに指図できる筈が無い。



 ……だから。

 あの子達には……そして『国』には、私は何も期待しない。



 所詮は『余所者ヨソモノ』である私が、自分勝手に暴れるたたかう分には。


 あの『国』の人々に実害さえ出さなければ……それこそ、なんの文句も言われる筋合いは無い筈なのだ。




「所詮は他人の、何処の誰とも知らん子供ガキだけどよ。……だからって見殺しにする程、人間ニンゲン辞めたつもりはェんだよ」


『訂正。艦長ニグの現活動機体である異星探査機【MODEL-Οδ-10294ARS】は』


「うるせェ言いたい事ぁ理解わかってっから黙れポンコツ。それよか武器寄越せ、武器」


『回答。揚星艇内第Ⅱ倉庫にて、当該物品の登録を検知致しました。艦長ニグおよび【MODEL-Οδ-10294ARS】においても運用が可能であると予測されます』


「使うぞ。用意……あと、も一回っかい転送の準備だ。ぞ」


『了解』




 高度3万メートルの前線基地から見下ろす、遥か下方の地表。

 先程初陣を飾った廃墟街からは幾分か離れた、緑の色濃い山間の地方都市にて。


 人類の天敵である『魔物マモノ』と、と戦う者『魔法少女』の姿を……見つけてしまった。




 さて、目覚めてからこちら戸惑ってばかりでな。

 ちょっとばかし……欝憤を晴らさせてもらおうか。





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