第29話 絶・叫・降・下




ゼロ災でいこう!!




――――――――――――――――――――





 そんな感じの十日あまりを経て、ふと気付けば今日は土曜日。

 ……そう、短期的最優先事項であるディンの胸部保護用下着調達にあたり、私がエモトさんに協力の約束を取り付けた、まさにその日である。





「…………改めて見ると……やはり、すごいな」


「ゥ?」



 正直よろしくないと理解はしているが、とはいえ他に選択肢が無いのだから仕方無い。丸出しよりは幾分マシだろう。

 いつぞやの自作ダボTをディンに着せ、私達は可能な限り人目を引かないことを意識しつつ、これより目的地である『しまうら鷹森店』を目指すこととする。




「…………行くか。誘導頼んだぞ、スー」


『了解。目的地点を登録。音声ガイダンスを開始致します』


「ゥ! いくか!」



 出陣の意志を固めた私達は、いつもの転送機能……ではなく、気密隔壁を開け放ち後部甲板へと身を晒す。

 気温は氷点下マイナス40度、気圧はたったの0.01気圧。地表を遥か眼下に見下ろす成層圏の環境は、どこをどう見ても生物の生存に適さない。


 そんな高高度であっても、もちろん私達の活動には何の影響も無い。

 金属の骨格に様々な機器を組み込み、培養された生体細胞で表面を覆い、特殊な力場で機体全身の保護を施した、惑星潜入調査用ヒト型アンドロイド。……それが、私達なのだ。



 ……そうとも、考えてみれば至極単純なことではないか。


 生存環境とかけ離れた外気さえものともせず、内蔵機関による自前での『浮遊』および『飛翔』が可能だというのなら。


 アホほど目立つ『転送』を用いずとも……別に良いじゃないか。






「ゥやーーーーーーー!!!」


(さすがに……なかなかスリルあるが、な!)



 高高度の薄い空気を震わせて、全力で喜声を上げるディンに末恐ろしいものを感じながら……私は少しずつ近づいてくる地表を見据え、細かな制動を掛けていく。

 何といっても、落下する距離が距離だ。ほんの少し角度がズレただけでも、地表では数キロメートル規模での誤差が生じてしまう。

 目標地点である『しまうら鷹森店』付近に着弾着地するためには、弾道軌道制御を怠るわけにはいかない。……のだが。




「ちょォーちょいちょいちょいちょい! ディンどこ行くディン! こっち! ほら! こっちだってコッチ!」


「きゃーー!!」


「きゃーじゃなくて! そっち軌道がズレ……ああもうしょうがないなぁこの子は! 【クレメンタイン】出しなさい!」


「あいーー! おいでコール、【クレメンタイン】!」


「よくできました! えらいなぁこの子は!」


「ゥぇへへ〜〜!!」




 まさかこんなタイミングで、中近距離ワイヤー制圧機装アンカー【クレメンタイン】が役に立つとは思わなかったが……ともあれ私がこの先端チップを握っていれば、ディンと離ればなれになることは無いだろう。

 あの子の重力制御性能であれば、大事にはならないはずだ。最悪はぐれなければどうにでもなる。


 あの子は言動の端々に無邪気な幼さを垣間見せるが、決して知能が低いわけではない。

 観測による膨大な数値を処理できる性能からして、単純な演算処理速度頭の回転速度でいえば、私を上回っている可能性のほうが高い。


 ……なので、最終的には私の欲する結果に辿り着いてくれる。

 今でこそ全身全霊で『自由落下』を楽しんでくれているようだが……目的や私の指示を失する程ではない。だろう。たぶん。



「かあさま〜〜〜〜!!」


「脚を閉じなさい! はしたない!」


「ゥゃ〜〜〜〜!!」




 …………まぁ、何というか……なんだ。


 先日はあんなにボロクソ言い捨てたけどさ。それこそ『ざまぁ』とか、中指立てたりとか……心にも無いことを口走ったけどさ。




 異星人どもよ。


 ……命綱ハーネス、作ってくれて、ありがとう。






…………………………………………





 高度3万メートルから一直線の空の旅、所要時間はおよそ3分半。最高到達速度に至っては、およそ時速950キロメートル。


 スリル満点のアトラクションは……子どもっぽさを多分に残す彼女には、たいそう気に入ってもらえたらしい。




「かあさま! ワタシ、楽しかった! 所感を所持します!」


「………………良かったな」


「ゥ!」



 成層圏からのフリーフォールとて、もちろんそのまま地表まで降りるわけではない。

 着弾着地とは言ってみたものの、勿論それは『言葉の綾』というやつだ。地表が近付けば重力制御で制動を掛けるし、高深度隠蔽によって姿を隠すことも忘れない。


 あんなに全力でスカイダイビングを楽しんでおきながらも、私の言いつけをきちんと守ったうちの子……本当にえらい。涙出てきそう。もう何か疲れた。



 しかしながら、スーの的確な音声案内と私の見事な軌道制御、そして華麗な命綱ハーネス管理によって、目的地である店舗はすぐそこである。

 時間的にも……待ち合わせのおよそ30分前なので、まぁ問題ないだろう。盛大に場合に備えて、移動の時間を確保しておいたことが吉と出た。……少々早すぎたかもしれないが。


 とりあえず店舗屋上に着陸を果たし、隠蔽状態を維持したまま、待ち人である『エモトさん』の到着を待つ。

 ……もし来なかったらどうしよう、距離が縮まったと感じていたのは私のほうだけだったらどうしよう。……そんな心配は果たして、全くもって杞憂だったようで。




「……すまない、エモトさん」


「わ、わっ!? ……わぁ、びっくりした。……すごい、いきなり現れたように見えました」


「なるべくなら、人目に付きたくないから……な。私も……ディンも」


「あぁ……そう、ですね。……すみません、待たせてしまいましたか?」


「ゥ! 今きたとこ!」


「ン゛ボッフ!」



 隠蔽状態を解除し、姿を現した私達に、驚かされた様子で。


 魔法少女【パーシアス・エベナウム】改めエモトミレイさんは、ディンの一撃をまともに喰らってせながらも……ちょっと涙目で、しかし確かに口角を上げ。




「……それでは、あらためて……今日は宜しくお願いします。……覚悟して下さいね?」


「望むところだ。世話になる」


「ゥ! 宜しくお願いします!」



 年頃の少女らしく、可憐に微笑んでみせた。





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安全帯! ヨシ!



ご安全に!!




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