第30話 胸・部・装・甲




 とはいえ、斯様に『望むところだ』などと格好つけてみたところで……誠に遺憾ながら『非常識』な私には、胸部保護用下着のセレクトなど出来よう筈も無い。

 私自身の感覚で作り上げ、満足していた装いがどんなものであったか。……客観的に目にしたことで初めて気付かされたが、流石にアレは、ちょっと、その、ええと……我が所業ながら弁護の余地は無いだろう。



 よって、誠に遺憾かつエモトさんに大変申し訳無くはあるのだが……ディンの衣料品関連に関しては、全面的に彼女へ委託させて戴こうと思う。

 早い話が『丸投げ』である。……年下の少女に、娘の世話を丸投げ。恥ずかしい限りだ。




「いえ、気にしないで下さい。アルファさんの感覚はハッキリ言って危な……あっ、いえ、えっとその…………一般的な人とは着眼点が異なってますので、」


「いや、大丈夫。わかってる。気にするな。言いたいことは理解わかっているから」


「……ゥ? かあさま、センス無い?」


な。まぁ、センス無いのは否定出来ないが。……エモトさんの言うこと、ちゃんと聞くんだぞ」


「ゥー! わかりました! 部分指揮権を『エモトさん』へ一時的に変更します!」


美怜みれいね、ディンちゃん」


「あい! ミレイさま!」


「…………美怜みれいお姉ちゃん」


「あい! ミレイおねえちゃん!」


「おい」


「えへへ……」




 …………まぁ良い。

 『迷惑料』という程でもないが、多少のことは大目に見よう。……あくまで一時的なのだ。


 エモトさんはあれでいて年齢の割にしっかりしているし、その判断基準や自制心は信用している。

 加えて、確か以前『他の子の世話が得意』と自称していた。虚言を弄したり見栄を張るような娘ではないだろうし、心配はしていない。


 ディンのほうも……アレでいて、判断基準や思考パターンはきちんと完成されている。

 言語データの蓄積が不十分ゆえ、言動の端々に幼さが垣間見えるが、そこがまた可愛い……もとい、過度な判断矯正は不要だろう。



 ゆえに……子守あちらは完全に『お任せ』する。





(……スー。先日のアレ、目を通しておきたい。保管場所は?)


『回答。艦長ニグへ伝達、報告書ドキュメント格納フォルダおよび解凍キーを提示致します』


(確認した。…………やっぱり『複数』か?)


『肯定。後天的な高純度ΛD-ARK反応集束事象において、その現出時における反応事象解析の結果、艦長ニグ指摘の通り複数パターンの形跡を認識致しました』


(…………なるほど。つまり『自然発生』と……もう一つは)


『肯定。未確認知的思考による集束事象の可能性を提起致します』




 ここ数日……いや、更に日を遡って。

 私達が本格的に介入するようになってからの戦闘記録を検め直してみたところ、私はとある違和感を抱くこととなった。


 上位の素質を秘めた魔法少女が四人掛かりで挑まざるを得なかった、あの鈍亀の魔物マモノ。……あいつは、いったい何だったのか。

 私の【サーベイヤー】で容易く割断できる魔物マモノが大多数である中、仮に一時いっときとはいえ私の刃を受けきってみせたあいつは……桁違いの体組織強度を備えた『鈍亀』は果たして、同一の存在なのか。



 その一点を『違和感』と認識したところ、私は魔物ヤツラの特徴に関して更なる差異に気付くこととなった。

 ……その『差異』についての、あくまでも仮説。まだ推測の域を抜け切っていないが……奴ら魔物マモノの分類は大きく2つのパターンに分けられる、という説だ。



 一つは、私が初めて介入したときに群れていた魔物マモノや、ここ最近私達が片手間に消し飛ばしてきた雑魚ヤツラ。ときとして『群れパック』を形成する習性を持つ、既知の生物から大きく逸脱した身体的特徴を備えたグループ。


 そしてもう一つは……あの『鈍亀』や、まぁディンが瞬殺していたが、例の『猛禽』もこちらのカテゴリだろう。比較的高度な高純度ΛD-ARK反応とやらを持ち、強靭な体組織構造を備え、少なからず魔物マモノ

 ……なるほど鈍亀や猛禽は、身体強度が段違いという特性を備える種なのだろう。そりゃそうだ、結果的に『対硬質物情報分解力場』で塵になったとはいえ、あんなバケモノじみた高初速の弾頭を撃ち込まれて『めり込んだ』程度……即爆散しなかった時点でおかしいのだ。




「わ、わ……すっ、ご…………おっきい……」


「ゥ? おっき?」




 その仮説を基に、母艦管制思考スー・デスタ10294に再度解析を依頼したのが、つい先日。私よりも高度な解析能力を備えた管制思考による精査、その結果を纏めた報告書が……だ。


 前者、現実離れした外見的特徴を持つグループは、人々の負の感情が累積した末に受肉を果たした『自然発生した』もの。

 そして後者……何かしらの生物を模した、強固な体組織を備えたグループ。こちらは恐らくだが……何者かの意思によって、意図的に『形成された』可能性があるもの。


 最も厄介なケースとして考えられるのは、後者を陰で糸を引いている者――まぁ者か物かは不明だが――その何モノかが『何らかの悪意を以て行っている』というケース。

 ほかでもない私達が、その『何モノか』の存在を捕捉できていないのだ。……ただの要らぬ心配であれば良いが。




「えーっと…………88の67、88の67……えっ? E65……?」


「ゥ? いー?」




 ……まぁ、とはいったものの。

 正直なところ、これらは未だ推測の域を出ない。あくまでも私の主観と状況から判断した『仮説』に過ぎず、例の『何モノか』の存在を直接知覚したわけでも無いのだ。


 それこそ……自然発生する魔物マモノの中で、一定周期で突然変異体が現れる可能性がある、と。

 不定形の魔物マモノが多い中、ごく稀に実在生物を模倣出来る程の完成度を備えた変異体が生じるのだと。

 謎の悪意などそもそも存在せず、あくまでも乱数が寄り集まった結果に過ぎないのだ……と。


 地震や落雷、台風等といった自然災害、その発生や規模を予測することが困難であるように。

 現代における一種の公害である『魔物マモノ』の受肉そのものが、複雑に絡み合った地球環境が生み出す自然現象に過ぎないのだと。


 ……現状としては、こちらのほうが事実に即していると言えるかもしれない。

 何モノかの存在を見出すには、まだ判断材料が不足しているのだ。




「…………でも、アルファちゃん……やっぱり必要なんじゃ……」


「ゥ? アルファ……かあさま? これ?」


「そうそう。お胸の……『ブラ』っていうの」


「ぶらー!」




 ……まぁ、その『何モノか』の有無は後回しにするとして。

 要はその『突然変異体』の発生パターンについて、もう少し詰めていけば良いわけだ。


 変異体の出現周期にある程度でも予測が立てられれば、先回りして手を打つことも出来るだろう。

 市井の人々や街は勿論……矢面に立つ魔法少女達の被害も、減らせることだろう。




「……ねえディンちゃん、アルファちゃんのサイズ……わかる? の、先っちょのまわりと、下の


「あい! 計測結果伝達、せんち77、および、せんち64」


「待て待て待て待て待て待て待て待て」


「B65ね。……うーん、やっぱブラトップじゃ力不足だと思う。……ねぇアルファちゃん、ディンちゃんと一緒にブラデビューしてみませんか?」


「お断りだ! あんな……ホックだかフックだかピックだか知らんが、聞くだけでも面倒だあんなモノ! 脱ぎ着するたびに一々いちいち掛けたり外したりしていられるか!」


「ホック無しならいいんですね。わかりました。ワイヤレスでもスポブラでもストラップレスチューブトップでも、好きなの選んで下さい」


「ワイヤ………は? え、スポ…………は?」



『警告。臨時指揮個体、識別名称『エモトミレイ』注視対象の遷移を確認致しました。現注視対象を艦長ニグと報告致します』


(…………スー、提示。離脱の可能性)


『回答。臨時指揮個体『エモトミレイ』職務意識高揚により、離脱は不可能であると判断致します』


(………………ブラ……)






 生まれ変わって初めて……いや、前世も含め初めて身に着けた、胸部保護用下着とやらは。


 鏡に写った私自身の姿、上下とも女性用の下着を身につけられたその姿に、未だ若干の気恥ずかしさは残るが。




「かあさま! ワタシ、おそろい!」


「………………ねえさま、な。ねえさま」


「あい! かあさま!」





 …………まぁ、うん。そうだな。


 思ったほど……悪くはない、かな。




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