第7話 接・敵・遭・遇



 ……やり過ぎた。やらかした。


 そりゃそうだ。落ち着いて考えるまでもなく理解わかることだろう、何せ探査機の時点でオーバーキルだったのだ。

 その数倍、下手すれば十数倍の戦闘力を秘めた黒鎧が、脅威度で言えば『大したことない』魔物を相手取れば……なることは目に見えていただろうに。




『報告。周囲『ヒト種』生命反応に対する被害は確認されませんでした』


『…………それは良かった』



 天頂から振り下ろした高質量割断鉈斧ヘヴィヴォージェ【ミノタウルⅡ】は魔物マモノを容易く消し飛ばし、勢い余ってその後方の雑居ビルを数棟纏めて粉砕し。

 ビビって動きを止めた私の背後、飛びかかる別の魔物マモノへと、つい反射的に禄式砲塔防盾トーメントタワー【ティターンⅥ】を思いっきり振り抜いてしまい……結果、砲弾の如き勢いで撥ね飛ばされてきた魔物マモノの残骸によって、大型商業ビルは大きく抉れ。


 あらかじめ周囲へ避難命令が下されていたようで、人的被害は生じずに済んだとはいえ……ハッキリ言って、私が駆逐した雑魚マモノよりも甚大な被害を叩き出した自覚がある。




 加えて……そんな自責の念を抱え、立ち尽くしていたのが悪手だった。

 現在の私の機体身体、周囲市街地に齎された被害、それらを傍から見たら――しかも見た者がよりにもよって、人生経験の浅い少女であったなら――どういった感想を抱くのか。


 我に返り、彼女らに気付いたときには……もう手遅れだった。




「……指揮官コマンダー、こちら【神兵パーシアス】。目標を視認、既に市街地に被害が出ています」


『…………魔法少女、か』


「ッ!!? ……喋っ、た……!?」



 あぁ……またしても。


 そういえばそうだ……これまでに駆逐してきた魔物マモノ共の中で、明瞭な言葉を発した個体など居やしない。


 これは『やらかした』な。

 敵性反応のあった場所に鎮座し、街を破壊し、人語を話す、しかし到底ヒトには見えない異形の存在。


 眼前の少女達……ふたりの魔法少女が、どういう行動を取ろうとするのか。

 想像するのは、非常に容易い。



「……これ…………アナタがやったんですか?」


『……………………』


「答えなさい! アナタの仕業なのですか!?」


『………………あぁ。……そうだ』


「ッ……! 指揮官コマンダー、警戒度上昇提起を! 実働二課【神兵パーシアス! 執行を開始します!」


「同【星蠍スコルピウス】……執行を開始します」




 まぁ…………なるだろう。


 私がこの戦闘用外骨格パワードスーツ姿でなければ、今まで通りの機体身体【イノセント・アルファ】であったのなら、ここまであからさまに敵認定されることも無かっただろう。


 とはいえ、実際に街を破壊したのは事実であるし……おまけに見た目がだ。

 漆黒の装甲板と、赤雷のセンサー光。黒赤とは即ち、彼女らが敵と見定める『魔物マモノ』の外見的特徴の一つでもある。

 ……オマケに、この機体は元を辿れば『異星人の戦闘用装備』だ。私とて操縦装置にしか手を加えておらず、つまり見た目はそのまま『異星人の侵略兵器』なのだ。


 これだけの状況が揃っていたら……警戒するな、という方が難しいだろう。




「星装顕現、【アルゴル】【ミルファク】!」


「星装、顕現……【アンタレス】!」



 さて。不幸なすれ違いにより相対する羽目になった、二人の魔法少女。

 それぞれ黒檀と煤黒の光を纏う武具を携え、臆することなく『新種の魔物マモノ』へと向かってくる。


 彼女達のことは……私は一方的に知っている。先日持ち帰ったの中には、いわゆる『機密文書』にあたるファイルも含まれていたのだ。

 この国が擁する特記戦力。対『魔物マモノ』限定であるとはいえ、超常の異能を行使することができる稀有な存在……魔法少女。

 この国に所属し、管理され、庇護を受け……対『魔物マモノ』戦力として扱われている、年端も行かぬ少女達である。



 化物殺しの英雄『神兵ペルセウス』の権能を宿す【パーシアス・エベナウム】と……黄道十二門『星蠍スコルピオ』の権能を従える【スコルピウス・ランプブラック】。

 戦闘力で言えば上から数えた方が早い両名であり、はっきり言って面倒極まりない相手だ。


 鉤状の切っ先を持つ刀剣型の武具【ミルファク】を振るいながら、追従浮遊する魔器【アルゴル】による行動阻害魔法をバラ撒く【神兵パーシアス】。

 一方やや後方に位置取る【星蠍スコルピウス】は、長弓型の【アンタレス】から高精度の狙撃を矢継ぎ早に、『これでもか』と叩き込んでくる。


 万に一つも『負ける』ことは無いとはいえ……はっきり言ってしまおう。予想以上の強さだ。

 事実、私の身体には先程から幾度となく長弓【アンタレス】の矢が叩き込まれ、また鉤剣【ミルファク】による斬撃は通らぬながらも衝撃が凄まじい。


 異星人謹製の装甲素材、中性子砲の砲火を掻い潜るための高硬度合金でもなければ、あっという間にクズ鉄と化していただろう。……いや『鉄』とは限らないが。




ッッ、……たいなぁ! もぉ!」


「あり得ない……これだけ叩き込んで……!」


『…………気は済んだか』


「ッ! バカにして……! 【星蠍スコルピウス】!」


「了解……星装顕現、【サルガス】!」


『……疲れるだけだろう。無駄な足掻きは止せ』


「アナタこそ! 大人しくお縄につきなさい!」


『断る。お前達の存在自体が気に食わん』


「【神兵パーシアス】、対話は無駄。……一気に攻める」




(おいヤバいぞヤバいってこれ。おいスーまだか? 転送だ転送。早くしろ早く)


『報告。貴機【TDE-1097/PA】の諸元が揚星艇【α10294-41】より確認出来ません』


(は…………!?)


『推測。交戦中ヒト種、分類『魔法少女』による何らかの妨害波ジャミング、或いは副次的に妨害波ジャミングに類する効力を及ぼす機能の行使が予想されます』


(光学式視覚カメラには視えてるだろうが! 通信も繋がっている! それでも転送出来ないっていうのか!?)


『回答。現状では貴機【TDE-1097/PA】を転送する程の通信強度確保は困難であると判断出来ます。提案。揚星艇【α10294-41】の深度隠蔽を解除、若しくは高度を下げ直接距離を接近させ――』


(却下だ! 下手な真似してみろ! あの【星蠍スコルピウス】にブチ抜かれるぞ!)


『提案。貴機【TDE-1097/PA】ならびに搭載探査機【MODEL-Οδ-10294ARS】の投棄による――』


(それも却下! 地球にとってオーバースペックの超兵器だぞ! くれてやるワケに行くかよ!)


『了解。提案。高度通信確立可能な別機体による直接ダイレクト座標送信スポッティング、及び二点座標間における強制転送ラインの形成による当該機【TDE-1097/PA】転送を提案致します』


(……なるほどな。それで行くぞ)


『了解』




 弓を棄て、代わりに長剣を構え直す【星蠍スコルピウス】が前衛に加わり、先程までより苛烈な攻撃が全身を襲う。

 幸いにも致命打は防ぎきっているが、しかし視覚素子センサーや関節機構の守りは当然薄い。いつまで耐えられるかは不安でしかない。


 なので、速やかな離脱を試みたいところなのだが……現状、転送による離脱は不可能となっている。



 その理由とは、大きく分けて二つ。


 一つ目は、あの魔法少女たちが何らかの力場を展開しており、それによって転送の中継を担う揚星艇から戦闘用外部骨格【TDE-1097/PA】が捕捉出来なくなっていること。

 とはいえ母艦の管制人格であるスーとの交信は出来ているため、完全にロストしたという訳では無いらしいが……ともあれその力場が展開されている限りは、揚星艇側から引き上げることは不可能。

 現在地を知らせるGPSをはじめ、殆どの信号が検知出来ないらしく、『引き上げるべき対象』を正確に捕捉するのが困難であるらしい。

 ……仮に強制転送を試み、あの『魔法少女』を巻き込んでしまったら……いったいどんな悲惨な事故に繋がることか。


 そして二つ目は、この機体身体が重量的にも機能的にもサイズ的にも、とにかく『大き過ぎる』ということ。

 仮に、例の【イノセント・アルファ】の身であれば、たとえこの力場に囚われていたとしても転送することは可能だという。

 元々が地表探査機として造られた機体身体は、出力のうち大半を投じて高度な通信能力を所持しているらしく、通信状況の劣悪な環境からでも転送帰還を行うことが可能。

 ……まぁ要するに、データ的に軽いということなのだろう。高出力炉と重装甲を備えた巨大なパワードスーツを送信するのは困難でも、小型で(比較的)低出力の探査機であれば送ってしまえるということらしい。



 以て、この状況を打破するための作戦が、管制人格スーによって提案された。

 それを行うためには……まぁ、一芝居や二芝居を打つ必要があるのだろうが、そればかりは仕方無い。災の種を地球に置き去りにするわけにも行かないだろう。



(…………腹ぁくくれよ、スー。お前にも働いてもらうからな)


『了解。艦長ニグの期待に沿う働きを御約束致します』



 ……全く。

 私はなにも……少女相手の劇団員やるために降りてきたわけじゃないんだがな。

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