■特級災魔«マールボック»対策本部




このお話の半分は『くもらせ』でできています(◜ᴗ◝ )



――――――――――――――――――――







 宮葵みやぎ県に出没した特級災魔の攻略作戦は、とても順調とは言い難い進捗であった。

 作戦通り廃空港へと誘い出すことには成功したものの……その規格外の防御力に苦しめられ『膠着状態に陥っている』との報告を受けていた。


 この状況を踏まえ、異聞探索省内特定害獣対策本部では、人員の追加派遣を決定。選定された魔法少女達の招集へ向け、アプローチを掛けていた段階だったのだが。



「…………え? なん……え、排除クリア? 消えた? «マールボック»が?」


「は。現地の部隊員からも報告が届いております。『一切の人的被害無し』。皆相変わらず見事なものです」


「…………そう、か。……あの子らも無事だったかぁ。……良かったなぁ…………良かったなぁ」



 本部が増援の魔法少女を手配し、人員輸送の準備を整えている間に……なんと、あっさりと除去に成功したらしい。


 当初寄せられていた報告が総じて絶望的なものばかりであったために、本部ならびに実働作戦司令室では悲壮な空気に充たされていたのだが……なんでも聞くところによると、例の彼女が此度も力を貸してくれたらしい。




 現地の魔法少女達の手に負えないと見るや、例の光を伴う瞬間移動で駆けつけ、光と雷の魔法を操り«マールボック»に深手を負わせ、排除に大きく貢献してくれた彼女。



 白銀シロガネの【イノセント・アルファ】。我々が勝手にそう呼んでいるだけに過ぎない彼女は、数ヶ月ほど前に突如として姿を現した。



 出自も実名も所在地も年齢も正体も、そしてその力の源となっているはずの天体も、正確なところは何一つとして判明していない。

 白銀色の長い髪とキトン姿が特徴で、極めて広い行動範囲と迅速な機動力を持ち、槍型の武器を振るい光の魔法を得意とする……未だ幼さ残る、謎多き魔法少女。

 

 我々が日夜対処に追われている災魔……一般的に『魔物マモノ』と呼ばれている敵の排除を積極的に行い、所属の魔法少女達を幾度となく守ってくれている、紛うことなき『恩人』である。



 一度しっかりとお礼を言わせてほしい。その働きに何かしらの形で報いたい。

 そんな理由から取ってしまった『あまりにも軽率な行動』は、どうやら彼女の機嫌を著しく害してしまったらしく。

 それ以降は……所属の魔法少女達が接触することまでは出来ても、決して警戒を緩めようとはしないのだとか。


 中でも、私からの言伝を携え初めて接触を果たした二人組――【神兵パーシアス】と【星蠍スコルピウス】――は特に警戒されているらしく、あの一件以降は遭遇することさえ叶わなかったらしい。



 そんな折、今回の『規格外』……識別呼称として«マールボック»の名が付けられた、理不尽な巨体と防御力を備えた災魔の出現だ。

 序列高位アッパーが四人掛かりで手も足も出なかった相手に深手を負わせ、攻勢の起点を作り出すという大戦果。

 しかも……彼女があれ程までに接触を避けていた【神兵パーシアス】と【星蠍スコルピウス】が現地に居たにもかかわらず、彼女らの窮地に手を差し伸べてくれたというのだ。



 どれ程の礼を重ねても、どれ程の報酬を積み上げても、この大恩に報いることは難しいだろう。


 ……なにせ、我々は恐らく……彼女と相見える機会を既に、そして永遠に喪っているのだから。




「……失礼します、本鳥羽ほんとば大臣。【神鯨ケートス】様と【麗女カシオペイア】様が到着致しました」


「通して下さい。……こちらは……後は、お願いします」


「は。……大嵐は消え去りましたからな。対策本部も御役御免でしょう」


「ははは……おかわりが来なきゃ良いですがね」




 対策本部の置かれた大会議室を離れ、秘書を引き連れ近くの小部屋へと急ぐ。

 扉の向こうで私の到着を待っていたのは、この国における災魔対策の重要人物……私が呼び寄せ足を運んで貰った、二人の現役魔法少女である。







「先ずは、ありがとう。あと、お疲れ様。よく帰ってきてくれた。……そして…………済まないね、二人共。あんな戦いの後で……直ぐにでも休みたいだろうに」


「うちのことは気にせんといて下さい。アルファちゃんのお陰様で結局、うちそんなエグい消耗せえへんかったですし」


「……私は……ほんと、ただお迎えに『跳んだ』だけですから」


「それでも…………いや、止めておこうか。ありがとう。……それじゃあ、早速で申し訳無いが……」


「わかりました。あぁせやけど、これあくまでうちの所感ですんで……」


「分かってる。個人的に聞いておきたいだけだ、本部がすぐどうこうなる訳じゃない」




 今回二人を呼んだのは……ほかでもない。

 件の【イノセント・アルファ】とそこそこ言葉を交わしたという【カシオペイア・ケルメイン】から、彼女アルファに関する情報を手に入れる……いや、印象を聞くためだ。


 そしてあわよくば、今後現地で相見えるであろう魔法少女達を通して感謝の意を伝えたい。

 それが実際に叶わないまでも……今はとにかく、謎だらけの彼女アルファの人となりを知るため、あらゆる情報が欲しかった。


 そもそもが、頑なに魔法少女達との馴れ合いを拒む彼女なのだ。ほんの僅かな会話や所感でも、この上なく貴重な情報となるだろう。




「うちが感じた印象としては……なんていうか、『不器用な子』って感じですかね? 悪い子じゃない……まぁ当たり前やけど、普通の、ちょっと気難しいだけの女の子ですよ」


「……であれば、やはりは完全に悪手だったな。……警戒させてしまっただけか」


「追い込んだだけ、でしょね。……さっき、状況解除されたとき……うち聞いてみたんですよ。『何かお礼したい』『何か欲しいもの無い?』って。……何て返ってきたと思います?」


「………………聞かせてくれ」


「ビックリしますよ? …………パン、だそうです。欲しいもの」


「ッ!? ………………そう、か」


「えぇ。しかも……生意気にも誤魔化しよったんです? あの子。うちが『何が欲しい?』訊いたら『パン……いや、なんでもない』って……取り繕って、強がったんよ。……生意気に」


「……………………」




 強大な魔法を使いこなし、昼夜問わず寝る間を惜しんで戦い続けていた彼女アルファが欲するもの。

 それが……こともあろうに、ただの食糧パンだという。


 過酷極まりない稼働をこなす彼女に、『せめて家では健やかに過ごしていてほしい』と……恐らくは『対策本部』総員が抱いていた些細な祈りさえ、届くことは無いと知った。

 食事を作る親や知人も居らず、被災者へ定例配布される食料支援さえ届いておらず、その年齢ゆえ仕事に就くことも叶わぬであろう。

 魔法少女達へと支給される様々な手当や、各種の福利厚生に至っても……当然、何一つとして届かない。


 ……当たり前だ。我々は彼女の持つ口座はおろか……住所から本名に至るまで、何一つとして把握出来ていないのだから。



 彼女が何者で、何処を拠点としているのか。この数ヶ月、あらゆる手段を用いて手掛かりを掴もうとしていたが、その成果は全く芳しくない。

 本名さえ判らぬのであれば、もちろん戸籍基準で探すことは不可能だ。『変身』時に大きく容姿が変わる子も少なくはないので、外見的特徴で探すことも難しいだろう。



 年頃の少女が『教育を受ける』という当然の権利さえ剥奪され、国からの救いの手を何一つとして受け取ることが叶わず、人々のためにと終わりのない戦いに身を投じ。


 そんな献身の報いが……食うにも困り、腹を空かせている現状だという。


 ……そんなことが。そんな理不尽があってたまるか。

 なんとも歯痒く、口惜しく……無力な自分が苛立たしい。



「バカやと、思います。……おバカちゃんですよ、ほんま。……あんな強くて、魔法使いこなせるなら……なんぼでもできてまうやろに」


「…………転移系の魔法は、その……『悪用はいくらでも出来る』って……私も、よく言い聞かせられました、けど……」



 我々が情報を追えないということは、国に登録されていないということに他ならない。

 我々が正体を掴めていないということは、こちらが追う手段が何一つ存在しないということに他ならない。


 仮に。そう、仮にだが……あの子がその槍で人を脅し、金品を奪ったところで。

 その転移魔法と機敏な移動能力を悪用し、金銭や物品を奪い逃げ去ったところで。

 彼女を追うことが出来ない我々には、物理的にも社会的にも、何一つとして制裁を科すことは出来ないのだ。


 それを知ってか知らでか……しかし、彼女は道を踏み外さない。

 容疑者不明の窃盗や強盗事件には、彼女の痕跡は当然ながら見つからない。

 立場上褒められたものではないと重々承知しているが、もうから、どうか健やかにあってくれと……そう願わずにはいられない。



 ……そう願ってはいても、しかし我々には何も出来ない。状況は既に、完全に詰んでいる。

 我々が最初の最初に、踏み出す一歩目を間違えてしまったばかりに……彼女が心を開く機会を、自らの手で潰してしまったのだ。


 本人の意志があったにしろ、不本意であったにしろ……いずれにせよ、あれ程の力を発現させてしまった彼女が『恐れ』を抱くだろうということに、何故思い至らなかったのか。

 会ったこともない大人から突然『彼女は我々の仲間だ』などと吹聴され、勝手に外堀を埋めて回られ、知らない人から『こっちへおいで』などと甘言を囁かれ……それで打ち解けられると、何を根拠に考えていたのか。


 我々は既に、取り返しのつかないところまで来ているのだ。ヘタな手を打つことは、もう二度と赦されない。

 だからこそ……少しずつでも、距離を取られていようとも、魔法少女達に情報収集を頼むことしか出来ない。




「……うちも、【神鯨ケートス】ちゃんみたいに『かばん』使えたらなぁ。……パンだけやなくて、いろんな美味いもん持ち歩くんに……」


「…………では、私が、その……美味しいものを持っておいて、急いで『跳んで』いく、というのは……」


「………………そうですね。【神鯨ケートス】様の業務を若干見直し、待機時間を多めに用意するとして……お願い出来ますか?」


「っ、はいっ! やります!」


「ほんま!? おおきに【神鯨ケートス】ちゃん!」




 そんな単純な手で、彼女の警戒心が絆されるとは思っていない。

 思ってはいないが……現状、他に距離を縮める手段は思い浮かばない。


 何にせよ、我々大人は既に悪手を踏んでいる。これ以上状況を悪化させないためには、やはり彼女ら魔法少女達に任せるしかないだろう。




「……それでは、そのように。次の警報が発令されたら……当直に加えて、【神鯨ケートス】様にも連絡を入れるよう通達しておきます」


「はいっ! よろしくお願いしますっ!」




 どうか……どうか、願わくは。

 心まで高潔な【イノセント・アルファ】の献身が、報われることがありますよう。








――――――――――――――――――――







「何か欲しいもんあるか、って言われても……いくらなんでも初対面の女の子相手に『パンツくれ』ってなァ、さすがにセクハラ以外の何者でも無ェよな」


『所感。他者に対し下着を要求する行為は、惑星地球圏内における文化分類『セクハラ』に当該する加害行為であるものと判断致します』


「だよなァ」





――――――――――――――――――――




あと『かんちがい』も含みます( ◜ᴗ◝ )





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る