26. 説得なんて造作もないこと

 ある日、城の書庫でノルンとクレアが蔵書を読みふけっている。


「なあ、クレアよ。」


 蔵書はこの領の歴史とクレアの先祖のことが殆ど。



「はい」


 何処か改まった雰囲気を感じたクレア。


 見ていた歴史書を丁寧に閉じ、ノルンの方に向きを正す。



「お主のご先祖のことも多少調べたんじゃが…」


 クレアの先祖が行った数々の偉業、この地で果たして来た役目やそれに伴う膨大な交遊録。


 その幾つかに心当たりがあった。


 心当たりと言っても、こちらもノルンの子孫が残した文献にあったものだが。


 ただ、その幾つかの心当たりはどれもノルンとクレアの二人を細く長くか弱くではあるが繋げているように感じた。



「はい」


 言いづらそうにしている様子を感じて小首を傾げるクレア。



「確証は無いんじゃが…」


 二人の血の繋がりを告白して急に嫌われることが怖くなった、推定4,000歳。



「はい」


 極めて優しく返事して、怖がる必要が無いことを伝える。



「そのような文献があったわけでは無いんじゃが…」


 と言いながら覚悟を決めたノルン。



「はい」


 ノルンの背中を押すクレア。



「お主、儂の子孫やもしれんなぁ。」


「まあ」


 と言いつつ落ち着いているクレア。



「現時点ではなんの根拠も無いんじゃが…」


「うふふ!根拠が無くて宜しいのであれば、ノルン様に出逢った時にそう感じておりましてよ。」


「そうか」


「ええ、似すぎていますよ、わたくしたち」


「まぁ、な」



 凄くホッとしているノルン。


「そうですわ!これからは大ババ様と呼んでもよろしいかしら?」


「いや、それはいい」






 クレアの屋敷に拠点を構えて数ヶ月が経過したある日。


 拠点の、出土品を保管庫している一角は綺麗に整理されていた。


 それを満足そうに眺めるノルンとクレア。



「なあ、クレアよ」


「はい」



 何処か改まった雰囲気を感じたクレア。


 城の書庫でのことを思い出しつつ、ノルンの方に向きを正す。



「そろそろこの地を離れようと思っているんじゃが…」


 一緒に来て欲しい気持ちが、隠せていない。


 ノルンはクレアと出会い、変わった…悪い方に。


 当初は旅慣れていないクレアの保護者気取りだったノルンだが、今はクレアに一方的に依存している。


 旅をする時の荷物はノルンと同じだけ持つし、ノルンの荷物を纏めているのもクレア。


 纏めてもらっている荷物に注文をつける始末だ。



 たまにノルンの乳を揉み倒して来ることに困ってはいるが、使用人に報酬を与えていると気持ちを誤魔化して考えているうちに、安いとさえ思えて来ている。


 勿論嫌がれば直ちに止めるのでそこも可愛い。



「なるほど。」


 すぐに同行の意思を示してやらないクレア。


 ここを出てノルンに同行すると言うことは、もうクレアはこの地には戻って来ないと言っていることと同義。


 しかも、現当主の妻、女性二人に護衛ゼロの旅など誰一人として許さない。



「………」


 間を置けば、クレア自ら言ってくれると思うノルン。


「わたくしも」


 意地悪を思い付いたクレア。



「ァハ」


 思い通りの答えが帰ってきた喜びが声と顔に露呈した。


「そろそろではないかと思っておりました。」


 珍しくほくそ笑むクレアだった。



「うぅ」


 意気消沈。


「………」


「………」


「付いて来て欲しいのですね。」


 元々同行する気でいたクレア。


 助け舟っぽいことを言う。



「そんなこと無いぞ」


 意地悪をされへそを曲げたノルンは、うっかり否定してしまった。



「それではわたくしは…」


「来たいのであれば来い!連れて行ってやろう。」


 もう、黙って付いて来て欲しいノルン。


 クレアの言葉を被せ、話を終わらせる。



 同行するとはついぞ言わなかったクレア。


 同行することにしているノルン。





 その数日後


 二人が出発する日を迎えた。


 目的地はこの国の王都。


 馬車で2日、同じ道を徒歩なら5日の道のり。



 ノルンは迷わす徒歩を選択。


 問題は、事前準備の段階で首都まで2日で行けると主張したこと。



 ノルンは自信満々だが、クレアの家族も使用人達も誰一人そのような道はないと言っていた。



 クレアは5日分の荷物を用意した。



 王都まで通常は街道を使う、街道には小さな村が点在していて、そこでは水の補給ができる。


 宿もあり酒場で食事を摂ることもできる。



 水も食料も最小限で済む。


 テントも王都到着後に買えば良いと考えれば、今は必要ない。



 元よりノルンの荷物はクレアが用意している。


 5日分の荷物を2つに纏めるのもクレアの作業。


 気づかれる心配はない。



 後は街道を何が何でも進むだけ。



 硬く心に誓った。


 使用人達が見送りに来ていた。


 笑顔で手を振ってくれていたが、離れるに連れ泣き出す者が散見され、クレアへの気持ちが伝わってくる。



 見送る者達が見えなくなり、ノルンが話しかける。



「お主の家族は、見送りに来なんだのぉ。」


「昨晩、別れが辛くなるので来て頂くのをご遠慮申し上げました。」


「今回の旅、皆に反対されなんだか?」


「皆に反対されましたわ。」


「強引に説得したと言う訳か、皆も寂しかろう、ちと申し訳無く思うぞ。」


「ノルン様が気にされるとはありません。」


「そうか?」


「皆が反対する理由は家族を裏で支えてきた、わたくしの人脈がまだ必要なだけ。」


「う、裏で、か?」


「夫は、わたくしに秘密にしている妾が何人もおりますわ。」


「それは、秘密、なのか?」


「子供たちに至っては、性癖は愚か、感じる●✖▲■や✖✖の✖の本数まで熟知しておりますのよ!」


「怖いぞ、お主。」


「説得なんて造作もないことでしたわ!オーホホホホホホホホホホホ!」

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