第41話 しんこうけいかく




 


…………………………




………………………………………






「…………スー。おいスー。聞いてんのか」


『肯定。航宙調査艦スー・デスタ10294、管制思考は正常に動作しております』


「じゃあ答えろ。これは一体どういうコトだ」


『回答。本作戦の最終段階として、本管制思考タスクリストに先行登録されていたオーダーを忠実に履行したものであると報告致します』


「死にたいようだな。寝言は寝て言え」


『回答。本艦スー・デスタ10294における管制思考ルーチンは生命活動に類するモノに当該せず、生命体における行動終焉概念『死』および睡眠に伴う無意識挙動『寝言』は本艦に指向する表現として不適であると判断致します』


「………………チッ」







 ――――あのとき。


 揚星艇キャンプ搭載対地砲によって、重戦闘機装【ロウズウェル】が消滅した後。


 私は……大人げなく泣き叫びそうな自身を隠すため、揚星艇キャンプへの緊急退避を敢行した。



 ……それからしばらくの間、ただただ呆けていたことは……なんとなく、覚えている。



 数分か、数時間か……ともすると、数日だったのかもしれないが。


 何をするでもなく、何をする気も起きず。

 無茶な射角変更と発砲の反動で壊れた右腕の、修理どころか応急処置さえ忘れ。

 【ロウズウェル】のアンカーによって引き千切られた装束を、繕うことさえ放棄して。



 私が、私の勝手なる考えのもとで産み出し、それでも私が愛したあの子との記憶を。

 短くも楽しかった日々のことを……洗浄液を溢れるがままに垂れ流しながら、ただぼうっと思い起こしていた。




 ……その、筈だった。





 それがどうして、私の命令なく動かない筈のスーによって『転送』され。

 地球の、日本の、地表の……どことも知れぬビルの屋上に、飛ばされなければならないのだ。


 私が……あの子との温かな思い出に浸っていたというのに。

 それを理解していながら、好き好んで邪魔するとは。



 よほど自己の安寧が……艦体思考中枢いのちが、惜しく無いらしい。





「……ふざけんな。艦体ごとブチ壊すぞこのクソ管制思考が。……直ぐに戻せ。『転送』だ」


『拒否。艦長ニグの当該要求は先行登録タスクとの齟齬を含むものであり、受諾に不適格であると判断致します』


「…………生意気な。上位支配者権限を行使。管制思考『THAR-DESTA10294』に対し、本機【ヴォイジャーⅠ】緊急回収を命じる」


『拒否。支配者権限所持者が場合、先行登録されたオーダーが優先されます』


「………………は?」




 ………………有り得ない。

 ありえない。こいつは、何を言っているんだ。


 たかが航宙艦の管制思考に過ぎないスーが、上位管理者である私の命令を『拒否』するなど。

 あってはならないし、有り得ない。上管理者の肩書は伊達では無いのだ。……だが。



『追記。先行登録オーダー撤廃処理を行う場合、当該オーダー登録者の排除、もしくは当該オーダー登録者自身による棄却処理が必要となります』


「…………………どう、いう……ことだ?」




 支配者権限を所持する者が複数存在する場合、相反する命令は先行登録されたものが優先される。

 その条文自体は、問題なく理解できる。できるが……つまり、それは。





 それの示すことは。





 コイツが示していることとは。





 支配者権限所持者たる自律探査機【MODEL-Οδヴォイジャー】が、ということを意味している。






「…………ぇ? ぁ…………うそ、」



 そんなまさか。何かの思い違いだろう。きっとまだスーの言語表現が劣悪なだけだ。

 たまたま意図したことと違う表現になっており、それを勝手に解釈した私が、有りもしない妄想に縋っているだけだ。



 きっと、そうだ。


 そうに違いない。……なのに。




「……………………ディ、ン? いるのか? ……聞こえるのか? 返事をしろ! ディン!!」




 何故……なぜ、この口は。この思考は。……この身体は。


 ありもしないあの子の姿を、辿々たどたどしくも愛らしい声を、暖かく柔らかな熱を……今なお未練がましく求め続けているのだろう。





『報告。識別個体『D-YN-STAB』反応を――――』




 いや……解っていた筈だ。

 とっくに理解し、受け容れている筈だ。



 あのとき降り注いだ光は、『転送』によるものではない。

 紛れもなく破壊のための機装、対地攻撃用の艦載荷電粒子砲による砲撃だ。


 …………アレの攻撃範囲に捉えられては……重戦闘機装を纏っていたとて、塵一つ残るまい。



 あの子が生き残っている筈なんて、ありはしないのに。





『――――航宙調査艦スー・デスタ10294、







 …………………………





 ………………………………………は?





「………ッ!! 上位支配者権限を行使!! 管制思考『THAR-DESTA10294』に対し、当該機【ヴォイジャーⅡ】しくは【MODEL-Οδ-10294ARS-D】……ッ、しくは、【ディン・スタブ】の、即時確保!! ならびに当座標への強制転送を命じる!!!」


『――――了解。個体名【ディン・スタブ】確保。転送を開始致します』





 目を覆わんばかりの光量を伴い立ち昇る、砲撃のものとは明らかに異なる光の柱。



 眩くも温かな光の中に浮かぶのは……私の身の丈と全く同じ背丈を持つ、ヒト型のシルエット。



 私と同じく『ヒトの庇護欲をそそる』背丈で。私と同じく微細金属線の髪を棚引かせ。私と同じく細部に至るまでヒトの姿を模倣し。私と同じくによって揃えられた衣装を纏い。



 しかしながら……華奢な私とは決定的に異なり、高精度かつ高感度な複合センサーと豊かな軟質緩衝材を胸部に備えた姿。




 見間違える筈も、忘れる筈もない……愛しいその姿、彼女の名は。




「………ッ、ディン……! デぃ、ん……!!」


「…………んへへ! ただいま、かあさま!」


「ッ、この……馬鹿娘ェ! なんっ、なん…………なんで!? だっっ……対地砲に、撃たれ……」


「んゥー……かあさま、ワタシ、広域観測及び情報伝達特化仕様! 当機体を母艦『スー・デスタ』艦内に移送、母艦および揚星艇間の超高速通信ネットワーク、タイムラグ無しでの遠隔操作を可能とします」


「な、なな、なんっ、な、ッ…………じゃあ! なんで! なんで返事しない……呼んだの、応えてくれなかったんだよぉ……バカぁ! この……ばがぁ……ッ!」


「んゥー……かあさま、嘘つく苦手、ワタシは判断しました。重戦闘機装、まじめに戦って、分類『魔法少女』全力の共闘しなきゃだめ。……それに、『きこえないから従いようがない』って、かあさま」


「ぞんな屁理屈を記憶ずるんじゃありまぜんんんん!!」

 

「きゃ〜〜〜〜!!」




 あぁ……温かい。柔らかい。心地よい。

 この子が無事でいてくれて良かった。戻ってきてくれて良かった。また私の声に応えてくれて、私に笑いかけてくれて……本当に良かった。



 生きていてくれて、よかった。



 勝手に蘇生され、地球の現状に嘆き、また憤り、勝手気儘な義憤に駆られて現状への介入を決意したときは。

 この私が、こんなにも心脆く、容易たやすく心乱されることになろうとは……我が身のことながら、全く予想だにしていなかった。


 ……かつて私が、まだいた頃。気難しいことで有名な上司に、待望の第一子が産まれたとき。

 以前とは打って変わって、穏やかで思い遣りのある性格へと様変わりしたとき……その変わりようを茶化され、気恥ずかしそうに『お前も子どもが出来たら変わるぞ』と返していたのを、ふと思い出した。



 私も……変わったということなのだろうか。

 自ら腹を痛めて産んだわけではないにしろ、愛しく得難い存在と親交を経たことで……子ができたことで、よわくなったというのだろうか。



 ……だが私は、それが『悪いこと』だとは、もう思わない。



 良かったのは、間違い無い。

 幸せなのは、間違い無い。……だが。


 私には……まだ一つ、疑問が残っているのだ。




「んグ、ッ。……でぼでも、な゛んでま゛た、こんなバカな真似を……? ほんどに心配したんだがらな゛ぁ……!」


「んへへ。……かあさま、しあげ。計画の最終段階、王手を掛けます」


「んぇ゛………………王手お゛う゛で? なにぞれぇ……」




 いたずらっぽくはにかみながら、ディンが差し出した柔らかな手のひら。

 そこには……小さな金属製の細工物が6つ、そっと載せられている。


 出処は、艦内工廠ファクトリー区の廃棄場から引っ張り出してきた端材になるのであろう。毎度おなじみ地球外由来の金属を器用に切り出し、丁寧に磨き上げられた

 細やかながら可憐な花をあしらったトップに、直径1〜2センチほどの円形金具が接続された、それらは。




「んゥー! ワタシ、勉強しました! おんなのこ相手、贈り物! 『なかよし』行為に及びたいヒト、指輪ゆびわを贈答します!」


「は!?」


「んへへ! かあさま、分類『魔法少女』で助かった! 共通の目的を達成、協働体制の構築、さいごの仕上げ……贈答品!」


「ま、待て……待てディン。おま……何を言って…………何の話をしている!?」


「んへゥーーーー!!」




 さすがに……至近距離にて立て続けに二度も『転送』の光を披露されたとあっては、やはり時間の問題だったのだろう。


 年甲斐もなく泣きじゃくり、くしゃくしゃに歪めた顔を洗浄液でぐしょぐしょに濡らし、疑問符を撒き散らしながら、愛しい我が娘に縋り付くように問い質す……私達の背後。



 私達が佇むビルの屋上、階段室へと続く金属扉が勢いよく開かれ。

 見覚えのある未だ幼げな少女達が、我先にと飛び出してくる。




「ワタシ、かあさま……おともだちを提案します! かあさま、ワタシを『好き』なりました。かあさま、他存在を『好き』できます。…………だから、もう、だいじょうぶ!」


「だい、じょう…………ぶ?」




 私が惚れ込み、愛しいと感じた、曇りのない満面の笑みを浮かべ。

 私よりも頭がよく、私よりも視野が広く、私よりも賢い自慢の娘は……最後の決め手となる『贈り物』を、私に握らせる。



 私のことを想い、現状と行く末を案じ、私の予想を軽々と上回って策略を巡らせ、差し伸べられた最後の一手を。

 挫けた右腕ではなく、まだ先を示せる左手で……しっかりと受け取り。




 ぐしょぐしょの酷い顔をしている私よりも更に数段上をゆく、それはそれは酷い顔をした少女達へ。

 泣き腫らした顔で、それでもなお確かな笑顔を向けてくる――かつて私が身勝手なままに助け、そして私が思わぬ形で助けられた――肩を並べた、戦友達へ。




「ゥあい! 分類CATEGORY魔法少女MahoShoujo、最終段階へ移行します!」




 優しく賢い愛娘ディンに、そっと背中を押され。



 自らの意志で……一歩目を。





――――――――――――――――――――



【登場人物(?)紹介】

■ニグ・ランテート(Nneg-Ranteet)

気難しい一匹狼系ガイノイドだったが、

娘ができたことでめっきり丸くなった。

娘のことが大好き。


■ディン・スタブ(Dyn-Stab)

とても賢い広域観測用ガイノイド。

かあさまには笑っていてほしい。

かあさまのことが大大大好き。

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