第6話 状・況・改・悪




『――続いてはこちらのニュースです。全国各地にて目撃情報が相次ぐ、。未だ詳細情報が開示されないことに対し不満の声が上がる中、先程政府主導による会見が開かれました』


「……………………」


『――異聞探索省によりますと、このは登録名【イノセント・アルファ】。これまでと全く異なる技術体系によるとのことですが、最終評価試験中に養成舎を脱走。未だ本人の保護が出来ていないことから、公表までに時間を要したものであるとのことです』


「……………………」


『…………えー、我々異聞探索省としましても、今回の件を極めて重く受け止め、公務への協力意思にかかわらず、本人の意志を尊重するとともに、全力で要望に応じていく次第であります』


『――本鳥羽ほんとば良人よしひと異探大臣はこのように述べ、メディアを通じて国家魔法少女ならびに国民へ向け、【イノセント・アルファ】保護の協力を広く呼び掛けました』


「……………………」


『登録。艦長ニグの識別名を【イノセント・アルファ】へ訂正』


「するなアホ。誰が家出魔法少女だボケ」





 …………聞いてない。

 いやまあ、身元を明かしてないんだから連絡なんて来るわけが無いのだが……だとしてもはさすがにあんまりだろう。


 ここ数日、私は寝る間を惜しんで(まぁ眠る必要も実際は薄いのだが)日本各地へ転移を繰り返し、そこそこの数の『魔物マモノ』を駆除した自覚はある。

 その甲斐あって、と言うべきだろう。私が介入を開始する前のニュース記事には『魔法少女の負傷』情報が少なからず散見されていたのだが……少なくとも、ここ数日はそんな記事は上がっていない。

 代わりに増えたのが、先程【イノセント・アルファ】と名付けられたこと、私に関する記事である。



 私が取材に応じていない以上、当然と言えば当然だが憶測が極めて多く、信憑性など無いに等しいのだが……ソレが結構な閲覧数を記録しているのだから、全くもって理解に苦しむ。

 トドメに、こともあろうか『魔法少女』呼ばわりと来たものだ。私の格好のどこに『魔法少女』要素があるというのだ。ただの布だろうに。



 例によって『人間ニンゲン』用の設備が存在しない前線拠点ならびに母艦であれば、当然人間用の衣類なんて備えがある筈も無く。

 かつてこの船を支配していた異星人は、その体格こそ小柄な人型ヒトガタだが『着衣』の文化は無かったようで。


 なので私は、現在進行形で『衣類』あるいは『衣装』の類を、身に着けていない。



 とはいえ当然、全裸であるわけではない。

 さほどの羞恥心は感じないとはいえ、少なくとも幼気な少女を模した造形の身体だ。衆目に晒すのは色々とマズかろう。

 ……などと考えた私が身に纏っていたのが、金属のような光沢と質感を持ちシリコンのような柔軟性を持つ、布地のような『何か』だ。

 異星人どもの肌の質感にどことなく似ている気がする、その『布』。……ともすると医療用パッチだとか人工スキンだとか、そんな感じの備品だったのかもしれない。

 ともあれ私の身を守っていたのは、つまりはだ。つやつやと白く光り輝くソレを身体に巻き、あるいは羽織り、丁度良い感じに整えただけの簡易装束である。


 あるいは、が原因で『潔白イノセンス』などという呼称が付いたのかもしれないが……無知で愚直イノセンスとはよく言ったものだ。



 しかしながら、私の名は当然【イノセント・アルファ】なんかではない。惑星地球原生知的生物型地表探査機【10294ARS】、個体識別呼称は『ニグ・ランテート』。

 ……由来は製造担当者のペットの名前らしいが、まぁ良い。鬱憤は既に晴らしてあるのだ。現在はこちらの名で通しているし、母艦の管制人格スーにもそう登録してある。

 所詮は死人だ。人間だった頃の名前は……もう名乗る必要も無いだろう。




「……で? 何の用だ、スー」


『報告。戦闘用外部骨格【TDE-1097/PA】の改修処置が完了致しました』


「わかった。一旦母艦に戻る……が、地上の監視は継続しててくれ。ヤバそうなのが出たらすぐに呼べ」


『了解。指定エリア内の敵性存在監視を継続。艦長ニグの転送を開始致します』




 この身体機体でも戦えないことは無いが、戦闘用の装備があるのならそちらを使うべきだろう。

 一方的な義憤のもと、人々を脅かす魔物マモノを狩るには……出力も耐久力もペイロードも高い良い身体機体の方が、都合が良いに決まっている。


 照明のほとんどが落とされ、底冷えする冷気に充ちた艦内を進み、やがて格納庫に隣接する倉庫へと辿り着く。

 大型ハッチのすぐ側、片膝を突く体勢で安置されていたのは……立ち上がれば3メートルに達しようかという、巨大な全身鎧だ。



 曲面主体の装甲板は、黒々と光る超硬合金。たかが観測機であるこの身体機体を遠く突き放す高出力の反応炉を備え、赤く煌めくエネルギーラインとセンサーの光が周囲を怪しく照らし出す。

 小柄な私の眼前で跪く巨体、その背中の装甲板が『ばっくり』と割れ、そこには搭乗のための狭い空間と、ケーブルやコネクタの沼が姿を現す。


 元々が小柄な異星人用の強化外骨格であり、奴ら程ではないが小柄な体躯の私であれば、膝を畳めば潜り込むことは可能である。

 操縦においても、問題無い。私にとってはスロットルやレバーの類を操る必要など無く、頭髪(を模した単分子ワイヤーの束)の中に隠された二対四本の『金属の触手』を、所定のコネクターへと接続する。それだけだ。




『質問。調子は如何でしょうか、艦長ニグ』


『問題無い。動きに違和感も無いし、出力も桁違い。……良い感じだ』


『報告。敵性存在の出現を感知致しました。脅威レベル指定値よりも幾分下がりますが、如何致しましょう』


『あー…………まぁ、せっかくだ。試運転と洒落込もうか。装備は?』


『回答。【TDE-1097/PA】内蔵機装に加え、携行装備として切断機装:高質量割断鉈斧ヘヴィヴォージェ【ミノタウルⅡ】及び防御機装:禄式砲塔防盾トーメントタワー【ティターンⅥ】の使用が可能です』


『どうせなら使ってみるか。……転送頼む』


『了解。艦長ニグおよび戦闘用外部骨格【TDE-1097/PA】、指定座標への転送を開始致します』




 数値上では、軽く数倍は跳ね上がった戦闘力。この装備があれば今まで以上に『駆除』が楽になるだろう。

 勝手に【イノセント・アルファ】などと呼称され、魔法少女呼ばわりされるのは予想外だったことだし……今後は姿を晒す必要がないの方が、色々と動きやすいかもしれない。




 まぁ……そんな私の思惑は、ものの見事に大ハズレとなったわけだが。



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