41. 会ったのはまだ一度

 季節は冬。

 ここで暮らし始めて2年が過ぎた。


 キボンヌでここまでの経緯と今後について考え込むアース。


「本を正せば、人助けのつもりでやった除染作業でいらぬ容疑をかけられた。」


 他者の思惑を読めていなかった。


「除染作業でこの有り様……魔法を使っていたことが知れたら……」


 案内人が言っていた、


「異端審問の末、火炙りか……」


 の言葉を思い出す。


「老化しない問題もあった……」


 王国の第3王子だけが老化しないし、死にもしない。

 不自然この上ない。


「人との関わりにウンザリして、老化しない問題の解決が後押しする形でここへ来た……………自分を亡き者にして別の土地へ逃げた………」


 図らずも案内人が言っていた通りになった。


「更にさかのぼれば、古代の魔法が復活するのを恐れて研究を始めた。」


 ノルン達に出会い魔石の存在を知るきっかけをもらった。


「一人で活動するメリットも多い。」


 特に研究はよく進んだ。


「魔法を使うのに殆ど遠慮がいらない。これが大きいな。」


 人目を気にする必要がない。


「人と関わるのを望んでなかったのに……」


 恋は人を狂わす。


「状況が見えていなかったか……」


 恋は盲目。


「春になれば、シグルはまたここへ来るだろう。」


 来て欲しいの間違い。


「来れば関係も深くなるだろう。」


 なって欲しいの間違い。


「また動き辛くなってしまう。」


 なっても構わないと思っているアース。


「もうわずらわしいのはゴメンだ。」


 2年も孤独に暮らせば、人恋しくなってもおかしくはない。


「あーーもう、会ってから考えよう!」


 春まで先送り。








 同じ頃、シグルの工房。

 自室でくつろぐシグル。


「本当に不思議な人。」


 こちらもアースのことを考えていた。


「あの人がいなければ私は死んでいたわ。」


 港を出て少し戻るだけのテストだった。


「甘く見ていた。」


 港を出て間もなくヨットのコントロールができなくなり潮に流され漂流。


「救命胴衣かぁ……」


 この世界では救命胴衣はまだ発達していない。


「動きづらいし、暑いし……」


 ベストにコルクを巻き付けた程度の物しかない。


「水なしで漂流………」


 寒気を感じて震えるシグル。


「砂浜に漂着したけど、きっとそのまま死んでいたわ。」


 陸に上がれても次は獣と勝負しなくてはならない。

 気を失ってしまっては、ただの餌になっていただろう。


「いや、間違いなく死んでいたわね。」


 あの森の獣はほぼ全てが飢えている。


「なんであの場所に平然と暮らせているのかしら?」


 常識では有り得ない。


「なんで私を送ってくれたとき、あの村に留まらなかったのだろう。」


 アースは宿泊費がなかっただけで、留まりはしないまでも、シグルと一緒なら宿泊したいくらいだった。


「遭難者なら村に着けば喜びそうだけど……」


 一人になりたかったからあの場所に住み着いたアース、遭難者はアースのついた嘘。


「あの砂浜に何かあるのかしら。」


 アースの一人暮らしには好都合だった。


「楽しんでいる感じすらあったわ。」


 シグルの理解を超えていた。


「強くて、優しくて、カッコいい人に命を救われたら……」


 完璧なシチュエーション。


「はあぁーー」


 会いたくて仕方がない。


「あーーもう、会ってから考えよう!」


 こちらも春まで先送り。








 恋する二人にとって、待ち遠しい春がようやくやって来た。


 と言っても、会ったのはまだ一度だけ。

 たった一回の出会いで二人は恋に落ちた。

 所謂いわゆる一目惚れ。

 しかも、お互い。


 アースも、シグルも不安は数えればきりがない。


 二人共、相手が今どう思っているのか分からない。


 アースは本当に来てくれるのか心配しているし、シグルはビーチに行っても歓迎してもらえるのか心配している。


 それでも会いたい。






 温かい春の午後、その日が来た。


 アースが作った港は問題なく機能した。


 桟橋に降り立つシグル。

 薄く化粧をしている。


 二人は見つめ合い、言葉を交わす………前にハグをした。


 ハグを少し緩め、再び見つめ合い、改めて言葉を交わす………前に唇が重なった。


 熱い抱擁がどれくらい続いたか分からない。


 互いに自分の行動に戸惑いながら手をつなぎログハウスに向かう。


 互いに言葉を交わそうとするが、出てこない。

 シグルはうるんだ目でアースの横顔を見るとアースの目もなぜか潤んでいた。


 言葉がないまま玄関に到着。

 アースが玄関の扉を開けシグルを中へ通す。


 ソファーの前に立つシグルはアースを見つめる。

 近づくアースの腰に手を回すシグル。


 再び熱い抱擁が始まり、ソファーに腰掛けることなく奥のベッドルームへ移動。


 二人は結ばれた。



「会いたかった。」


 再会して初めて発したアースの言葉。


「私も。」


「愛してる。」


「私も。」




 二人は日が傾くまで愛し合った。


 



「ねぇ、アース。」


「ん?」


「聞きたいことがあるの。」


「なに?」


「あなたは、何者なの?」


「大陸の国ミッドガルド王国の第3王子。」


「まあ、そんな大層な御方がなんでここに?」


「人に嫌気が差して家を出た。」


「それはそれは、王国は大騒ぎね。」


「大丈夫、大きな魔法の贄として消えたことになってる。」


「魔法も使えるの?」


「ありとあらゆる魔法を使える。」


「なにか魔法を見せてくれる?」


「人前では使わないことにしている。」


「そう、あの立派な港も魔法で?」


「あぁ。」


「このログハウスも?」


「あぁ。」


「家出も?」


「あぁ、ここに転移してきた。」


「うふふ。」


「どうしたの?」


「嘘つき。」


「嘘じゃない。」


「じゃあ、なにか見せてくれないかしら?」


「ごめん。見せられない。」


「どうして?」


「いずれ話すよ。」


「どれくらい?」


「20年位。」


「あら、20年は一緒にいてくれるってこと?」


「シグル、君が望むなら生涯一緒にいたい。」


「嬉しい………じゃあ、なんで20年なの?」


「俺は老いることがないから、長く一緒にいれば必ず気付く。」


「やだ、私だけお婆ちゃんになるの?」


「………」


「その時は、魔法でなんとかしてくれるのかしら?」


「君が望むなら……」


「老いないということは……殆ど死なないのかしら?」


「絶対に死なない。」


「殺されても?」


「あぁ。」


「切り刻んでも?」


「あっ、あぁ。」


「…………まったく、いいわ、その嘘に付き合ってあげる。」


「嘘じゃないって。」


「フフフ、じゃあ、喧嘩したら刺してみるわ。」


「えっ。」


「死なないならいいわよね。」


「いや、痛みは普通の人と変わらないから。」


「なんか、今刺したくなってきたわ!」


「しょ、食事にしようか?」


 アースが嘘を言っていないことにシグルが気付くのは、かなり後。

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盛りすぎ転生 〜何でもありで転生したけど、怖くて秘密にしています~ 副井 響太 @uk001

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