第13話 裁・縫・試・行




『要請。出力完了資材の検品および可否判断を要求致します』


「ん。…………んー……まぁ良さそうだな。これでイケるか」


『疑問。出力完了物品、ならびに提供資材の用途に関する情報開示を要求致します』


「何もそんな難しいことじゃねェって。……まぁ見とけよ、昔取った杵柄ってヤツだ」


『疑問。発言の意図が理解出来ません。『キネヅカ』なるワードが示す事象に関する情報を要求致します』


「まずうちさァ、今から作業したいんだけどさァ……頼むからちょーっと静かにしてて頂きたいんだわ。後で説明すっからさァ……緊急時以外話し掛けないで貰える?」


『了解。緊急分類告知を除く全通知を停止致します』




 擬似肺腑へと大きく空気……もとい、艦内気体を吸い込み、そして吐き出し。

 人工物の集合体であるはずの顔を、器用にも苦々しげに形作りながら、とりあえず作業に取り掛かる。


 母艦内の工厰ファクトリー区画、微細な針から大型の機械部品まで出力可能な多用途形成機の隣、縦横2メートル程度の広々とした作業台へと、まずは材料を載せていく。



 ベースとなるのは……まぁ他に選択肢が無いのもあるが、例のメタリックシリコンシート。異星人のスキンを彷彿とさせる、ツルッヌメッピタッとする例のアレだ。

 適当なサイズに切り揃えたものを二枚重ね、金属製の作業台に可変磁性板で固定してある。


 副次素材として、私や【D型】の毛髪を再現するのに用いられたモノフィラメントワイヤー……を複数本縒り合わせた、糸。……そう、糸はなんとか再現出来たのだ。

 さすがの異星人とて、固定や係留の際にロープ的なものを使うだろうと考え、結果確かに『コンポジットワイヤー』なるものは存在していたらしい。

 あとはの極小径版を生産し、検品を経て『恐らくデタラメに頑丈な糸』が完成した。


 そこに加え、つい先程検品を済ませた、こちらの『後端に微細なアナの開いた極小口径高初速実体貫徹弾』……つまるところ『縫い針』が揃ったとなれば。



 もうおわかりだろう。

 私は今から、ここで、自分の手で、手作業で、手縫いで、現代日本の衣類(のようなもの)を製造しようと企んでいるのだ。



 ……とは言ったが正直なところ、そこまで難しい話ではない。

 作ろうとしているのも複雑な形状では無いし、あくまで一回か二回着ていける程度の仕上がりで構わないのだ。


 工程としては、布(?)をお目当ての形状にカット。表裏の二枚分用意したそれを、縫い針(?)と縫い糸(?)で縫い合わせていき、最後にグルッと内外を裏返せば良い。

 気になる金属色や特徴的すぎる光沢は、工廠ファクトリー内の塗装ブースでなんとかする。……なんとかなれ。




(まぁ視力も精度も上がってるからな。そんな難しい事じゃないわ。……時間は掛かるだろうけど)



 遠い遠い昔……って程でも無いが、私がまだ人間の幼子であった頃。

 小学生という被教導身分であったときに、講義の一つとして指導を受けた『裁縫』という技術だ。


 針と糸を用いて布を縫い合わせ、袋や鞄や小物や衣類を作り出す、日本国の義務教育においては『家庭科』に分類される技術。

 学んでいた当時は恥ずかしげも無く『完成品を買えば』『ミシンを使えば』等と屁理屈を捏ねていた記憶が残っているが……まさか云十年を経て異星文明に存在を弄られ、人の道から外れた今になって役に立とうとは、教えた女性教諭本人も思わなかったことだろう。



(二枚合わせて、待ち針で固定して、縫い針に糸を通して反対側の端に玉止めを作って。速さ重視なら単純に波縫い……いや丈夫にするため半返しか本返しで……いややっぱかがり、いやここは敢えてまつり、いや奇をてらって千鳥ちどり……)



 スーを黙らせることで静かになった工廠ファクトリーにて、ああでもないこうでもないと熟考(2秒)に及んだ結果、とりあえず一通り試して判断することとした。


 結果判明したのは、やはり糸そのものの強度がずば抜けており、日常使いで糸の部分が切れることはまず無いだろうということ。

 加えて、地球上における天然繊維である綿糸に比べ、摩擦が圧倒的に少なく……どちらかと言うと、ナイロンやポリエステル等の合成繊維に近い性能を持つということ。


 とはいえ……金属線ワイヤーで裁縫を試みるアンドロイドなんて、間違いなく前代未聞だろう。

 前例があるわけでもなく、確かな正解も存在しない。どんな縫い方が最適なのかは未知数であり、要するに『考えるだけ無駄』だと言える。




(まぁ失敗したら失敗したで、材料はまた作らせれば良いし。……どうせ時間はまだある、少なくとも進むべき方針が定まったんだ。一歩ずつ進んでけば良い)



 重金属加工機や精密出力機が立ち並ぶ、物々しい工廠ファクトリー区の片隅。

 手許はちくちくと針仕事に勤しみながら、しかし思考中枢で考えてしまうのは、例の『魔法少女』達のこと。


 これまでに接触してきた『魔法少女』達は、上は概ね高校生程度から、下は小学生程度の外見年齢の者達まで見て取れた。

 小学生……私が『裁縫なんて何の役に立つのか』などと不満をこぼしながら、講義を嫌嫌受けていた年齢である。



 人間を平然と害する『魔物マモノ』との戦いに日常を侵され、健康的で規則正しい生活を送ることさえ侭ならず、ときに怪我を負い、ともすると命を落とすやもしれぬ境遇にその身を置く彼女達は……果たして、必要な『教育』を受ける余裕があるのだろうか。


 私が生きていた時代よりも様々な危険が増え、どう考えても殺伐としているであろうこの時代において。

 カネよりもきんよりも貴重な青春のひとときを、血と埃と涙で塗り潰すことの意味を……彼女達は、理解しているのだろうか。



「…………スー、前命令を撤回。脅威度が低かろうと『魔物マモノ』が出たら直ぐに教えろ」


『報告。惑星地球地表座標α38.25/β140.89付近において『魔物マモノ』対『魔法少女』および一般ヒト種軍勢による交戦反応を検知しております』


「は!? おま……早く言えよ! あぁそうだよ私が『話し掛けんな』って言ったせいだよな! 詳細は!?」


『報告。当該『魔物マモノ』個体は未確認の変異種と推測されます。通例を覆す大型、かつ分類『魔法』兵器に対する高水準の耐性、仮称『魔力』エネルギー吸収による擬似的な再生機構を有する模様』


「明らかにヤバそうじゃねえかよ!? 何で報告上げなかった!」


『回答。本艦ならびに艦長ニグの行動を脅かす『緊急分類』には該当しないと判断致しました』


「ああそうか理解わかった! 帰ったら認識の擦り合わせすっぞこのクソポンコツ!」



 針が突き刺さったままの布(?)を放り出し、作業の妨げになるからと脱ぎ去っていた衣装(?)を再び纏い……ついでに、つい先程試作品が完成した『下着未満』も身に着けていく。

 形状と特徴から、正確には『ふんどし』と呼称するのが正しいであろう。非戦闘時にゆっくりと着け心地を検証しようと画策していたのだが、そんな予定もブッ飛んだ。

 試作品だが仕方無い、別に死ぬことは無いだろう。


 脳内に開示されていく情報を吟味するに、なかなかヒトの数が多い。万が一にもまくられたときのことを考慮し、念には念を入れておくべきだと判断を下した。



「…………っし、変なトコ無ェな! 出るぞスー、転送頼む」


『了解。地表座標、既に入力処理は完了しております。艦長ニグ、識別名称【イノセント・アルファ】の転送を開始致します』




 転送の前兆、身体機体が身に纏う単層軟滑皮膜ツルヌメピタ布もろとも光に解けるのに身を任せつつ、未だ見ぬ『新種の魔物マモノ』への敵意を研ぎ澄ます最中。



『報告。当該区域にて戦闘中の『魔法少女』4個体、うち2個体の照合が完了致しました』


「は?」


『報告。魔力光波響紋【24130D】および【49462C】を検知致しました』


「何だソレ!?」


『回答。識別呼称【スコルピウス・ランプブラック】および【パーシアス・エベナウム】と判断出来ます』


「は!?!??」




 二度と会いたくない、などと言い放ち逃げるように立ち去った相手に、不可抗力とはいえこちらから会いに行く羽目になったとき。

 ……一体どんな顔をして会いに行くのが正解なのだろう、ただただ気まずいことこの上ない。

 せめて……せめて心の準備を、じっくり思考を整理するための時間が欲しかった。……欲したところで、何も変わりはしない。


 光に分解され、対象地点へと光の速さで送り届けられていく最中。

 一体どうしてこんなことになった、何が悪い、誰のせいだと考えを巡らせるも……どれだけ反復思考を試みようと『私自身』以外の結論に辿り着くことが出来ず。




(畜生……あの魔物マモノ絶対ぜってェぶっ殺す)


『推測。艦長ニグ改め【イノセント・アルファ】、戦意高揚状態であると判断致します』



 交戦中だった4名の魔法少女、および銃器を携えた軍勢の注目を浴びる中……鬱憤を思い切りぶつけてやろうと、とりあえず殺意を研ぎ澄ますことにした。



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